9歳━3
入った部屋は、いくつか豪華な椅子が並べられていた。
そして、一人の……おじさん。案内係かな?
「すぐにいらっしゃいますので、中にどうぞ」
「分かった━━ああ、椅子を一脚借りるぞ」
クレイグさんは言うと、並んでいる椅子を一脚手にした。
そして部屋にいたおじさんは壁に取り付けてある何かに向かって喋っている。
「こちらだ」
クレイグさんが開けてくれて扉から、中に入った。
椅子が並んでいる部屋も大きかったけど、ここはそんなもんじゃなかった。
部屋の中に階段があり、上の階には高い背もたれの豪華絢爛な椅子が三つあった。
中央の椅子が一番豪華で、両側のはもう少し押さえられているものの、一般市民には、豪華としか言い表せないほどです。
「椅子に座らせるといい」
クレイグさんはお兄ちゃんに促します。
お兄ちゃんとお父さんがお礼を言い、私は椅子に座らされました。
「気持ち悪いだろうが、もう少し我慢してくれ」
私は無言で頷き、しかしその動きで吐き気がするという最悪な状況だった。
大人しく椅子に座り、片方の肘掛けに両手を置き、体を預けます。
お兄ちゃんが私の頭を撫でてくれています。
「お、来た?」
魔術省のお兄さんが呟くと、上段に人が現れた。
先程の子供二人と、お兄ちゃんとワイバーンを倒した人達の一人。
あとは……場所が場所なだけに、ひょっとしなくても国王様と王妃様でしょうか。
ゴクリ、と唾を飲むと、魔術省のお兄さんとクレイグさんが跪いています。最敬礼だっけ?
お兄ちゃんとお父さんは二人にならって、同じになるようにと跪いています。
私も淑女の礼を……と思っても、まず椅子から降りられない。
仕方ないので、もう開き直って椅子に座りながら頭を下げた。それでも正直辛い。
ワイバーンの件で、うるさかったあの男の子が何か言うかな、と思っていたら何もない。
あれ?
「彼女は魔力封じのブレスレットの影響で立ち上がることも話すことも出来ません。
今回はこのままで」
「ああ。構わない」
クレイグさんが取りなしてくれます。
取りなしてくれなくても、こんなに顔色が悪いのを見たら、国王様だって許してくれそうです。
「いや、もういいだろう。それも外してあげなさい」
それどころか、ブレスレットを外す許可まで出してくれる。器が大きいです。
魔術省のお兄さんが外してくれましたが、気持ち悪さは簡単になくならないので、まだまだぐったりしています。
「宰相、本題に入ろう」
「かしこまりました」
宰相さんは、手にしていた紙の束に視線を落としました。
「家長のアントン、妻ハンナ、長男アルフ、長女ミア。
ムーニー男爵領にて『海鳥の巣』商会をしていた。
間違いないか」
「はい」
お父さんが頷きます。
でも、今日の今日で調べられているのは、正直言って怖いです。
「今回助けられたのは、私の息子━━スクワイア王国の第一王子ディランだ」
国王様が仰います。
ああ、うん。そんな攻略対象いたよね。
そっか、あの男の子共々攻略対象ですか。
第一王子と、確か公爵家の子供だったはず。あ、宰相さんがお父さんだったっけ。
私が遠い目をしているのにお兄ちゃんが気づいた。で、頷かれます。
たぶんお母さんの方がもっと詳しい。
━━私がそんなことを考えていると、お母さんが声をあげた。
「あのっ。つかぬことをお伺いいたします。王子様達は魔道具はつけていらっしゃらないのですか?」
「━━魔道具、とは?」
「精神異常を防ぐ魔道具です。
どう考えても、そちらの方がミアを━━私の娘をやけに嫌いすぎていませんか」
「私も今日のザックリーはおかしかったと思う」
ディラン王子がお母さんの発言に頷きます。
ディラン王子の言葉を受け、男の子━━ザックリーが眉を寄せます。
「自分でも信じられないのですが、あの時はなぜだかそのような気持ちに……」
「誰かに操られていたということはないのですか?」
「いや、王城では魔法や物理的なものからの攻撃を防ぐ結界が張ってある」
「王城の外では?」
「外?」
「ワイバーンの時は、街道でした。あの時に何かあったとしたら……」
お母さんの言葉に、みんな黙ります。
カトリーナさんの件と一緒なの?
攻略対象だから、ゲームの強制力が働くかもしれないってこと?
「……もし、もしも貴女の言うとおり何らかの魔法がかけられたとしたら。
その者は、少なくとも腕がいい上に、操る相手の側にいるか、操りやすくする仕掛けを身につけさせていなければならない」
「ええ」
「……あの中にそんな魔法を使える者はいないはずだ。
そうなると、ザックリーがずっと身につけているものになるが」
「━━王妃様も、ずっと身につけているもの、ありませんか?」
「━━わたくしも?」
お母さんは何を覚えていて、何をしようとしているのか。私もお兄ちゃんも、固唾を飲んで見守ります。
「今ここにいる人達は、身につけているものを再確認した方がいいと思います」
お母さんの発言に辺りが静まり、私とお兄ちゃんは顔を見合わせます。
攻略対象はディラン王子とザックリーだ。
その二人に影響を与えるのが、ここにいる人達ってことでしょう。
カトリーナさんはゲームを知っていたけど、どうやらここには知っている人はいなさそうだ。
う~ん、説明しづらいよね。
「ザックリーやステラを操るとして、何をしようというのか」
国王様が仰います。
ステラとは王妃様ですか。
「ザックリー様は━━ディラン王子に近い方ですし。
王妃様に関しては……」
「どの様な発言でも罰しない。申せ」
「……ディラン王子以外のお子が出来ないために」
国王様が目を見開きました。
貴族ってあんまり表情を出さないようにしているはずなので、よほど驚く内容だったのでしょう。
「ディラン王子に関しては、向こうにとって知らない間に生まれたのか、ディラン王子以外がいらなかったのか。
私には何も分かりませんけど」
お母さんは緊張したのか、両手を胸の前で組みます。
「初期は自覚がありませんから、何かされていたら分かりませんね」
「……それは……」
王妃様が体を震わせ、掠れる声で呟く。
まるで二人目がいないのは、誰かの仕業だと言っているようなもんだ。
「理由は私には分かりませんけど、慎重になって不都合がないのなら、どうぞお考えください」
「でも。わたくしが身につけているのは━━」
「ゴホン」
王妃様が何かを言おうとしたのを国王様が咳払いで止めます。
まだ何の確証もないのに、誰かの名前を出すのは確かに止した方がいいでしょう。
「貴族や王族のことは全く分かりませんけど、とにかく用心だけはなさってください」
「……分かった。
王城内は安全だからな。ザックリーはしばらく王城で生活するように」
「はい。かしこまりました」
国王様の言にザックリーが恭しく受け入れると、お母さんは明らかにホッとしています。
「途中で割り込んで申し訳ございませんでした」
「いや、よい。
それでは本題に入ろう」
助けたお礼を言われてちょっとお金でも貰えるのかなぁ、とも思ったけど、それにしては私達を調べていて、更に厚いあの紙の束がとても気になります。
お兄ちゃんとお父さんは、緊張した面持ちです。
お母さんは一仕事終えたので、ぼんやりしています。
でもお母さんがぼんやり出来たのは、ほんの数秒のことでした。




