9歳━2
指摘いただき、誤字を修正しました
「ちょっと待ったぁ!!」
バーナードさんの台詞を遮りやって来たのは━━誰だ?
「バーナードは騙されてるのよ!
我が儘なお嬢様にこれ以上振り回されることないのよ?」
突然現れた女の人は、そう言いながらバーナードさんの右手を両手で掴みます。
うるうるしたように見せたかっただろう瞳は、ドライアイなのか涙が浮かんでもいなかった。
「手をはなしてくれないか、リタ」
「え?」
バーナードさんは言いながら右手をその人━━リタさんの両手から引っこ抜いた。
驚いて「なんでなびかないの」心の声が駄々漏れですが気づいていないようです。
「シェリルお嬢様━━いえ、シェリル。
私とともに━━」
「だから待ってってば!」
再びリタさんが右手を掴む。
バーナードさんが不快そうに眉を寄せ、リタさんの手を振り払う。
「これは私とシェリルの話だ。君には関係ない!」
「関係あるわよ!!」
怒鳴ったバーナードさんの倍以上の音量をリタさんがあげる。
近所の人達がチラチラ見ていたのが、完全と野次馬となってとどまっています。
「バーナードは私を好きでしょう?」
「━━何の冗談だ」
低い声で言うバーナードさんは、リタさんを睨む。凄い自信家だなぁと呆れるばかりです。
「取り敢えず中で話しましょう」
お母さんがシェリルさんとバーナードさんの背中を押します。ちゃんとバーナードさんとリタさんの間に体を入れているあたり、計画的です。
私はお兄ちゃんに腕を引かれ中に入ります。
お父さんはゲイルさんと不動産屋さんをさっさと建物に入れ、リタさんが呆然としているうちにベンさんを押し入れたクレイグさんが鍵をかけた。
「……え?」
まさか無関係なはずのお母さんが一番に動き出したので、反応が遅れたようです。
こちら側としては、スムーズに事が運ぶので嬉しいです。うん。ちょっと待ったってうるさくて、野次馬が増えていったので。
「……リタもバーナードを好きだったのね」
ポツリとシェリルさんが呟きます。
「それなのに、私のためにアドバイスしてくれていたのね」
━━ん?アドバイス?
「シェリルさん。ちょっと確認したいんだけど、アドバイスって何を言われたの?」
「あの。バーナードは派手な見た目が好みだから、ハッキリした化粧をして髪を巻いて、原色の服を着た方がいいと言われました」
「……え?」
シェリルさんの発言にバーナードさんが目を瞬かせます。身に覚えがないんでしょう。
「そこまで好みを知っている本人が、パステルカラーの服を着て、ナチュラルメイクなんですね」
「え?」
私の言葉に、シェリルさんが首を傾げた。実は天然さんではないでしょうか、シェリルさん。
「そうね。まるでバーナードの好みから遠ざけるかのようなアドバイスよね?」
「……派手な人はタイプではありません。
このところ、シェリルお嬢様━━いえ、シェリルが派手な格好をしだしたのは、相手の方に合わせたのかと……」
「え?!」
シェリルさんがバーナードを見て目を見開いています。
バーナードさんの好みに合わせたら、そんな誤解をされたのなら、そりゃあもうびっくりですよね。
「偽情報をわざと教えるなんて、ひどい人ね」
お母さんはちらりと外にまだいるリタさんに視線を向けます。
視線を向けられてリタさんはドアを叩きますが、勿論無視です。
「シェリルさんは、これが素なのね」
ナチュラルメイクとふんわりウェーブで、この間来たときのツンツンした感じがありません。
服だって主張が激しい感じではなくなっています。癒し系です。
「ここ最近、変わったとは思っていたが……」
ゲイルさんも呟くのですから、こちらが本当のシェリルさんなんでしょう。
「……ゲイルはもう営業権は手放したのか?」
「ああ。引退だ」
「家はどうするんだ?」
「ホテル暮らしでも構わないさ。先が短いんだ」
「それは医者に行ってから言え」
お父さんは腕を組んで目を伏せて、何か考えています。
「そうね。取り敢えずゲイルさんには医者に行ってもらって。
よかったら、シェリルさんはバーナードとここで一緒に働かない?」
「え?」
お母さんの言葉に、シェリルさんが目を見開いています。
「まだ上の階の荷物がそのままなら、そのまま住めばいい。
ゲイルも医者に見てもらって何もなかったら働かないか?バーナード一人では負担が大きい」
「アントン?」
「領地の運営もあって、人手が全く足りないんだ」
「……俺でいいのか?」
「長年やってきた実績があるじゃないか」
トントン拍子に話が決まりそうで、だんだんと難しくなっていくお父さん達の話に入れる訳もなく、私は小さめのリュックサックから紙を取り出した。
「…何だ?」
「領地の植物の一覧です。今回少し取ってきたものとか」
「……食べられないだろう?」
クレイグさんが眉を寄せます。
「あの領地は開拓する価値がないと、調査の結果を渡したのに、見に行くとは思わなかった」
「え?」
王城で渡された資料は、どうやらわざわざ調べる手間をかけることなく、価値がないことを知らせるためのものだったようです。
「……もっと獲りに行こうかと思うんですけど」
「は?何を取りに行くんだ?」
「色々」
お母さんが持って帰って来たゆずは、もっと欲しい。
すだちかかぼすかと獲ったら、青いゆずだったらしい。
個人的には、柚子こしょうには青い方がいいので、もっとあった方がいい。青い唐辛子は市場に買いに行かないといけないけど。
ビニール手袋がないけど、魔法で切れば関係ない。唐辛子の種取りが大変だけど、なんとかなる……はず。
渋柿も皮をむいて干し柿にしたい。皮むいてつるせばいいし。
干し芋も作るかなぁ。
大根は沢庵は米ぬかが難点だから、ゆずで漬けよう、うん。となったら、黄色いゆずもいるなぁ。
千枚漬けも漬けたい。う~む。
「家を整えたら、干したり漬けたりしないと。本格的に冬になったら辛いしね」
「……は?」
私の独り言にクレイグさんがきょとんとしています。気にしなくて大丈夫ですよ、うん。
皮をむいたらゆずは果汁をポン酢に……はっ、鍋食べたい。まだ冬じゃないけど。
思い付くままにやることを新たに紙を出して書いていくと、お兄ちゃんが「食い物ばっかり」と笑います。むう。お兄ちゃんだって食べるくせに。
「バーナード!」
扉がガタガタと揺さぶられます。迷惑な人だなぁ、もう。
「じゃあ、そういうことで頼むよ」
「ああ。ありがとう、アントン」
お父さんとゲイルさんが握手しています。話が終わったようです。契約書にサインも済んだらしい。
「結婚するまでは、バーナードは三階ね」
「はい、奥様」
結婚の話も決まったようです。
「で、あれはどうするの?」
多分、みんなが気づかないふりをしているリタさんのことを言えば、誰もが口を閉じます。ええ、面倒くさいですから、当然ですね。
「バーナード!」
私は新たに紙を取り出し、分かりやすく書いていきます。
それをリタさんに向けると、固まりました。
「……ミア、何て書いたんだ?」
「シェリルさんとバーナードさんの結婚が決まったって」
「……なるほど」
ガタガタうるさく扉を揺さぶっていた動きが全くなくなり、リタさんは私が書いた文字を何度も何度も目で追います。
何回読んでも結婚が決まったって書いてあるだけですよ。
「私が……」
「ん?」
「私がヒロインなのにぃぃぃぃ」
まるでドップラー効果か何かを残しつつ、リタさんはあっという間に彼方へ走り去っていきました。
安心して建物から出る前に、私が書いた文字を他の人も何人か読みました。
「結婚するのね!」
「あらあらあら!」
「まあまあまあ!」
野次馬化していたご近所さんが言うと、周りの野次馬から「おおお」と歓声が上がります。
「騒がしくしてすみません。落ち着くところに落ち着きましたから」
鍵をあけて扉を開くと、お母さんがにこやかに微笑みます。
腰が低いのは、長年の職業病ですね。ご近所さんは何度も頷いています。
「良かったわねぇ、シェリルちゃん」
「一時はどうなるかと思ったわよ」
「まぁ落ち着くところに落ち着くのねぇ」
シェリルさんがおされながらも「ありがとうございます」と返しています。
「また商会をここでしますので、どうぞよろしくお願いしますね」
「あらあらあら!」
「まあまあまあ!」
いつからかとかは決まってませんが、ご近所さんがずらっといるので、ついでにお知らせです。
ギリギリになる前に言っておいた方がいいんでしょう。前世の建て替えやリフォームの前の挨拶と同じ?みたいです。
「……あれもヒロインだったか」
「そんなに可愛くなかったのにね」
「……ミアもきついこと言うな」
お兄ちゃんが苦笑しますが、だってシェリルさんの方が可愛いじゃないか。うん。
「こんなに簡単に済めばいいんだけど」
「簡単にいかないかなぁ」
「しつこいのは、もっと凄いからなぁ」
お兄ちゃんが何かを知っているのか、遠い目をしています。
「何かあったの?」
「いや、話を聞いただけだから」
「ふ~ん?」
詳しくは話してくれないのでよく分からなかったけど、まぁ、バーナードさんとシェリルさんが上手くいったのでよしとしておきましょう。うん。




