王都・準備中━━領民候補その3
私はセリーヌ。ピチピチの十六歳。
普段は王都の一流……ではないパン屋で働いています。生きるために働かないとならないから、何流でも仕方ない。
そりゃ一流が良かったけど、女であることを理由に、面接さえしてくれなかったのだから仕方ないじゃないの!
売り子ならねぇ、と言われたけど、私がなりたいのはパン職人なんだから。
今の職場は、やっと入り込めた職場だったけれど、待遇はいまいちだ。
結婚や出産による退職が多い女性より男性が優先される。そろそろ適齢期だろうという先輩は、転職してきた男性職人と入れ替わるように退職した。
ひょっとしたら辞めさせられたのではないかと思ったけど、そんな事聞ける訳もなく、いつか私自身が同じ目にあうのではないかと不安になった。
そんな不安を抱えながら働いていたある日、お酒を飲んで帰って来た父さんが私に言った。新たな領地でパン職人を募集しているって。
詳しく話を聞こうとしたら、酔っ払った父さんはいびきをかいて寝ちゃうし、母さんは知らないしで、翌朝父さんを問いただして聞き出せば、居酒屋の貼り紙を教えられた。
その日の仕事帰りに寄って、貼り紙を確認し、説明会に行くことに決めた。
もしかしたら移住するかも、と私が言うと、父さんと母さんもちょっと興味を引かれたようだった。
「説明会は時間が合わないな」
「私もよ」
両親が合わないなら、私が説明会も見学会も行ってくるねと請け負い、その日をむかえたのです。
「母さん、父さん、ニック!大変!!」
説明会から帰るなり騒ぐ私に、弟のニックは肩をすくめる。
「落ち着けよ、姉ちゃん。嫁に行けなくなるぞ?」
取り敢えず弟の頭を叩き、私は台所に移動すると、さっきもらった食パンとかいうパンを四等分にした。
「これ、食べてみて」
私が切り分けていた間に、父さんと母さんも居間にやって来ていて、私に言われるまま口にした。
私だって持っただけでまだ食べてないから、一緒に食べる。
いつものパンは、何かに浸さないと固くて噛みきれないくらいなのに、この食パンは、柔らかい。それに噛むたびほのかに甘く感じる。
「!何これ?」
「……旨いな」
「凄いわね」
家族の感想に、私は身を乗り出した。
「見学会の予約をしてきたから。私、絶対にここのパン職人になる!」
私の決意に、家族の反対はなかった。
それどころか、かなり乗り気だ。
「父さんも母さんも、元々農家の出だ。移住出来ないか聞いてくれ」
「うん、分かった」
両親は元々農村の出身だけど、跡継ぎじゃなかったから土地がない。
王都に出て来て、父さんは鍛冶工房の見習いに、母さんは針子の見習いになったものの、安い給料では家族が食べるだけで精一杯だった。
母さんは見習いから針子になれたものの、父さんはパトロンが見つからず、見習いではなくなったものの、直接依頼される訳じゃないから、給料は安いままだった。
腕は悪くないけど、元々王都に住んでいた人達のネットワークから弾かれてしまう、そんな余所者だった。
見学会には、遅刻したらおいていかれるので早めに行ったつもりが、すでに六十人は越える人だかりが出来ていた。
大人しく順番待ちの列に並び、辺りを見渡せば私が最年少のようだった。
「一緒に向かう方同士、固まって並んで下さい」
男の人はにっこり笑顔で言い、それから前の列から来た人の名前を確認していく。
どの馬車に乗るのか、説明しているみたいだ。
私が名前を告げると、予約者のリストから探しだし丸をつけられた。
「七番目の馬車に御乗車下さい。その前に軽食を用意したので、受け取って下さいね」
私は『7』と書かれた紙をもらう。馬車の旗と同じ数字が書かれていて、迷わないように、とのことだった。
それから、軽食を受け取りにいくと、机の上に木箱が並んでいる。
「右がソーセージ、左が白身魚フライを挟んであります。片方選んで下さい」
ソーセージのつもりだったのに、白身魚フライの上に何かがかけられているものが気になった。
ソーセージにも何かかかっているけど、白身魚フライの方がより気になる。
(どうしよう?)
そして、白身魚フライを選んだ。後悔は今のところない。うん。
馬車に乗るとさっそく食べている人達がいたので、私もそうした。
さて、一口。
(え?ええ?)
あっさり味の白身魚フライは、白いソースによって濃厚な味付けをされていた。
今日は向こうで泊まりだから、家に持って帰れないのが残念だった。ニックもこれなら魚を食べるに違いない。
色々分析しながら食べると、お腹が満たされてうっかり忘れていたことを思い出した。
キョロキョロ見渡せば、伯爵を発見。でも、話しかけていいのかな。
(……悩んでもしょうがない)
一度自分自身に頷き、伯爵めがけて歩きだす。
「あの、質問したいことがあるんですけど!」
「はい、どうぞ」
「今回、両親は仕事の都合がつかなくて、私一人の参加なんですけど。家族での移住は可能ですか?」
「こちらとしてはありがたいのですが、ご両親は何の仕事をなさるつもりでしょうか?」
「今は、母は針子、父は鍛冶工房で働いています」
「鍛冶屋ですか?」
「元々王都の出身ではなくて、パトロンが見つからず工房で働いています……」
「工房とお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
伯爵に尋ねられるまま答えると、それを素早くメモしている。
「領地に来ても針子と鍛冶屋を?」
「いえ、元々農家だったので、農業を……」
私が言うと、伯爵は残念そうに眉尻を下げた。
「あの、やっぱりダメなんでしょうか」
「いいえ。今回鍛冶職人が見つからなかったので、期待してしまいました」
苦笑する伯爵に、私は驚いて顔色を伺う。
「あの、父が鍛冶職人になりたいと言ったら……」
「腕によりますが、歓迎しますよ」
伯爵の返事に、私は上手く呼吸が出来なくなる。
父さんの努力が実るかもしれない。
「あの、父に相談したいです」
「こちらから、お話を伺いに行かせます」
私は何度も伯爵に頭を下げ、お願いした。
こんなところにチャンスがあったよ、父さん!
領地に着くと、そこはすでに誰かが住んでいるんじゃないかと思うほど整っていた。
伯爵は冗談や道楽でこの土地を開拓する訳じゃないとはっきり分かる。
低いながらも壁に囲われた領地は、中心部に建物が集まり、そこから耕された畑が広がり、奥に果樹園と牧場があるそう。
時折牛や鶏の鳴き声がする。
まずはじめに、全員に共同施設を説明して、その後それぞれの見学場所に移動となった。
私はもちろんパン屋だ。
「では、きちんと手を洗って下さい」
それから伯爵夫人は、エプロンをするように言いながら渡し、すでに作ってあった生地と具材を台の上に並べる。
「今日はピザというものを作ります」
生地をまるく平らにして、赤いソースを塗り、野菜やソーセージ等を並べ、チーズを上からのせる。
見学者の一人が見終わってすぐに作り出し、あっという間に完成させた。まるで作ったことがあるみたいな素早さだ。
夫人も驚いています。
「あら?経験者?」
「昔に、ね」
そう言ってにやりと笑い、台の上に並んだ物を指差します。
「トマトソースにホワイトソースでしょ」
「あ、出し忘れてたけどマヨネーズもあるわよ」
「本当だ!」
その女の人は、伯爵夫人が『冷蔵庫』とかいう扉付きの棚から取り出したものを見て、即座に言う。
パッと見ただけで『マヨネーズ』というものが分かるなんて……。
私が自分の不甲斐なさに落ち込んでいると、他の見学者も同じだったようで、目があった。
「さぁ、あなたたちもやってみて」
夫人に促され始めると、途中でアドバイスを受けながらなんとか形になります。
一枚作れたらもう一枚、と作っていくとだんだん慣れてきた。
「その調子でお願いね。じゃあ、一人はこっちへ」
順番に一人ずつオーブンの使い方を教えながら焼いています。いい匂いが漂う。
店舗の前が広場なので、見学から帰って来た人達の声が聞こえてきた。
「はい、最後は貴女」
「はい!」
私が呼ばれ、他の人達は焼き上がったパンとピザを片手に広場へ向かいます。夕食は、この広場でみんなでとるそうです。
私が説明を聞きながら最後のピザを焼き上げると、広場から乾杯の声がする。
「もう始まったのね。行きましょう」
促され外に出ると、パン職人希望の人達に手招きされました。
希望者の側には、他の人がいます。実はみんな夫婦で参加だったのかな?
「さ、自分たちが作ったピザを堪能してね」
夫人はそう言い残して伯爵の方へ向かいます。
「あれ?貴女一人なの?」
「移住は家族でしようと思っているんですけど、両親とも仕事の都合で……」
言いながら口にしたピザに、私は目を見開いた。
他のパン職人希望者だけじゃなく、みんなびっくりしています。あ、一人だけ、驚かずに食べています。
「……ニックに食べさせてあげたいな」
トロリととろけるチーズと、トマトソースのちょっとした酸味、散らされたソーセージや玉ねぎ、ピーマン、コーンがマッチして美味しい。
野菜嫌いのニックも沢山食べそうだ。
「ニックって?」
「弟です。野菜や魚が苦手で……」
私の家族の話から、だんだんと世間話に花が咲き、少し仲良くなった気がしました。
翌朝、朝食前に農地と鍛冶屋を少し見学させてもらい、昨日の広場にいくと、サンドイッチとスープが配られました。
パンは説明会でもらった食パンを使っていてふわふわで、間に挟んであるのは、茹で玉子とマヨネーズ、ハムとチーズの二種類でした。
ニックに持って帰ろうと、スープだけ飲もうとしたら、夫人にパン屋に呼ばれます。
「これは家族にお土産ね」
サンドイッチを渡されました。持って帰ろうとしていたのがバレているのかと不安になったけど、沢山作ったからだそうだ。良かった。
こうして見学会を終えて家に帰ると、父さんは自分の作った農耕具や馬具等を伯爵の使用人に見せて合格をもらったらしく、工房と話し合って時期を決めて家族で移住となりました。
私がもらってきたお土産はやっぱり美味しく、一流のパン職人になるべく、頑張ろうと決心した。
あ、私と母さんも職場に話さないと。
あぁ、楽しみ~。




