王都・到着━━アルフ10歳━1
父さんと母さんが領地に視察に行ったその日、俺とミアはマナーやら剣術、魔法を学ばせてもらっていた。
騎士団で鍛えてもらって部屋に戻ると、ソファーで寝ているミアの顔が真っ赤だった。
額に触れれば、信じられないほど熱い。
俺は慌てて、風呂場でタオルを濡らして絞り、額に乗せる。
それから応接間では扉一枚で廊下があるため、より静かな奥の寝室のベッドに移し、側に椅子を持ってきて座り、時おりタオルを濡らして絞るの繰り返し。
そんなことをしていると、夕方に王城の侍女が訪ねてきた。
「キンバリー侯爵様が、ご家族でいらっしゃってますが、いかが致しますか」
「応接間にお願いします」
俺はちらりとミアを見て、侍女にお願いを追加する。
「ミアが目を覚ました時に水を飲ませたいので、病人用の水差し━━吸い飲みをお願い出来ますか?」
「かしこまりました」
俺はミアの頭を撫でると、応接間に移動した。
「ご無沙汰しております」
「ああ。久しぶりだな。
アントン達は領地に?」
「父と母は領地に。ミアは熱を出して隣で寝ています」
「熱を?大丈夫なの?」
「今は眠っています……」
ジョシアは俺の言葉にそわそわしだす。
俺はちらりと王城の侍女を見ると、お茶を出したらすぐに退室してくれた。
「━━カトリーナさんに確認したいんだけど」
「なあに?」
「母さんは、幸せな結婚をしたいって希望が叶った。俺は、冒険者になって活躍したいっていうのが叶うかもしれない」
「あら、そうなの?
私は━━お姫様みたいになりたい、だったかなあ。
実家も侯爵家で、女の子が私一人の上に、兄達とは歳が離れていたから、随分可愛がられているわ」
━━現在進行形かよ。
いや、俺だってミアをいつまでも可愛がるかもしれないから、人のことは言えないが。
「ミアは、希望を聞かれなかったらしくて……」
「……ねえ。それで熱を出しているってことは」
「よくあるやつだと、今聞かれているのかもしれない」
「う~ん。こっちを知ってからだと、何を希望するかしらね」
確かにそうだ。
もう家族はいるし、ジョシアがいるし、魔法だってかなりいい素質を持っているらしい。
「それでミアは大丈夫なのか?」
俺とカトリーナさんが話している間もそわそわしていたジョシアが、口を挟む。
ミアって愛されてるな。
「心配なら隣で寝てるから側にいればいいよ」
「側にって……寝ている女の子のところに行くのはどうかと思うわ」
「そうかな?
ジョシアだけだと問題あるかもしれないけど」
そこで扉が叩かれる。
さっき侍女に水差しを頼んでいたので、俺は何も考えずに応えた。
「どうぞ」
その声に、水差しを手に現れたのは、侍女ではなく、宰相だった。
□ □ □ □ □
カトリーナさんとジョシアに、ミアのことをお願いして、俺は二人のあとについて行った。
宰相は侯爵を借りたいと言ったのだけど、侯爵が俺もいた方がいいと宰相に言ったからだ。
そのままついていけば、そこは王城でも確かプライベートな空間のはず。
宰相が若干乱暴に扉を叩くと返事を待たずに開けた。中にはすでに国王が椅子に座り待っていた。
「よお!久しぶりだな、ジョセフ」
「急に呼び出しとは、何があった?」
砕けた国王の言葉にも、敬語を使わない侯爵にも驚いていると、宰相が俺に椅子を勧める。
「サザランド伯爵の子息もいたのか」
今更国王らしく振る舞っても、その前を見ているから、微妙な感じだ。
「アルフをはじめ、彼の家族にはカトリーナの件で助けてもらったんだ」
「……精神的に不安定になっていたんだったな?」
宰相に苦笑し、侯爵は頷く。
「それを彼の家族に、普通に戻してもらったといったところだ」
「戻す?詳しく話せ」
「詳しくか。
何をどう説明すればいいのか」
国王が促すと、侯爵は苦笑しながらも俺達との出来事を国王と宰相に話した。
母さんが作った変わった料理でカトリーナさんが呆けた状態から普通に戻り、更に母さんと意気投合してからは、生き生きと生活していること。
不吉な先見の夢を見たと言い、魔道具を身に着けたら、魔晶石が赤から無色に変わったこと。などなど。
「魔道具か。
我々にもサザランド伯爵夫人が、魔道具を身に着けろと言ってきた」
「誰に何があったんだ?」
「彼に助けられたが、騎士団のクレイグがワイバーンと対峙して死にかけた」
「……ワイバーン?」
「それから、俺の子供が王子一人なのはそのせいだとさ」
国王の話を聞き、侯爵が俺を見る。
「宰相様のご子息━━ザックリー様がいつもの自分らしくないという、カトリーナさんと似た状況だったので。
何もなければ色は変わらないはずですし。
王子はその側にいらっしゃいましたし、念のために」
「はじめから持たせておくべきだったな」
国王が自嘲するかのような表情で言う。
そこに扉を叩く音がする。
入れと国王が告げ、扉を開けたその人は━━。
「ブルーノさんが何故?」
「あれ?サザランド家の子息?」
互いに状況を把握できなくて、疑問符を投げかけた。
□ □ □ □ □
「王妃殿下は三年ほど聖女として活動していた。
聖女は一人ではなく、複数なる場合がほとんどで、王妃殿下の時も全部で五人いた」
「ステラが聖女であった時に、私が聖女から妻を得ると噂が流れてさ。
何を勘違いしたのか、それは自分だと思い込んでいた女がいたんだよ。
挙げ句の果てには、ステラに嫌がらせをし、怪我までさせたんだ」
「あれは子爵領で一室に封じられていたはずだろう」
「その一室があまりにも粗末な出来でしたよ」
ブルーノさんの発言に、俺たちは眉を寄せた。
「一室に隔離して、外には出れない。けれど、魔法は使えるし、窓には鉄格子がはめられているだけ。
一言で言えば杜撰ですね」
ブルーノさんは、カトリーナさんのことや今回のワイバーンの件で、宰相から極秘に色々調べるよう命をうけていたらしい。
そこで感じた魔力を辿ると、子爵領に着いたらしい。
「鳥を使っていたようですよ」
「鳥を……?」
「鳥を経由して、人やワイバーンさえ操っていたようですね」
「……そんなこと、出来るのか?」
「やけに魅了の魔法に長けているようで」
つまり、魅了で鳥を好きに操って、その鳥に他の人間を操らせる━━大分無理がないか?
「鳥と言っても小鳥でね。警戒されにくい可愛いものだよ。
その小鳥に、紐の形状をした魔道具を使わせてね」
「……たまたま、紐がかかった人間が使われたってことですか?」
「やることなくて暇だったんだね。作るまでどれだけ時間がかかったのかね」
そういう問題か?
いや、その結果こうしてカトリーナさんも、ワイバーンの件も起こされたわけだけど。
「魔道具で遠隔操作?」
「頭に音が響くのですよ。操られなかった人間としては、耐性がよっぽど低い人がかかったのかな、って」
「……は?」
「試したのか」
宰相が呟き、ため息をついた。
ただ、ブルーノさんの体験談はあまり役に立たないだろう。耐性も魔力も魔法も、ブルーノさんは常人離れしているそうだ。
「僕のところにも魔道具を運んで来たので。
鳥は魅了を解除しましたし、魔道具が使われた人間から魔道具を回収しましたよ」
「魔道具を使って人を操り、何をしたんだ?」
ブルーノさんは肩をすくめ、呆れながらも説明を始めた。
カトリーナさんの件は、なんと大量に侯爵家のカントリーハウスのまわりから魔道具が出てきたそうだ。
だから侯爵やカトリーナさんの他に、俺たちも判断がおかしくなったらしい。
そうするためにかかる魔力量は、とんでもないらしいけど。
更に、街で暴れた人も魔道具で操られていた。
回収したワイバーンも。
いや、ワイバーンを操るって、普通の人じゃないだろ!
「……無駄に優秀だったんだ。中身が問題でね」
宰相が俺に説明してくれるが、表情は険しい。
それにしても、魅了って放置していていいのか?
「……魅了を持っていたのか?」
「国の記録にはなかったんですけどね。誰かが隠したのかな?それも魅了を使ったのかもね」
普通は魔力検査会で見つけられ、その場で魅了を封じられるらしい。
つまり、それ以前に気付いて、魅了していたのか?
「他にもやらかしてましたよ」
そう言ってブルーノさんが説明を始めたのは、王妃のことだった。
教会に併設されている孤児院を定期的に訪れる王妃に、水に混ぜて避妊薬を飲ませていたので、国王と王妃の間には王子一人しかいない。
教会の人間を操っていたらしい。
「━━は?ちょっと待て!子供が出来なかった理由って、それか?!」
国王が叫ぶ。後ろに椅子を倒しながら。
それが国王の子供が王子一人の原因だったのか。
王子を授かれたのは、単に結婚後王太子妃としての勉強を王城内で半年間している時に妊娠したからだった。
王城には強固な結界が張ってあり、操られている人間は入り込めないらしい。なので王子を授かったのだろう。
「それで、これからどうするんだ?」
「子爵家では、部屋に閉じ込めるのが精一杯だったみたいですね。
僕が結界を張ったし、心配なら更に魔法陣を施しましょうか」
「ああ。更に、本人の魔法を封じてくれ」
「はい」
「……前回の人間は、魅了されて封じずにいたのだな」
「本当に無駄に優秀だな」
苦笑いをし、宰相がため息をつくと、ワインを口にした。
「これでようやく終わったのか」
侯爵が、ポツリと呟いた。背中をソファーに預け、目を閉じている。
「ああ。やっとだ」
それに答える宰相も背中をソファーに預けた。
「カトリーナを狙うとは、まだ逆恨みしていたのかと思ったが」
「逆恨みですか?」
「私がカトリーナと婚約しているにも関わらず、言い寄ってきたんだ。
もちろん断ったが、変なことを言っていたな」
「私にも言い寄ってきた。
オーウェンにすり寄りながらこちらにもとは、節操がないと思ったものだったが」
「ワイアットも大変だったな」
「分かりやすく拒絶したはずだが、何故か照れていると思い違いをしていたようでな。私に近付くなと言った婚約者だった妻に言い掛かりをつけていた」
三人の話を聞きながら、俺は正直ツッコミたかった。
━━実はあんたら、攻略対象か!
三人共、ヒロインと思われる者と結ばれていないとなると、バッドエンドだな。
しかし、それで終わらなかった。
この世界がゲームではなく、現実だからなのか。続編があったのか。
いや、こんな続編はないな。単にその女の性格が残念だっただけだ。
「このこと、カトリーナさんは……」
「当時は学院がまだなかったからね。社交の場以外で会うこともなかった。
カトリーナには知らせなかったよ」
心配かけたくなかったんだ、と侯爵は言う。そしてそれは正解だったと俺は思った。
もしかすると、前世の記憶があり色々分かってしまうカトリーナさんは、自分が悪役令嬢だと思い込んだかもしれない。
そうなっていたら、カトリーナさんが不安にかられて何をしでかしていたか分からない。
今の侯爵家があるのは、この時の侯爵の取った行動によるだろう。
それにしても、詳しい話を聞いてみればみるほど、その女の執念深さが恐ろしいほどだ。
それにしても、まるでゲームを知っているみたいに、カトリーナさんのもワイバーンの件も起きたな。
そこまで考えて、まさか、と俺は息を飲んだ。
あの魔力検査会での棒読みを思い出した。
その女が検査会以前に魅了したということは、面識があったってことだろう。まさか『ヒロイン』も同じことをしている?
そこまで考えて俺は首を左右に振る。
考えすぎか。あれは確かに『ヒロイン』だが、ミアを目の敵にする必要がない。
検査会でミアの方が目立っていたってだけで、何かをしてくるわけないか。
「アルフ?」
「いえ、何でもありません」
「……何を隠している?」
宰相が低い声で俺に問う。
俺が見た目通りの精神年齢なら、トラウマものの鋭い視線つきだ。
「司祭はこちらの味方、ですよね?」
「ひょっとして魔力検査会の?
あれは僕は何もしていないから、あの棒読みは今回のとは関係ないよ?」
ブルーノさんの明るい声で否定された、俺は天井を仰ぎ見た。
これから厄介なことが起こるということか。
「司祭がどうかしたのか?」
「━━ミアの属性を誤魔化したんです」
「虹色に光ったのにね」
ブルーノさんが俺の補足をする。
「あの時の回復魔法を持った子がいたよね」
「……ヒロインですね」
俺の台詞に、三人が固まった。
神殿→教会に変更しました。




