9歳━4
誤字を訂正しました
私達は王城内の一室にいた。
ソファーに座って頭を抱えているお父さんと、厚い紙の束を読んでいるお兄ちゃん。
そしてお風呂から出たばかりの私とお母さん。
「まだ悩んでんの?」
「……ハンナ」
「しょうがないじゃない。
私達の子供が欲しいんでしょ」
「それはそうだが……」
「それに、ミアを養女に出さないでもジョシアと結婚させられるんだから。願ったり叶ったりでしょ」
先程、国王様より今回の褒美として伯爵位を賜りました。サザランドって名前です。
お父さんが必死に辞退しようとしたものの、国王様と宰相さんの強力なタッグの前に敵うはずもなく、項垂れています。
お父さんは爵位ではなく王都での商会の営業権を、と言ったらそれも追加され、爵位の辞退は認められなかった。
伯爵なのは、国王様が与えた爵位と知らしめる意味合いがあるからだとか。国でも貴族でも議会でもなく、国王様が与えたと分からせたいということみたい。
思惑が分かりません。
「子供が欲しいって、私達を?」
「そりゃそうでしょ。
ワイバーン倒したり、あっさりあんな魔晶石作れたり。
欲しいって言うか、他に渡せないって言うか」
「虹色の魔晶石は脅威だろうね」
お兄ちゃんが頷きます。
虹色の魔晶石は、個人での所持が禁止されているそうです。
作れるんですけど、と聞けば国で買い取ってくれるとのことでした。一般人なら一家が一生遊んで暮らせる額が、個数分。正直言って怖い額です。
赤い魔晶石も買い取る話が出ましたが、付き合いのある貴族と約束があると言ったら、名前を訊かれました。
お父さんは侯爵様に迷惑がかかるのではないかと一瞬躊躇いましたが、お母さんがキンバリーの名前を出し、ついでに私がジョシアと結婚する予定だと言いました。
恥ずかしさのあまり、顔を上げられない私は椅子に座ったまま、俯きました。
宰相さんが色々聞いてきましたが、お母さんが「ちゃんとした婚約じゃなくても結婚するんです!」と言い切り、微妙な雰囲気になった。
宰相さんと国王様が小声で何かを確認しあい、問題にならなかったようです。
「侯爵は、国王派なんだろ」
お兄ちゃんの見解では、なので問題にならなかった、ということのようです。
一応、確認はするらしいですが。
「こっちは面白そうだよ」
厚い紙の束を上げ、お兄ちゃんは笑います。
厚い紙の束は、宰相さんが持っていたあの束です。サザランドの名前と共に賜った領地の資料です。
一応、名前だけではなく領地も、という程度のもので、領民はいない。
領民が出来るまでは納税の義務はないという確約も頂きました。
「面白そうって何が?」
「自生している植物が、ね」
私はお兄ちゃんの見ていた紙の束を見ます。
お兄ちゃんとお父さんは私達と入れ違いにお風呂です。
「……暖かい上に海もある領地なんだ」
領地は広くなく、けれど王都から馬車で近い。
いい土地な気がするけど、なんで今まで開拓されてなかったんだろう?
次の紙を見ると、自生植物がいくつか記載されていた。
絵がなく文字だけのそれは、想像力を試されているかのようです。
涙が止まらない根菜。脳天にくる苦味のあるズッキーニのようなもの。ナイフの要らないオレンジのようなもの。シャリシャリした食感のみずみずしい林檎かラ・フランスのようなもの。エトセトラエトセトラ。
━━って、おい。
微妙に色々間違ってる。
涙が止まらないってわさびじゃないかなあ。でも、根菜?涙が止まらないって、わざわざすりおろしたのかな?
「……何か面白いの?」
「わさびと苦瓜と蜜柑と梨とかがあるみたい」
「へえ」
「何となく日本って感じ?
ヨーロッパ似のこの国だと、開拓する価値を見いだせなかったのかも」
蜜柑と梨も、オレンジも洋梨もあるから、わざわざ新種じゃなくてもいいってところかな?
わさびと苦瓜は……食べ方が間違ってる可能性大だ。
他のものも、後で見ておこう。
「まあ、領地自体も狭いしね。一週間で見てまわれるって話だから。
海があるから開拓していてもいいような気もするけど。こっちは肉が主流みたいだし」
明日と明後日は領地に行く準備をして、明々後日にはお父さんとお母さんは領地を見てくるそうです。
私達は王城でお留守番というか、何て言うか。
お兄ちゃんは、クレイグさんに剣術を学び、私は魔術省で魔法を、また二人でマナーを学びます。爵位を賜ったので。
魔術省のお兄さん━━ブルーノさんはお父さんとお母さんに付き添ってくれるそうで、私は他の方に魔法を教わります。
付き添いは、他にも騎士団から数人来てくれるそうです。
この辺りは国王様と宰相さんのご厚意です。
あとは、ベンさんとバーナードさんが一緒に行くようです。明日、宿に説明しに行くって。
「日本かあ。それはやっぱり期待しちゃうね」
「海があるなら塩が作れるし、魚も海藻も。
わさびがあるとしたら、綺麗な水があるってことだろうし」
からし菜があればカラシもあるなあ。
色々と楽しみになってきました。お父さんとお母さんと離れるのは、ちょっと寂しいですが。
「まあ、一週間で帰ってくるわよ」
「……うん」
お母さんは、何でも分かってしまうのかな?
私はぎゅっと抱きつきます。きっと今日は色んなことがあって、精神的に不安定になりやすいんでしょう。ってことにしてください。
「ミアは甘えん坊だね」
お母さんは笑いながら頭を撫でてくれます。
「まあ、まだ子供だしね」
「お母さんは、こっちに来て良かった?」
「そうねぇ。
前は結婚してなかったけど、こっちではアントンと結婚して、アルフとミアが生まれたしね。
━━幸せな結婚をしたいって希望は叶ってるわね。
こっちには、アントンに会うために来たのかもね。なんて」
━━希望?
私が首を傾げていると、お風呂へ続く扉が開いた。
「……ハンナ」
「えっ?いやあの……聞いてた?」
お母さんがしどろもどろになり、お父さんはそんなお母さんを抱き締め、お邪魔虫な私とお兄ちゃんはさっさと隣の部屋に移動します。
忘れずに紙の束を持っていきます。
本当は、二人ずつ一部屋与えられたのですが、私が嫌がり、お父さん達の部屋の応接間にベッドを置いています。
今日の出来事が、ちょっと甘えたモードにさせているのかもしれません。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「お母さんは幸せな結婚を希望したんだって」
「ああ。さっき言ってたな」
「お兄ちゃんは?」
「俺は━━ああ、そうか」
「?」
「ゲームでワイバーンも倒してたんだけどさ。剣道もやってたし。
次に生まれ変わったら、ゲームのやつみたいに冒険者になって活躍したいなって」
お兄ちゃんの顔がちょっと赤くなります。
「子供みたいなこと言ったな」
「……お兄ちゃんも希望したの?」
「何かの冗談かと思ったら、あれが関係あるのかもな。
で、ミアは?」
「……希望、聞かれてない」
「━━え?」
「単に生まれ変わっただけで、何も希望してない」
何か、ずるい。
ずるいけど、お父さんがいてお母さんがいてお兄ちゃんがいて━━文句はないんだけど、でもずるい。
「……魔法使いになりたいとか」
「妹はそうかもしれないけど、私は特にそうでもなかったよ」
そう言えば、あの子は魔法少女のアニメとか好きだったし、このゲームだって魔法が出てくるし。やっぱり好きだったんじゃないかな?こういう世界。
「……えっと」
「希望かぁ。聞かれたら何て言ったかなあ」
今あるもの以外に欲しいもの。
家族もジョシア達もいるし、ベンさんにバーナードさんもいる。
王都に来たから、新しい友達は欲しいけど、希望ってほどオーバーな話じゃない。
「ま、いっか」
「え」
「聞かれてから考えようっと」
私が言えば、お兄ちゃんも頷きます。しょうがないしね。
それからベッドに横になりながら、領地を事細かに━━けれど、微妙に色々間違ってる内容をつっこみつつ、気になるページは折り曲げる。
随分とドッグイヤーが出来た頃には、私は夢の中だった。




