王都・準備中━━領民候補その1
しばらく第三者目線でのお話です。
自重のないサザランド伯爵家の様子が伝わればいいんですが……
俺はケント。二十六歳の冒険者だ。
十年近く冒険者をしてきたが、そろそろ潮時。とは言え、先立つものがなく、引退後の生活をどうするか、パーティーのメンバーとも最近特に話し合っていた。
そんな中、ギルドに貼り出されたチラシは、俺達にとってなんとも魅惑的だった。
「なんて書いてあるんだよ」
しかし、文字が読めるのは、パーティー内では俺だけなんだけどさ。
勉強なんて特に必要なく、読み書きも何も出来た。前世の記憶のおかげだ。
だからこそ、文字でなくイラストに目を奪われても仕方がなかった。
「……おにぎりと玉子焼き?」
「おい、ケント?」
カインに肩を揺さぶられて、はっとした。
俺が声に出すのを、パーティー以外の文字の読めない連中も耳をそばだてて待っているのが分かった。識字率が低いから、興味があっても読めないんだ。
「新たな領地を開拓するために、領民を募集するってさ」
「どの辺りだ?」
ノイルが興味津々に聞いてくる。
「ええと、王都から馬車で六~七時間南に行ったところ」
「え?あの未開拓地?!何にもないとこじゃないの!」
あ~あ、とリーゼが途端に興味をなくした。領民募集だなんて滅多にというか、初めて見た内容だが、場所が不毛の地とされる場所では意味がない。
俺が読み上げる声を聞いていた他の連中も、期待外れといわんばかりに興味を失っていた。
でも、俺には諦めきれなかった。
「説明会と見学会がある。
説明を受けて尚且つ興味を持った人間に領地の見学会があるってさ」
「あそこは誰も住んでないから、そうなるよな」
声のトーンからして、仲間もどうやら興味をなくしたようだが、せめて説明会と見学会に行きたい。
俺の考えが分かったのか、リーゼが肩をすくめた。
「詳しくは食事しながらでどう?」
「ああ、腹減った~」
「いつもの炉端亭でいいよな」
安くてボリュームのある居酒屋の名前を上げ、すでにカインは歩き出していた。
俺は慌てて、チラシの内容を簡単にメモして━━息を飲んだ。
文字が読めない奴は、とんでもなく損をするだろう。
「取り敢えず人数分のビールと、いつものおつまみセット二つ」
「あいよー」
リーゼの注文に、店員が愛想よく答え厨房にオーダーしている。
俺は、メモした内容を仲間に言おうとして、炉端亭にもチラシが貼り出されたのに気づいた。
「ここにもあるのか」
「あれ?本当だ」
「必死なんだな」
カインが嘲笑するかのように唇を片方だけ上げたが、そんなことはない、はずだ。
「あまり大きな声では言いたくない」
俺は声を潜めたが、仲間は何を警戒することがあるのか分からないと呆れ顔だ。
「はいよ、ビールとつまみセット」
「サンキュー」
カインが料金を渡し、それぞれビールを持った。
「乾杯~」
特に何もないが、今日もこうして酒を飲めることに乾杯して、俺は話し始めた。
「場所を問題視しているのは分かるが、条件がいいんだ」
「条件?」
ノイルが鋭い目付きで俺を見た。
単に強面なだけで、本人はにらんでいるつもりはない。
「大声は出すなよ?」
「分かった分かった」
「今回の移住者は、家がもらえる」
「ええっ?!」
思わずリーゼが驚愕し、声を上げた。
カインとノイルも驚いているが、なんとか声を押さえることに成功しただけのようだ。
「リーゼ」
「う、ごめん」
「で?他には?」
ノイルに促されて、俺はこの炉端亭に貼り出してあるチラシを読む。手書きのメモより確実だからだ。
「来年の小麦の収穫まで援助がある」
「!」
三人ともなんとか声を押さえたが、あまりの内容に目を見開いている。
「一年後、領地が合わないと感じたら領地を出られる。一年間のお試し期間だと考えればいい」
「……本当かよ?」
「募集する職業は、鍛冶屋、パン屋の従業員。
それから農業は、畜産、畑作、稲作、果樹園」
「ふぅん」
「共同施設には、洗濯場、浴場」
浴場の言葉に、リーゼが俺の肩を掴んだ。
「な、ちょっと。本当に?」
「……説明会、行ってみないか?」
俺が三人を見れば、三人とも頷く。
こんなにいい条件なんてあり得ない。だからこそ、胡散臭い。
でも、本当にこの通りだとしたら、このチャンスを逃したことを絶対に後悔する。
俺達は、明日説明会の予約を取ることに決めた。
□ □ □ □ □
説明会は、蓋をあけてみれば大盛況だった。
野次馬もそこそこいたようだが、領主が新たに爵位を拝命した商人ということで、お貴族様の我が儘がないんじゃないか、という期待もあった。
「本日はわざわざお集まり下さり、ありがとうございます。
私が領主となるサザランドです」
どこからどう見てもただのおじさんが、挨拶を始めた。一般人相手に敬語とか普通の貴族じゃない。
「皆さんには、冒険者ギルドや飲食店に貼り出してあるチラシをお渡ししましたが、改めて説明させていただきます」
サザランド伯爵は、文字が読めない者がいるのを知っているのだろう。チラシの内容を読み上げると、騒がしくなる。
どうやらきちんと読めなかった人間が、ことのほか多かったようだ。
「来年の収穫物から、納税していただきます。ただ、種や家畜はこちらが準備しますので、それを使って下さい。
鍛冶屋に関しては、どれだけ需要があるのか分からないため、最低限の収入の保証をします。売上が不足した額を領地が補填しますので、生活が苦しくなることはありません。その分、それだけの腕を求めます」
破格だな、と深く息をついた。
領地に鍛冶屋がいないのは不便だから厚遇となるのだろうが。
「パン屋は、領地だけでなく、王都で始めるパン屋の分も作ることになります。
私の妻のレシピによるパン屋を開くので、そのための従業員の募集になります。
領民がこのパン屋を利用するには、料金分の小麦と引き換えとします。
初年度は、一人当たり食パン一斤を毎日お渡しします。食パン以外のパンとの交換も可能ですが、二日前までに申請して下さい。あ、野菜や肉との交換も、申請して下されば可能です。
二年目からは配布はなくなり、小麦との交換か、貨幣による販売になります」
伯爵が食パン一斤と言って掲げたそれを見て、どよめきが起こり、しばらく伯爵は静かになるのを待っている。
「本当に凄い」
リーゼが呆然と伯爵を見ていた。そりゃそうだ。こんな待遇の領民なんていないだろう。
「これまでの説明で、質問のある方はいますか?」
伯爵が聞けば、高々と手を挙げる男がいた。獣人だ。
「獣人でも問題ないか?」
「どういった方かによります。
説明会の後、お時間をいただけるのなら、個別により詳しい説明をさせていただきますが、どうでしょう?」
「分かった」
伯爵の答えに、周りが騒がしくなる。
獣人は、獣人の国がある。ほぼ他国に移り住むことがない。
なぜなら、並の人間より力強く危険だとされているため、普通に働くことが出来ないからだ。
その一方で、契約魔法により自由を奪えば、能力の高い働き手となるため、借金のかたに奴隷となる人数が多い種族でもある。
この国では獣人は奴隷以外見かけないのが現状だ。
「他にはありませんか?」
伯爵は見渡し、特にないことを確認したようで頷いた。
「帰る時に見学会に参加される方は、予約して下さい。当日の遅刻は待ちません。時間厳守でお願いします」
俺達はもちろん見学会の予約をし、その時に食パンの見本を一人一枚━━六枚切りくらいの厚さか━━もらって帰った。
ふわふわの食パンに、俺達は見学会の前にすでに移住することに決めた。
誤字を訂正しました。




