王都・到着━━アルフ10歳━2
「何故アルフがその言葉を使う?」
「……他にも誰か仰ったのですか?」
「あの女がな」
忌々しそうに宰相が言い、侯爵も顔をしかめた。
「まさか、『攻略対象』『ヒロイン』『悪役令嬢』『フラグ』『シナリオ』とか言っていたのですか?」
「!何で知っているんだ?!」
国王が驚愕しているが、バッドエンドを迎えたヒロインはやはり転生者みたいだ。
しかも、どうやら逆ハー狙いだったっぽいし。
ここはゲームじゃないと分からなかったのか、分かったのは全てが終わって幽閉されてからか。
「……そういえば、君達がそんな言葉を使って話していたと報告があったな」
カトリーナさんと話していたヤツか。
従者は分からないなりに、きちんと報告をあげていたようだ。ちゃんと仕事してるな。
「アルフ。それでは君は、『お前達の息子が腑抜けになる』って呪いは分かるか」
「呪い、ですか」
俺がため息をつくと、宰相が眉を寄せた。
どうやらそんなことを言ったらしい。ヒロイン失格だな。とっくにか。
「詳しい内容は、母の方が知っています。
ただ、トラウマは回避されているので、多少は腑抜けることを防げるかと」
「本当か?」
「ええと。
ザックリー様は、自分が無茶したせいでクレイグ様が亡くなられて、トラウマを抱えるのですが━━助かりましたよね」
「ああ」
「ジョシアも、本当なら助けられたんじゃないかとカトリーナさんが亡くなられてトラウマを抱えるのですが━━元気ですよね」
「そうだな」
「それと、婚約者はミアではなく他の令嬢でしたし」
「そうなのか?」
「はい。私達家族は、イレギュラーのようです。
その女の言うシナリオには登場しないはずなので」
俺が言えば、ほっとした様子で宰相と侯爵は「そうなのか」と頷いている。
「それでディランは?」
「王子は━━」
俺はそこで言葉を失った。
王子のトラウマが回避されていなかったからだ。
どうしようかと視線が定まらないのを宰相は何か勘違いしたのか聞いてきた。
「まさか、ディラン王子は腑抜けになりやすいのか?」
「!なんだと?!」
「いえ!まだそうと決まった訳では……」
「では、何が?」
俺はちらりと国王をうかがい見る。
出来れば、この人には話したくないというのが本音だ。
下手するとこれを言うことで、俺が王妃に嫌われる。
俺だけでなく、サザランド家としてまで嫌われたら、お茶会やら何やらで、母さんとミアが苦労しそうだ。
「ええと、宰相様だけに━━」
「父親は俺だぞ?!」
「悪いようにはしないから、言ってしまって構わない」
宰相にまで促されて、俺は渋々答えた。
「王子のトラウマは、一人っ子です」
「━━は?」
三人がハモった。ブルーノさんはぽかんと口を開けている。
確かにトラウマが一人っ子とは、理解しがたいだろう。説明を加える。
「一人で国王を継ぐ重圧と戦う孤独に耐えきれなくなって癒しを求めるのです。
その癒しを求める相手が『ヒロイン』。
『ヒロイン』がどんな人間かによって、良くも悪くも━━」
俺の言葉の途中で国王がバン、とテーブルを叩き、立ち上がった。
「よし!子供だな?
一人と言わず二人三人作ってくる!」
━━今まだ夕方だぞ?
俺が呆れていると、宰相と侯爵が国王の捕獲に成功した。
呆れる前に、王妃に嫌われないために、俺も捕獲に動くべきだったのだが。二人が成功したので、いいとしておこう。
「何をする?離せ!」
「いいから落ち着け」
「自分達の息子が『ヒロイン』から逃れられるからって!」
「あ、それは無理ですよ」
俺の言葉に、三人がゆっくりと俺に振り向いた。
「トラウマがなくなって、『ヒロイン』の打てる手が減るってだけです。
あっちは勝手に絡んで来るでしょう」
「なんだと?」
「そんな馬鹿な」
「はっはっは。俺の息子だけ可哀想な目にあうなんて、絶対にさせないぞ!」
方向性に問題あり、な発言はまるっと無視することにする。
「それでも、『シナリオ』と違う部分がある方が、毒牙にかかって腑抜けにならずに済むと思います」
「なるほど、無駄ではないのだな」
「ちょっ……!俺の息子は?!」
また国王が暴走しそうになり、二人が羽交い締めにした。
「……今、王妃様と拗れるとシャレになりませんよ?」
「……拗れる?」
「あと何人お子様が出来ても喜ばしいことですが、今まだ夕方です」
「うっ」
「王妃様は今回のことご存知なのですか?」
「ああ。全て報告したよ」
宰相の言葉に頷く。
「では、きっと自分の子供やその周りに危険な目にあわせたと心を痛めておいででは」
「ああ。明らかに落ち込んでいらっしゃったな」
「そんな時に、子作りしよう、とか言われたら、ねぇ」
「うっ」
「一人と言わず二人三人?」
「いやあのその」
「拗れますよね?」
「拗れるな」
「当たり前だろう」
「顔も見たくないって言っちゃいそう」
宰相と侯爵、それからブルーノさんの言葉が効いたのか、国王はソファーに座った。
「……俺だって回避させておきたい」
「取り敢えず、王妃様をお慰めして寄り添う方が大切ですよ。
猪突猛進でお二人の仲が悪くなったら、本末転倒です」
「うううう。分かった、分かったよ」
こんな内容を諭す十歳ってどうなんだ、と思わなくもないが、もう気にしない。
「それに、例え一人っ子でも、心の内をさらせるご友人がいたなら、孤独を感じませんし。
ザックリー様がトラウマを回避されて、もしかすると、そこは大丈夫かもしれません」
「息子がトラウマを抱えていた時と、何が違う?」
「トラウマを抱えていたら、ザックリー様が心の内をさらさないので、王子もそうなると」
「なるほど」
侯爵は腕を組み頷く。
国王は未だ焦りの表情を浮かべていた。
「しかし、はっきりとそうだとは分からないよな?」
「それはそうですが……」
「もっとこう、なんだ。
はっきりした形で『シナリオ』から逸れたと分かって安心したい!」
「ですから、逸れたとしても、安心しきれません」
俺の言葉はすでに国王に届いていないようだ。肩をすくめると、宰相と侯爵も呆れた表情をしていた。
「は!そうだ!
ジョシアが婚約者が違うと言ったな?!
ディランの婚約者は誰になっている?
他の令嬢を婚約者にすれば━━」
「落ち着いて下さい。
俺はさほど詳しくないので、どなたが王子の婚約者だったのか知りません」
本当に知らない。知っていても、そんな迂闊に言えないだろう。
派閥だのなんだの、おそらく面倒なことになる。
「相手を変えても孤独を感じたなら、意味がないですし」
「うぬぬぬぬぬ」
「母の方が詳しいので、周りに不審がられないよう、会う算段を」
「━━こいつは置いとくとして、私とワイアットなら自宅で飲むからな。
その時にアントンと夫人も呼んで会えば大丈夫だろう」
「そうですね」
「ああ、そうだ」
侯爵は何かを思い出したらしく、ポンと膝を叩く。
「サザランド伯爵家は、まだ王都の邸宅がないだろう」
「はい。まだ何も決めてません」
「我が家の向かいを押さえてある」
「━━は?」
「カトリーナが夫人と気兼ねなく会えるし、ジョシアとミア嬢の仲も更に良くなるだろう」
侯爵がカトリーナさんを大切に思っているのは分かったが、ちょっとやり過ぎな気がする。
類友なのか、とチラッと考えても仕方ないだろう。
「両親には伝えておきます」
「警備はきちんとしなさい」
俺が侯爵にこたえると、宰相が言ってきた。
「ミア嬢のことを、誰が知るか分からない。対策は万全にしておきなさい」
「何かいい手はないでしょうか?」
そこからは俺が宰相と侯爵に、ミアの身を守る相談会と化し、俺としては有意義な話となった。
俺達がワイバーン退治を手伝ったことから、お礼として家を買ったらブルーノさんが結界を張ってくれることになった。
「取り敢えず、あっちに帰りますね」
「そういえば、ここまでどうやって?」
俺が聞くと、ブルーノさんは肩を竦めた。
「ブルーノは魔術省でも有能な魔術師だ。
だから今回色々させたんだ
ブルーノは転移魔法が使えるし、最悪の場合、馬車もワイバーンも他に飛ばせただろう」
「……転移?
それでここに?」
「そうそう。
獣に襲われないように向こうに結界を張ってきたけど、そろそろ帰りますね」
じゃ、と片手をあげるとブルーノさんは音もなく消えた。
俺がびっくりしてブルーノさんの消えたあたりを見ていると宰相が苦笑する。
「私も息子がかかっていたからね。腕のない者を使ったりしない」
それもそうだなと納得し、俺は項垂れる国王に苦笑する。
「皆さんはその女の人のせいで、『ヒロイン』にいい印象がないのでしょうが、今回の『ヒロイン』が悪い人とは限りません。
あまり先入観は━━」
「実家が悪徳商会で、カトリーナが絶対に結婚させないと言ったと、報告を受けている」
「……あー、言ってましたね」
侯爵が断言する。
確かに俺もおすすめはしない。
「出来れば母と、カトリーナさんもいればより分かるのですが」
「……カトリーナも、か」
「こそこそやってもバレる気がします」
「……分かった。カトリーナに話しておこう」
「あの女の人の話はしなくてもいいので」
「そうだな。あれの話は、必要になったら王城でしよう」
宰相が言い、これからの『ヒロイン』対策に侯爵家で集まることに決まった。
国王は来ることは出来ないが、ミアの調味料と母さんの料理の腕に宰相が対策会議を頻繁に開きたがり、それを聞いた国王が「俺も行く」と会議に参加したがり、面倒くさくなるのはもう少し後の話。




