9歳━1
私が熱を出した日、目が覚めると心配そうなジョシアと私達を見守るカトリーナさんが目に入った。
侯爵様と一緒に王城に来たそうで、そのあとすぐにお兄ちゃんと侯爵様がやって来た。
熱を出した翌日は大事をとってお休みしていましたが、他の日はマナーと魔法の勉強をした。
魔法は、攻撃魔法は諦められたので、それ以降は生活に密着したものと、領地のことを考えて農業や建築に便利なものを教えてもらった。
そしてお父さんとお母さんが帰って来て、私達は王都での生活と、領地の経営に向けて色々やることが山盛りです。
今はキンバリー侯爵家の向かいの家にやって来たのですが━━広いのにボロ家です。
侯爵家の向かいなのにボロ家です。多分、周りの貴族から苦情があったのでしょう。破格の安さだったそうです。
見に来た時は呆然としましたが、私が魔法である程度直せるので、ボロ家で安いし購入となりました。
お父さんは、社交界を知らない我が家を考えると、侯爵様のご厚意に甘えて色々教わった方がいいと判断しました。
私がジョシアと結婚しても、向かいだし、と。
「直しちゃう?」
「さっさとやっちゃおっか」
実は、協力してくれるとクレイグさんとブルーノさんがついてきてくれました。
ブルーノさんには、ホコリ対策も兼ねて、結界を張ってもらい、しかも色をつけて中が見えなくしてもらいました。
これで私が魔法を使っているとばれない。
宰相さんに、くれぐれも人並みの魔法以上は誰にも見つからないように、と釘をさされているので、魔法についてはブルーノさんがしてくれたことになる予定です。
「じゃあ、僕が庭の草木を根から引っこ抜くんだね?」
「はい。ついでに燃やして灰にして下さい」
「灰に?」
「木を植えるにしても、ここまで大きいのはちょっと」
「取り敢えず、あとで芝生だけ植えればいいわよ」
お母さんもこう言っているし、燃やしましょう。
庭はそこそこ広いので、将来的には樹木を植えたりガーデニングも凝らないと駄目なんでしょうが、今は住める状態に持ってこないと話になりません。
「じゃあ、ちゃちゃっとやっちゃおっか」
「はい!」
私とブルーノさんは、言うが早いか庭と邸に魔法をかけた。
庭に生えていた草木は次々と根から抜かれ、庭の真ん中に積まれ山となっていく。
一方邸は、一年一年時間を逆回しにしていくと、壁に走っていたひびも、欠けた煉瓦も、建てた当時に近づいていく。
くすんでいた色も鮮やかになり、あともう少しで新築、というところでお母さんからストップがかかりました。
「真新しいより、これくらいでいいわ」
「新築じゃ駄目?」
「中古を買って直したって言った方が反感買わないでしょ」
なるほど、処世術ですか。我が家は貴族に成り立て、しかもいきなり伯爵だ。
公爵から男爵まで、妬まれやすいに決まっている。
私は続いて、邸の中と外を清浄していきます。
家具とかは全部売り払われたそうなので、特に何もない。
外の掃除が終わると、私は邸の中に入り、一部屋一部屋、清浄の魔法で掃除していこうとして、はたと気づいた。
部屋ごとの掃除では、屋根裏のホコリがそのままだ。
それならば、と外に出て、結局邸全体に一度で清浄の魔法をかけ、座り込んだ。
ええ、へたっています。予想以上に汚れていたのか、がっつり魔力を使ってしまいました。
「ミア、どうした?!」
背後からお兄ちゃんの声がします。
玄関に来たら私がペタンと座り込んでいるのでびっくりしたようです。この間高熱を出して寝込んだばかりだ。
「一度休憩にしよう」
「う~ん、邸の掃除は終わったよ?あとは確認しておしまい」
「え、もう?」
「うん」
私が疲れているのが分かったのか、お兄ちゃんは私が立ち上がるのに手を貸してくれて、ゆっくり歩きます。
「やっぱり範囲が広いと、必要な魔力が桁違いなんだな」
「魔道具のは、箱の中だけだから、微量ですむけどね」
主にお兄ちゃんが作った魔法陣によって、洗濯機と食洗機のような魔道具は出来上がりました。
始めは魔力がそこそこ必要で、お兄ちゃんが使うと倦怠感があった。それを改良に改良を重ね、魔力もあまり使わない最終形になりました。
掃除機は魔法陣の構造が違うので、一からやる気が起きず、まあ人間がやっても大差ないということにして放置しています。
飽きたわけじゃないですよ?
お兄ちゃんと庭に行くと、ブルーノさんが引っこ抜いた草木を燃やしています。
「ちょっとお茶にしようね」
「邸の掃除は終わったよ」
「えっ?もう?」
「うん」
古い布をウッドデッキにレジャーシート代わりに敷き、お母さんがいれてくれたお茶を飲みます。
「じゃあ、お父さんが来たら一緒に商会の建物を見に行く?」
「うん」
爵位とともに賜った王都での営業権を活かすため、やっぱり商会を立ち上げるそうです。
ちょうどいい物件があると不動産屋さんに言われ、見に行くことになっていました。
「そっちも手伝う?」
「数日前まで使っていたみたいだから、大丈夫ですよ。
家だけでもこんなにお世話になって。ありがとうございます」
草木はすでに燃え尽きて灰になっていました。あとは土と混ぜ合わせて芝生の種を蒔けばいいかな?
「俺は働いてないし、護衛を兼ねてついていこう」
「あら、ありがとうございます」
私達は王城に戻るブルーノさんを見送り、不動産屋さんを連れてくるお父さんとベンさん、バーナードさんとともに、買う予定の物件を見に行くことになりました。
□ □ □ □ □
━━確か、お母さんが数日前まで使っていたって言ってましたが、まさかこことは。
私達の目の前に『太陽の瞳』商会の会長ゲイルさんと娘さんのシェリルさんがいます。
ゲイルさんが商会を辞めるので、売りに出したそうです。
「商会を辞める?」
「ああ。元々考えていたんだ」
十日くらいしかまだ経っていないのに、ゲイルさんの頬が少し痩せている気がする。
シェリルさんは、派手だった化粧がナチュラルメイクに変わり、服装も清楚になっています。
「私の寿命が煩わしくてね」
「占いですか?」
「ああ、そうだよ。良く当たるらしい」
私の言葉に頷き、寂しそうに目を閉じます。
でも、なんていうか━━
「ちゃんとした占い師は、人の寿命は占わないって聞いたのに」
「━━え?」
ゲイルさんとシェリルさんが私を見ます。
前世での噂ですが、寿命は占わないってどこかで聞きかじっています。
それに。
「お医者様には診てもらってないんですか?」
「……ああ」
「診てもらってからでも遅くないのに。
その占い師さんはそんなに当たるんですか?」
「……当たると聞いていた」
「どなたに?」
私が聞くと、ゲイルさんは「あいつが謀ったのか」と小声で呟きました。
「バーナードさんが頭角を現して、焦った番頭が仕組んだってとこかな」
「……え?」
お兄ちゃんの発言に、後ろにいたバーナードさんが疑問符を差し込みます。
「だってそうだろう?
お嬢さんが惚れてる上に才能もあるとなったら、太刀打ち出来ないじゃないか」
「……まさか、あの時見ていた?」
「あの時?」
シェリルさんの呟きに、お兄ちゃんが問いかけます。
バーナードさんが何かに気づいたという表情をしました。
「……私がバーナードさんに、告白したんです」
シェリルさん、顔が真っ赤です。バーナードさんも真っ赤です。
━━ん?バーナードさんも?
「まだ未熟者で、シェリルお嬢様と、その……結婚は時期尚早かと……」
「あれ?断ってないのね?」
「えっ?いや、あの、その」
お母さんが断ってないのかと聞くと、バーナードさんははっきりしません。
けれど、シェリルさんはそんなバーナードさんを信じられないと呆然と見ています。
「私……断られたとばかり」
「いえ!あの……まだ未熟者で……腕をあげないと」
「一緒になってから苦労するってのもありよ?
私達は、結婚と同時に夫が商会を立ち上げたんだから」
「ハンナがいつも支えてくれたね」
「当然じゃない。夫婦なんだもの」
「……ハンナ」
━━しまった!
うっかり両親ののろけをいつの間にか聞かされています。
けれど、それにバーナードさんはなんだか心を動かされたようです。
「シェリルお嬢様。私とともに━━」
「ちょっと待ったぁ!!」
バーナードさんの台詞は途中で遮られた。




