9歳━3
半月近く過ぎ、また領地に行くことになりました。
前回も「わしも調査に立ち会う」と言って着いてきた植物学の先生である、おじいちゃんが付いてくることになりました。
なんでもお母さんの言うことに興味津々だったらしいです。日本の知識はここでは珍しいからだと思う。
「今回はクレイグさんとブルーノさんとおじいちゃん先生の三人?」
「邸から転移陣を使う許可がおりたからね。護衛も多くなくて大丈夫じゃない?」
今回は私もお兄ちゃんも一緒です。
と言うか、今回のためにすでに何度か転移陣で往復しています。
建材を運んだり、どこに何を建てるか、その線を引いたりしていました。
今回の目的は、大掛かりな魔法で領地の整地をすることです。
どこに畑を作るか、田んぼを作るか、水車小屋や洗濯場、共同浴場や教会、貯蔵庫等々、お父さん達が帰って来てから、何度も何度も繰り返し話し合いました。
初回移住者には、家を贈るという太っ腹な計画は、お父さんが決めました。
冒険者を引退した人達や、農家の跡継ぎ以外の継ぐ土地のない者が移住者となるだろうとの予想から、あまりお金はないだろうから、家と初年度の収穫までの支援をするそうです。開拓されていないから、賃貸物件もないし。
意外と魔晶石の売上が良かったから出来るとか。沢山作っていた私を誉めてください、うん。
「ブルーノさん、今日は色々よろしくお願いします」
「改まって言われると怖いなぁ」
ブルーノさんは地下を含めた上下水道設備を作ってくれます。
これはすでにお父さんが国に申請して許可を得て、お金を支払う代わりに魔晶石を納めています。
更に領地の開拓のために、ブルーノさんをお借りしました。今日が勝負です。出来るところまで仕上げちゃいます。
そんな私とブルーノさんの会話を聞いて、クレイグさんがお兄ちゃんに話しかけます。
「今日はどうするんだ?」
「俺達は魔物を筆頭に、領都周辺の野獣を討伐します。安全性をあげたいので」
「私とお父さんは森で果樹に印をつけたり、植物を見て回ったり、かな?」
「あとは足りない物を王都から運んだり、だな」
今日はサザランド家本宅を作り、ここと王都の邸を行き来する転移陣を常時設置します。この転移陣を使える人を設定して、むやみやたらに誰でも移動出来ないようにします。
どこかの間諜や犯罪人が王都に勝手に入れてしまうのは、問題なので。
「じゃあ、行こうか」
お父さんの合図に、私は転移陣に魔力を送り、視界がぶれたと思ったら、あっという間に移動完了です。
「じゃあ、まず。僕は上下水道関連の設備から作るね」
「お願いします」
「私はアルフと一緒に狩ってくる。あまり森の深くにはまだ行かないように」
「はい、お願いします。アルフも気をつけて」
「はい」
「あ、お兄ちゃん待って」
私はお兄ちゃんを引き留めると、皮鎧と剣に魔法をかけ、強度と切れ味を上げます。今日一日持つくらいたっぷり魔力を使いました。
「ひょっとして、ワイバーンの時も?」
「勿論です」
ほう、とクレイグさんはお兄ちゃんの剣や鎧を見ています。見た目は変わらないと思うのですが。
「では行くか」
「はい。父さん行ってきます」
私達はクレイグさんとお兄ちゃんを見送り、ブルーノさんの上下水道関連が終わるまで建物は作れないので、おじいちゃん先生と一緒に森へ行きます。
鼻歌は森の熊さんです。実際には熊と出会いたくはないですけどね。
しばらく歩くと、ゆずが生っています。ゆずの木には緑色の布を巻きました。
他にも、前回の調査の結果を参考に魔法陣で移動して、栗や柿や蜜柑、葡萄と梨等々、種類ごとに同系色の布を巻きます。
何の木か、実っていないものはよく分からないので、こっちに移り住んでからなんとかするか、今回のものだけにするか、後で考えることにしました。巻いた木だけでも、それぞれ五十本は越えたので、これだけでも充分なのではないかと考えたからです。
おじいちゃん先生も、この領地の植物は研究出来ていないとかで、実っていない木を何の木か、確実には言えないそうだ。
「これとこれは、同じ栗か?」
「……別じゃない?全体的に栗の大きさが違うでしょ」
ちらりと見ただけでお母さんが言いきります。その辺りも考慮して植え替えなくてはなりませんね。
「予定していたよりも、果樹園は倍にしないと小さくない?」
「そうだな。果樹園は端に作る予定だから、拡げよう」
お父さんがメモしています。
果物の種類も本数も豊富で、緩む頬を止められません。ふふふ。
「栗きんとんを作ろうよ。栗蒸し羊羮もいいよね」
「そうね。色々作るわね」
「うん!」
来年はさつまいもの栽培もして、領地のもので栗きんとんを作れるようになりたいものです。
果樹の他にも、里芋や自然薯、ゴボウを発見して、ニマニマした笑いが止まりません。
「ミアは食いしん坊だな」
「そんなことないよ?!」
お兄ちゃんといい、お父さんといい、なんて誤解をするんだ、もう。
「美味しいものがあれば、領地が潤うでしょ?それに━━」
「お~い!終わったよ~!」
私の反論の途中に、ブルーノさんの声が重なります。
ぶんぶんと両手を振っています。
「じゃあ、行ってくるね!」
「私達も町の方に行きましょう」
「そうだな」
ブルーノさんに呼ばれた私だけじゃなく、お父さんとお母さんも町になる方へ歩く中、おじいちゃん先生がまだ森に未練を見せます。
「平地にも、色々な植物がありますよね?」
「━━そうだったな」
私の言葉に、町の予定地の植物を思い出したのか、おじいちゃん先生はちゃかちゃかと素早い動きで町の予定地へ歩き出していました。切り替え早いです。
町の予定地には、あちこち線が引かれています。区画を区切っているそうです。その線に合わせて、私とブルーノさんで家を建てていきます。
魔法で材料を練り上げ、煉瓦を積み上げ、木材を建てる。
お兄ちゃんの剣や鎧にかけた魔法は、魔力が切れたら元の切れ味や強度になりますが、建てることだけに魔法を使うので、圧縮したり水分を飛ばしても、魔法が切れてもそのままだ。
問題は、家を建てるのに必要な魔力量です。全部で百世帯、それにお店や共同施設等を建てるつもりなので、気が遠くなりそうです。
「ミアちゃん、疲れた?」
「少し。でも大丈夫です。次にいきましょう」
ブルーノさんの手をとり、次から次へと住宅へとむかい、結局なんとか家等の建物は全て建て終えました。
だってまたブルーノさんを借りることを考えると、出費がかさみます。今回で終わらせた方が断然いい。その目標は達成しました。
取り敢えず、明日は家でのんびりすることになりました。私の顔色が悪いとかで。
「ゆずと唐辛子で━━」
「明日は休みなさい」
柚子こしょうは、唐辛子の処理に魔法が必要だと言っていたのでお母さんがストップをかけます。
「じゃあ、渋柿をいっぱい」
「渋柿で何をするんじゃ?」
その時疲れていた私は、おじいちゃん先生の目がギラリと光ったのに気づかなかった。
「何って干し柿ですよ?皮をむくくらい大丈夫です」
「仕方ないわね。とってくるわ」
「五十個くらい」
「はいはい」
お母さんとお兄ちゃんが獲りにいってくれます。私は座り込んでいます。
「渋柿なんぞ干しても食えんだろう」
「え?干し柿は渋柿で作るのが普通ですよね?」
言いながら、ここは日本じゃなかった、と思い出します。価値がないっていう情報に渋柿があったんだし、知らないんでしょう。
「出来たら食べますか?」
「勿論だ」
おじいちゃん先生は嬉しそうに頷きました。
翌日は、渋柿の皮をむいたり煮沸したり紐でくくったりして、干し始めました。
お母さんは栗の甘露煮や柿や葡萄、梨のジャムを作りました。味見係として食べたら美味しかったです。
何だかんだと、柚子こしょうもちょっと作りました。大量に作らなかったのは、空間収納に入れておけば時間経過しないので、旬を気にせずに作れるから。
そしてゆずの果汁でポン酢を作って鍋を食べました。ふふふ。
一日休んで今日も領地を作ろう、と思っていたのに、お父さんが商会の準備があるとかで、今日もお休みです。
仕方ないので、領地が整ったら冒険者ギルドや飲食店に貼らせてもらおうと考えていたポスターというかチラシをデザインしていきます。
「領民募集、でいいの?」
「普通どう書くんだ?」
「さあ」
取り敢えず、サザランド領がどこにあるのか、王都から馬車でどのくらいか、どういった人材を求めているのか、どういった援助があるのか。
開拓者のため、先住の人間がいないことなど書いていきます。いや、もうほとんど開拓してあるけど。
「説明会と見学会はやった方がいいよね?」
「説明会はまだ商会を始めてないから、あそこでいいけど、見学会は難しいわね」
「辻馬車を借りて、向こうに一泊して帰るんで充分じゃない?」
「見学会はいるんじゃないか?誰も住んでないから、人に聞けないし」
お兄ちゃんが眉を寄せます。
しかも未開拓地だった時のイメージが良くない土地なんです。見学しないで住んでもらえるか分からない。
「ちょっと出費がね。ま、仕方ないか」
「畑と田んぼ、牧場が出来てからの方がいいよね?」
「果樹園はいいのか?」
「あ、それも終わってから。説明会のあとに希望者には個別に面談してもいいかも」
「個別に?その時に質問を受け付けたらいいじゃない」
お母さんが肩をすくめる。
「それもするけど、鍛治屋さんとか、みんながなる訳じゃないから、個別に時間が欲しいかなって」
「ああ、そうね。自分だけの質問はしづらいかもね」
そんなこんなで、説明会と見学会の日程を考えつつ、領地の整備をすすめることになりました。
不安も期待もありますが、良い領地になればいいな、と明日からも頑張ろうと思います。




