新米伯爵の仕事その1
大人達のあれこれです。
新米伯爵=サザランド伯爵=アントン=ミアのお父さんです。
あっという間に領民を募集することになった。
ブルーノの腕は聞いていたが、まさか自分の娘があんなに魔法を使えるとは知らなかった。俺達が領地を見ている間にどれだけ訓練を受けたのだろう。
領地がほんの数日で整えられ、すぐに人が住める状態となった。
それとは別に、ミアは領地を手入れしてまわっていた。
本来なら迂回しなければならない上に悪路だったのだが、道を整備して迂回の必要をなくし、六時間少々になっている。
夏は日が長いから途中で夜営の必要はなかったが、冬は一日ではきついという時間がかかる道だったのに、だ。
蛇行する河川を整え、堤防を作ったりもしていたな。
娘の有能さに驚くばかりだ。
アルフだって、魔物だけでなく、近場の危険な動物を狩っている。ウチの子供の将来が心配でもある。
説明会のチラシは数ヶ所に貼らせてもらった。サザランド伯爵領は不毛の地と言われていたらしく、あまり集まらないだろうと思っていたら、百人前後もきて予想外だ。
その説明会には獣人が来て、その後個別に会ったが、人格に問題はないと判断した。
ミアが何故かなついたので、領民になってもらうつもりだ。
腕力があるから力仕事を任せられるなと考えていたら、『ようほう』とかいう蜂蜜の採取を任せたいらしい。
知らない言葉だが、アルフも頷いているところを見ると、問題ないのだろう。
それよりも、ミアがうっかり怪我を治してしまい、内密にと言ったが、大丈夫だろうか。ミアはそそっかしいからなぁ。
彼らだけでなく、ミアにも念をおしておこう。
しかし、説明会も見学会も予約だけでも数多く、見学会の参加者の情報を情報屋に頼んだのだが、向こうも大変そうだった。
仲間の手を借りたいと言われ、もちろん許可した。正しい情報が必要だからだ。
犯罪者やその予備軍が、追っ手から逃げるためにウチに来ようとするかもしれない。
家族と領民を守るために、最低限の裏をとるのは必要だ。
集まった順にもらっている情報は、アルフの提案をうけて書式を統一化した。確かに見やすいし、必要な情報が抜け落ちる心配がない。
今夜も遅くまで情報の書かれた紙を読んでいると、ハンナがお茶を持ってきた。
「変な人がいた?」
「怪しいのははぶいたよ」
今日あがってきた情報はようやく見終わり、のびをしたあとハンナからお茶をもらう。
「ウチに来ても仕方ないのにね」
「怪しまれてるみたいだね。貴族に飼われてるのが何人か。
犯罪者は、アルフが言った通り、商会の入り口に手配書を貼っておいたら来なかったよ」
その分、説明会を予約したのに来なかったのが何人かいたけどね。
「あとは、犯罪がからまない変人が心配よね」
「それは見学会で判断するしかないなぁ。
忙しくなるよ」
肩をすくめると、ハンナがくすりと笑う。
「忙しくしてないと、調子が狂うくせに」
「それはハンナもだろ」
俺達は顔を見合せ笑った。
ハンナと出会う前から働きづめだった。両親も年の離れた兄も商人で、物心ついたときには店番の真似事をしていたくらいだ。
兄は商売のチャンスがあって他国へ渡った。両親を連れて。
俺はすでに商会に弟子入りしていて、もう少しで独り立ち出来るところだったのと、ハンナとまだそういった仲ではなかったのでこの国に残った。
「これから更に忙しくなるよ。よろしく」
「任せて」
ハンナは力こぶを作るポーズをとると笑った。
見学会では、そろそろ領地に出発するという時に女の子に話しかけられた。何でも家族で移住したいが、仕事の都合で自分しか来れなかったらしい。
話を聞けば、父親が鍛冶工房で働いているとか。
そこまでは前もって情報で分かっていたが、パトロンがいない?それは腕が良くないからか?
念のため工房と名前を聞き出し、ゲイルに確認を任せた。商会を持っていたのだから、職人の良し悪しも分かるはずだ。情報屋も使って、裏でも情報を得てもらうことにした。
領地に着けば、まず共同施設を案内した。
洗濯場の魔道具は食い付きが良かった。
錆もとれるとは、ミアたちも思ってなかったようだ。
その時に、ヒステリックな女が喚いたが軽く流す。何しにきたんだろうな、これは。
夕食は宴会っぽくなるので、こんな女に鼻の下伸ばす奴は領民にむかないな。トラブルメーカーを避けない奴はいらない。
まだ人数が少ない領地で、あんなのがいたら領地が駄目になる。
媚びを売られてなびいた奴は省こうと決めた。
更に共同浴場を説明し、男女別の浴場の他に家族風呂というか個室もあると説明した。
子供がいると色々大変だろうという妻の配慮だ。さすがだよね。
各々分かれての見学になり、アルフが畑と水田を、ハンナがパン屋を、俺とミアが果樹園と牧場を案内することになった。
ミアが誰かと話していて声をかければ、チーズ職人希望だとか。無職だという情報は今現在のことで、少し前に工房が潰れたそうだ。
うっかり乳牛がいるのにその先を考え忘れていたので渡りに船だ。バターも頑張って作ってくれると言うので、大歓迎だ。
他の人達を待たせる訳にはいかないから、後できちんと話をつめよう。
そう言えば、味噌をはじめ、色々ミアが考えた調味料とかを領地の特産にするつもりはないのか?工場の人間も雇わないとならないんだが、どうするかな。
いや、領地の運営が軌道に乗ってからでも悪くないか。今回は移住一回目だしな。
夕食の宴は、大盛況だ。
酒も用意して、あまりにも酒癖の悪いやつがいたら省こうと考えていたけど、そんな酔っ払いはいなかった。
あの女に媚びを売られてデレデレのが数人。特にいなくても問題ないな。
こっそりメモして、不採用とする。
ミアは獣人のところに行ったり、チーズ職人希望のところに行ったり、こちらに戻ってきたり、更にあちこちに話しかけている。
他にも何か作りたい人がいないか、探しているようだ。子供の方が警戒されにくいからちょうどいい。
ハンナからは、パン屋に来たけど本当は料理人になりたいという女性の話を聞く。
ハンナ同様、前世が『にほん』とかで、ミアの作る調味料があれば、色々作れるようだ。『ピザ』も手慣れた手付きで作ったらしい。スープも手際良く手伝ってくれたとか。
しかし、料理屋は領民が少ない今は無理がある。まずはパン屋及び王都で売る食品を作ることになるが、それでも移住するか意志の確認が必要だな。
領民にパンを支給するのではなく、食事を支給したらどうか、とアドバイスされたらしい。男一人だと食事に困るだろうと。
領民の健康を考えるとそうだな。そこも練らないと。
ハンナの料理を知っていて手際もいいなら、ぜひ領民になって欲しいものだ。
翌朝、みんながそれぞれ移住することになったら住む予定の家に泊まっているので、獣人の兄弟のところへ向かった。
彼らはお金もないし、このまま住みたいそうだ。今から。
「家具とかはどうするんだい?」
「……本当に金がないんだ」
しかし、床に寝るというのもね。
あれこれ考えて、ムーニー男爵領から持ってきた家具を譲ることにした。
ハンナも俺も、そのまま家具を使うつもりだったが、カトリーナさんに猛反対を受け、それなりの家具を購入したんだ。
そのため、ミアの空間収納に入れっぱなしになっている。
俺が説明すると、二人は何度も頭を下げた。
「しばらくは家畜の世話や畑の手伝いをよろしく」
「あの、牛と豚は大丈夫だと思うのですが、鶏は逃げるかもしれません」
獣人ならよくあることなのか?
俺は牛と畑、果樹園をメインに頼み、しばらくこちらにいるハンナたちの指示に従うように言った。
これにより、彼らは王都に戻らない。
帰りの馬車で慌てないようにメモをとる。
「じゃあ、朝食で」
俺は獣人兄弟の家を出ると、ハンナとおちあい、料理人とチーズ職人希望の夫婦に会いに行った。
「チーズとバターを作ってもらえるそうだけど、本当に?」
「はい!バターは経験がないのですが、レシピを聞けばなんとかなるかと」
「チーズは元々職人なのよね?」
「はい」
「じゃあこれに必要な設備や道具を書いてね」
ハンナがいきなり話を進めようとするので口をはさむ。
「まずは移住の意志があるかどうか聞かないと」
「あら、コメットも来るでしょ。ここを知ったら、他の領地になんて行けないわよ」
「ううう。その自信を覆したい……」
「ふふん、他の領地に住めるの?
旦那さんに聞いてるか知らないけど、水田もあるし、大豆も小豆も作るし、娘は和菓子が作れるのに」
「ここに住むわよ!なんでそんな意地悪言うの?!信じられない!」
夫人の発言に、夫が顔面蒼白になりながら謝罪する。
「あの、すいません!」
「いや、私達も最近まで一般人だったからね。妻もこうなんだよ」
何より楽しそうでいい。
「移住してくれると考えていいのかな?」
「はい」
「では、チーズ工房に必要なものの指示を頼むね?
説明会をした場所に商会を開くんだが、そこの人間に言ってくれたら手配するから」
移住の日時については、彼らにまかせることにして、俺は右手を出して握手をする。
「じゃあ、これからよろしく」
「はい、お願いします」
いい領民を確保できたな。うん。
それからも、何組かのグループをまわり、移住の意志の有無と時期を確認していった。
もちろん、決めかねている人達には無理強いせず、一ヶ月の猶予期間があると説明する。移住するつもりになったら商会に連絡してくれと言ってある。
しかし、それ以上は待たないので、もし移住するとしても、今回泊まった家に住める保証はない。
彼らは真剣に話を聞き、この内の誰が来ても大丈夫そうだなと思った。
あの女と鼻の下を伸ばした奴は、もちろん話していない。
なので、不採用もいるので、馬車で話さないよう付け加える。
移住するかどうかの話ならいいが、それ以上の詳しい話は駄目だ。
変な領民を招かないためだと言えばみんな納得してくれた。ま、当たり前か。
朝食が済むと、来た馬車にみんな乗り込む。
ハンナたちの他に、獣人が馬車に乗らずに見送る側にまわっているのを見て、何人かが動揺している。
動揺する意味が分からず、特に誰も話しかけてこないので出発した。
六時間後王都に着くと、数人が俺の側に集まってきた。
集まっている人達を確認すれば、不採用の人間はいない。
「あの、獣人の二人は……」
ああ、獣人が苦手な人達なのか、と俺が思っていると、更に言葉が続く。
「もう移住するんですか?」
「特に荷物もないらしくてね。こちらとしては、家畜の世話もあるから、歓迎したよ」
「あの、農民でも、今から移住して大丈夫なんですか?」
「見学会より前に、野菜を種蒔きしたり、苗を植えたりしているからね」
「あの、食パンは……」
「ちゃんと支給するよ」
「共同施設は……」
「見てもらった通り、もう使えるよ」
そうした話を続けていると、他にもすぐに移住したい人達が集まってきて、取り敢えず商会に入ってもらう。
特に荷物がないとは言え、家具はいるだろう。
往復を考えると二日に一往復だなと、領地に行くための馬車はいつもの幌馬車を貸せると話した。
ゲイルに簡単な表を作ってもらい、幌馬車の貸し出しの予約表にする。
必要な家具や手続き諸々を済ませた順に、いつでも領地へ来てもいいと言えば、幌馬車の予約が埋まっていく。
これは早々に領民が増えそうだな、と俺はパンの準備が必要になるハンナに連絡をとる。
今はまだ、俺の領地はそんなものだった。




