8歳━2
呼ばれて名乗り、検査機の水晶玉の部分に両手で触れました。
ハイハイ。何もなしですねー。
両親もお兄ちゃんも弱い。
水晶玉は、魔力なしが透明のまま。魔力が弱い順に、青<黄<緑<赤<虹色、の無色を入れて6段階に分かれています。
両親はもう少しで黄色というところですが、青。お兄ちゃんも黄色。
そりゃ私だって青か黄色……
「なっ、なんだって?!」
「虹色?マジかよ!」
……おおう。水晶玉が光っています。
さっきのヒロイン(仮)さんより、いい色で光ってしまっている。なんてこった。ヒロイン(仮)さん、赤だったのに。
私は、慌てて水晶玉から手を離し、どうしようかと検査機の隣にいる男の人に首を傾げた。
そう、私は子供。何も知らない。知らないんだよ、司祭様。
さっきヒロイン(仮)さんと共に棒読みをしていたこの人です。何かいい知恵があるはず、と期待しました。
司祭様は、
「魔力量は素晴らしいね。あとは属性かな」
上手く誤魔化しにきたようです。
確かに魔力量があっても、回復魔法の使い手とは限らないですからね。
私が回復魔法を使えなければ、彼らの思惑通りヒロイン(仮)さんが王都へ行き、私はこのムーニー男爵領近辺の魔法学校に行くってことになるんじゃないかと思います。
司祭様が魔力量の検査から属性の検査に切り替えたあと、再び水晶玉に触れると━━また虹色に水晶玉が光ってしまいました。なんてこった。二回目。
「属性も虹色だって?!」
「嘘だろ?」
「あれって海鳥の巣のとこの娘か?」
すでに水晶玉から手は離しているけど……そりゃあれだけ光ればみんな誤魔化せないよね。どうしよう。
ヒロイン(仮)さんとその隣の━━父親らしき人に睨まれています。ううう。
私のせいじゃないよ!ヒロインならちゃんといい色を光らせておいてよ!
不安になって会場内の家族に視線を向けると、お兄ちゃんに力強く頷かれた。いや、どうしろと。
「調子がおかしいのかな。手を出してごらん」
司祭様に言われるまま手を出すと、握られました。
次第に司祭様の両手が光ります。その光が私の手を包むと、いくつかの色に変化して、消えました。
「君の魔力量が多くて、検査機がちゃんと測定出来なかったみたいだね。
君の属性は」
こちらに注目していた、周りの人達がごくり、と唾を飲んだ音がしました。
私は、茶番だって分かっているから、ボンヤリ。早く終わらないかなぁ。
「属性は、空間と物質」
「……は?」
「空間と物質だよ」
「物質って属性があるんですか?」
「詳しいことは、あちらで聞いてくださいね」
「あ、はい。ありがとうございました」
お疲れの司祭様に頭を下げて、あちらと言われたところへ向かいました。
今回の検査会のために来ていたお手伝いの人達━━王都にある国の機関、魔術省から派遣された人達━━は、私を見ると困ったように笑いました。
あ、茶番に気付いてますか、そうですか。
「これは魔力量か属性が黄色以上だった子に配る説明書なんだけど、読める?」
「一応、読み書き出来ます」
「じゃあ簡単に説明するね。
魔力量が虹色━━つまり多い。魔法を使うときは効果に気をつけてね。思ってもない規模になると、火とか危ないのは分かるよね?」
「はい」
「属性は……空間と物質だったね」
ちらりと司祭様に向けたお兄さんの視線がちょっと怖い。思わず半歩下がると、ごめんごめん、と謝られました。
「あの、物質って属性あるんですか?」
「メジャーなのは、火と水と地と風かな?あとは回復か。
空間っていうのは、こう」
いきなりお兄さんは手を振り下ろし━━すると、手が切ったかのように空間が開いた。中には色々な物が積み上がっている。
あれ?お母さんとお兄ちゃんが使っているアイテムボックスとはまた違うみたい。
お母さんとお兄ちゃんは、頭の中に、画像か文字で一覧が出るのに、このお兄さんは、本当にそこに積み上げられています。
「え?」
「空間収納ね。空間に小さな倉庫が出来る感じかな?本人にしか開けられないから、便利だけど不便だね」
「便利なのに不便なんですか?」
「……亡くなると、誰も開けられないからね」
知らなかったです!
なるほど。逆に言えば、誰にも見せたくないものはここにしまうに限るってことですね、うん。
うん?前に誰か言ってたかも。
「あとは移動と結界が空間。
物質は━━おい、誰か物質持ちいない?」
「はーい」
お兄さんが仲間に言うと、一人やってきた。
「たとえばこのスプーンが」
言いながらその人がスプーンをねじると、簡単にくるりんと形を変える。
「凄ーい!」
「生きてないものに、こうやって影響を及ぼすのが物質だよ。
たとえば生えてる樹木にはきかないけど、落ちてる木の枝にはかけられるってこと。
分かる?」
「うん!
生きてないものって、ガラスとかも……」
「もちろん、出来るよ」
「やったー!」
「堅くしたり柔らかくしたり重くしたり軽くしたり。さっきみたいに形を変えたりね。
それが物質」
私はねじられたスプーンを手に、ねじられる前の形を思い出しながら戻れ、と撫でてみた。
すると━━
「おお!飲み込み早っ」
スプーンは元通り。なにこれ便利。
「私の魔法って便利アイテムだ」
私が浮かれていると、はじめから説明してくれているお兄さんが、
「凄いねー。よく見せて」
と私の手首を持って引っ張った。
言えばスプーンを渡すのに、と思っていたら、
「機会があったら、属性の検査をちゃんと受けなさい」
こそっと耳元で囁きました。このために引っ張ったらしいですね。お手数おかけします。
ステータス画面で見れるとは言え、国には今回の検査結果で記録されてしまうそうです。
実際との相違は、私の責任にされても困ります。ちゃんとお母さんとお父さんに伝えなければ。
「それから」
お兄さんは自分の空間収納から、一冊の本を取り出すと、私に渡してきました。
「?」
「初級の魔法の本だよ」
年季のはいった本だった。
自分の空間収納に入れていたってことは、大切なものなんじゃないのでしょうか?
「君に必要なことがいっぱい書いてあるから。少しずつでいいから、勉強してね」
「はい」
胸の前で抱えていると、家族がやってきました。
「ミア」
「お父さん!
あのね、お兄さんからもらったの」
私が本を見せると、お父さんはお兄さんに頭を下げます。
「ありがとうございます。
私どもでは青までの魔力量しかなく、何がいいのかさっぱり分からないので助かります」
「属性も空間と物質と変わったものですからね。きちんと書かれた書籍は多くないので良ければ使ってください」
それからお兄さんは、お父さんに色々注意事項をあげていく。
物質は魔晶石を作れるから気をつけるように、とか。
ん?なんで魔晶石を作れると気をつけなきゃいけないの?
「……人さらいに遭わないように、だよ」
「え?」
「ミアが緑以上の魔晶石を作れちゃったら、そういう心配がある」
……つまり、作るのは黄色までってことですね。うん、怖いのは嫌いだからそうしよう。
うっかり緑以上が出来たら空間収納にしまいこめば大丈夫。
魔晶石も魔力量の検査と同じで、青<黄<緑<赤<虹色、と魔力量が多くなります。
青と黄色は一般家庭用。黄色を使えるのは一般家庭とは名ばかりの富裕層だけどね、豪商とかの。
緑は貴族や貴族の領地用。貧乏な貴族は黄色も使うらしいけど。
赤はお金持ちの貴族や王宮用。
虹色は国家用。
値段はそりゃ虹色が一番高い。
これを一つ売ったら、ウチの家族なら遊んで暮らせる。
赤だって十年、緑だって一年遊んで暮らせる。黄色は一ヶ月。
青は、そう考えると安いのかな?三日分の家族の食費くらいだし。
貴族が使ってまだ魔力が残ってる魔晶石を二束三文で引き取る業者がいるから、一般市民も魔晶石を使って生活出来るんだそうです。
……緑が一年。さらわれますか、そうですか。
「ミア。一人で出掛けるなよ?」
「うん」
ぎゅっ、とお兄ちゃんの手を握ります。お母さんは優しく頭を撫でてくれた。
お父さんは、魔術省のお兄さんと真剣な眼差しで何か話していて、検査会の前までののんびりした日常が変わってしまうのだと、頭の良くない私でも分かってしまいました。