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出番ですか?  作者: 五月女ハギ
王都・準備中
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王都・準備中━━領民候補その2

 俺はボブ。熊の獣人だ。

 騙されて連帯保証人になった弟の借金の返済が終わり、奴隷期間が過ぎたものの、俺達は獣人の国に帰れなくなっていた。

 帰るための旅費も何もなく、なんとか帰りついたとしても、暮らしていくあてもなかった。

 かといえ、スクワイア王国で働き先も見つからず、僅かになる手持ちの金に、途方に暮れていた。


「また奴隷になるしかない」


 弟のビリーは奴隷生活で膝を痛め、力仕事は避けたい。それでも獣人の仕事といえばやはり力仕事なのだ。

 そんな時、炉端亭でこそこそと話すグループの声が気になった。


「今回の移住者は、家がもらえる」

(何っ?!)


 俺は耳をそばだて、続きを待った。

 チラシがどうとか言っていたが、俺は文字なんて読めない。

 この声を聞き逃してはダメだと、息を飲む。


「で?他には?」

「来年の小麦の収穫まで援助がある」

(!)


 そんなことがあるのか。

 俺は上げそうになった声をなんとか押さえる。


「一年後、領地が合わないと感じたら領地を出られる。一年間のお試し期間だと考えればいい」

「……本当かよ?」

「募集する職業は、鍛冶屋、パン屋の従業員。

 それから農業は、畜産、畑作、稲作、果樹園」

「ふぅん」

「共同施設には、洗濯場、浴場」


 その後は、たいした情報ではなかったので、俺達は食事をして公園のベンチに腰かけた。


「兄さん、どうする?」

「……行くしかないだろう。獣人が駄目なら、その時考えればいい」


 こうして俺達は、サザランド伯爵領の説明会に参加することにした。




 説明会の最中に質問すれば、伯爵は個別に話す機会を作ってくれた。

 それでも獣人を領民にしてくれるのか、分からなかった。


 案内された先には、伯爵の他、多分奥さんと子供たちがいた。


「さて。奴隷ではない獣人がスクワイア王国にいるのは珍しいが、どうしてか聞いてもいいかい?」

「単に借金分働き終わった元奴隷なだけだ」

「国には帰らないのかい?」

「……借金のために、家も土地も売ったんだ」

「借金の理由は?」

「僕が騙されたんです」


 ビリーがポツリと呟いた。

 伯爵たちは途端に眉を寄せた。


「自分の借金ではなかったのかい」

「……仲良くなった他国民に騙されたんです」

「スクワイアの?」

「いえ、ドローズ王国です。

 さすがにいたくなかったので、あの国は出たのですが……」

「獣人は働き口が少なくて大変だったろう」


 哀れみはされても、けれど領民にはなれないのか?

 俺はため息をついた。


「それで君達はどの職業を望むんだ?」

「……え?」

「うん?うちの領地に来るんだろう?その時、何になるんだい?」


 俺達は息を飲み、顔を見合わせた。

 知らず手が震える。


「俺は何でも。ただ、弟は膝を悪くして……」

「農業は難しいのか」

「いえ、普通に農業は大丈夫です」

「なら、問題ないじゃないか」


 ━━問題ない?

 俺は心臓がこれ以上なく早いのを感じながら、伯爵を見た。


「ああ、そうだ。お酒を飲んで暴れたことはないね?」

「元々あまり飲まないし、好きじゃない」

「あまりうけつけないんです」


 伯爵は俺達の言葉に満足そうに頷いている。獣人が酔っ払ったら、対処が大変だから聞いてきたんだろう。


「お兄さんたちは、何の獣人なの?」


 伯爵の娘が首をかしげ聞いてきた。

 ゴクリ、と唾を飲む。嘘はつけないが、この答えでも怖がられて道が塞がる可能性がある。


「……熊だ」

「熊?!」


 悲鳴のように声を上げられ、もうおしまいだ、と俺はこの話が立ち消えになったと思った。

 けれど。


「じゃあ、お兄さんたちは蜂に刺されない?」

「━━は?」

「熊は大丈夫じゃなかったっけ?」

「人間よりは。そんなに気にしない」


 俺の答えに、伯爵の娘は満足そうに頷く。


「ミア?」

「果樹園やるんだし、養蜂しようよ」

「ああ、なるほどね」

「……それでも網とか防護衣とか」

「それもつけて。いいじゃん、養蜂」


 ね?と伯爵の娘はおねだりするように上目遣いで両親たちを見ていた。


「……娘がこう言っているんだけど、君達本当に蜂大丈夫かい?」

「はあ、大丈夫ですけど」


 俺が言えば、両手を上げ喜ばれた。

 カンミ万歳とか言っているが、蜂蜜なんて高いけど売っているじゃないか。


「一応、領地の見学会に来てくれるかい?

 そちらの最終判断はその時でいいから」

「あ、あのっ!それって俺達……」

「君達が良かったら、うちの領地においで。娘が何か考えているようだから」

「!はい!お願いします」


 俺達は慌てて立ち上がり、伯爵に頭を下げた。なんとか暮らしていける、そう思っていると、伯爵の娘が弟の側に来ていた。


「膝を悪くしたって、両方?」

「いえ、右側を」


 ふぅん、と言ってソファーに座るように言い、右膝に手をあてると、弟が汗を浮かべる。


「はい、おしまい。どう?ちゃんと動く?」


 弟が恐る恐る立ち上がり、何度か屈伸をし、動きが止まった。


「ビリー?」

「……痛くない」

「違和感ありますか?」

「……ない、です」


 弟を見て呆然としている俺に、伯爵のため息の音が耳に入ってきた。


「ミア。それはやったら駄目だ」

「あ」


 どうやら伯爵の娘は、うっかり弟の膝を治したようだ。

 それでも俺達にはありがたい。


「このことは内密にね」

「はい、もちろんです」


 弟は大きく頷き、伯爵の娘の手をとった。


「ありがとうございます!」

「治って良かったです」


 俺はこの人達に出会えた幸運に、今まで信じたことのなかった神様に感謝したくなった。




   □ □ □ □ □




 見学会の馬車は、辻馬車を十台借りての大所帯だった。各馬車に八人前後乗っているので、思ったよりサザランド伯爵領に興味をひかれた人が多かったのだろう。

 そんな中、俺達兄弟は獣人だと先日の説明会で知られているので、周りに人がいない。

 俺達が領民になってしまったら、伯爵家に迷惑だろうか。

 今になって、そんなことに気づいた。




「ようこそ!」


 馬車を迎えたのは伯爵の家族だった。伯爵は見学者を率いて王都から来たのに、疲れを見せず見学者を誘導する。


「まずは領都の中心となる予定の教会や共同施設、パン屋の辺りに向かいます」


 赤い布をくくりつけた長い棒を振りながら言い、伯爵は移動を始めた。

 俺達は一番後ろから着いていく。

 すると、伯爵の娘が俺達の間に来て、そのまま手をとった。


(なっ!)


 驚いている俺達を知ってか知らずか、伯爵の娘は機嫌良く歌を歌い始める。

 すると、それを聞いた何人かが俺達を振り返った。


(何を考えているんだ?)


 途中で伯爵の説明が入ると歌うのをとめ、きちんと邪魔にならないようにはしている。

 全く何を考えているのか読めない行動は、しかし子供なら仕方ないのかもしれない。


「ここが教会、その前に広がるのが公園です。

 公園に面してパン屋と共同施設があります」


 更に共同施設の説明をする。

 洗濯は魔道具であっという間に出来るとか、魔力を使うから魔力がない人は、井戸を使う洗濯場もすぐ側にあると説明があった。


「共同浴場も毎日魔力で綺麗にします。当番制で考えていますが、魔力のない方は他のことで町に貢献していただきます」

「……町に貢献とは、何をするんだ?」

「そうですね……体力ある方は、収穫の手伝いとか。手先が器用なら、町の備品を作るとか、ですね。

 とにかく町のために、時間と労力を割いていただきます」


 それでいいなら問題ない。

 体力を使うくらいなんとかなる。


「あのっ!」


 上ずった声が俺達から離れた場所からした。若い女性の声だ。


「獣人を領民にするなんて、本気ですか?!」


 非難するその声には、明らかに俺達に対して嫌悪感があると分かる。

 他の見学者も何かを囁きあい、一つ一つは大きな声ではないのだが、全体が騒がしくなる。


「……何か変なの?」

「別に大丈夫じゃろう」


 首をかしげた伯爵の娘に、じいさんが言いきる。


「あれ?おじいちゃん先生?」

「わしらも移住するんじゃよ」


 隣にはじいさんよりは若いが、ばあさんもいた。

 開拓者と言えば若者のイメージだが、この領地はすでに人が住める環境のようで、老人でも大丈夫ではあるだろう。


「移り住んで大丈夫なんですか?」

「子供はとっくに独立して、孫までいるからねぇ。それに、言ってきく人じゃあないのよ?」

「ええと、そうですね」


 ばあさんはニコニコ笑っている。伯爵の娘は返す言葉につまったが、肯定するしかなかったようだ。


「あのっ!だから獣人を━━」

「領民にしない方を見学会に呼んだりしませんよ」


 伯爵が答えれば、囁いていた声が普段の━━いや、興奮して普段よりも大声でみんなが喋りだす。


「気にすることないぞ」


 じいさんが俺達に話しかけてきた。


「伯爵の言う通りだ。来てる段階で領民になる資格があるんじゃよ」


 そんなことも分からんとは、と先程の若い女性に視線を向けている。

 周りのざわめきに、俺達がいなければ即断出来るが、獣人はやはり恐ろしいと、みんなが迷っているんじゃないかと不安になった。


「はい!」


 騒がしい中、伯爵の娘が場違いなほど元気に手を挙げる。


「取り敢えず、この施設の説明をしますね」


 言いながらポケットから取り出したハンカチを地面に擦り付け、泥だらけにした。


「こうして汚れた衣服を中にいれて扉を閉じて、扉についている魔晶石に触れます。で、おしまい」


 伯爵の娘は扉を開け、先程汚したハンカチを両手で掲げた。


「はい!真っ白です」


 おおっ、とどよめきが起きた。俺も目を見開く。


「中に入れる量と汚れ具合で使う魔力に違いが出ますが、青色の人でも日に三回洗濯出来るくらいの魔力しかかかりません。

 やってみたい方、どうぞ試して下さい」


 十台ほどの魔道具に人々が集まり、各々にタオル等を入れて試している。

 弟は、両親の形見の指輪を入れた。

 奴隷時代に余裕がなく、すっかり錆びきっている。


「うっ」


 さすがに錆び付いた指輪は、魔力をたくさん必要としたのだろう。そもそも獣人は魔力が少ないので、顔色が悪い。


「大丈夫か?」

「うん」


 弟はゆっくり扉を開け指輪を取り出すと、光に翳すように空に掲げる。

 その指輪には、錆など欠片もなかった。


「……凄い」

「あら、本当。金属の錆も消えるのね」


 ばあさんの発言を聞いた他の見学者が、次々とナイフや箱に入る装備を入れ、綺麗にしていく。


「スッゲー!ピカピカじゃん!」

「傷は消えないけど、輝きは新品だね!」


 などと盛り上がっていたが、さっきの若い女性がまた言った。


「獣人を領民にするなんて、反対です!」


 他の見学者もそれに追随するかと思ったが、みんなが静かにその女性を見ているだけだった。


「獣人を領民にしないと仰って下さらないと、見学する意味がありません!」

「誰を領民にするかは、領主である私が判断することです。

 異論があるなら、領民にならなければいいだけですよ」


 伯爵は冷静に語り、「ここからは行き先ごとに別れての見学になります」と話を打ち切った。


 呆然とする俺の耳に、「あの女しつこいね」とか「別にいいじゃん」とか、俺達を厭わない周りの声が聞こえ、柄にもなく泣きたくなった。


「お兄さんたちは、果樹園と家畜の方の見学だからね」


 伯爵の娘の言葉に、「おう」とこたえるのが精一杯だった。

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