9歳━1
私達は来た通り、幌馬車に乗って王都に向かう。
あちらの方達は、ウチより速度が早いので先に王都に行くことになり、あの場で別れた。
因みにワイバーンは、一度王都に戻ってから必要人数を連れて取りに来るらしい。放置出来ないし、いい素材もあるみたいです。
傷口をふさいだけどきちんと治療を受けて欲しいクレイグさんは、馬に乗りついてきた。
私としては、ハラハラものだ。あんな大怪我治したことないのに、馬に乗って大丈夫なのかなあ。
ちゃんと治療を……治療……ちりょ……。
「ミア。着いたから起きなさい」
お母さんに揺さぶられて、目が覚めました。爆睡していたようです。
たくさん魔力を使ったからだとか。まだ眠い。
本来ならきちんと並ばなくてはいけない手続きも、クレイグさんによって素早く済んだ。
それからお父さんが王都でいつも使っている馬車と馬を預けられる宿を家族用の寝室が二部屋あるものとベンさん用の二人部屋を一ヶ月分とり、徒歩でベンさんの息子さんが働いている『太陽の瞳』商会に来ているところです。
クレイグさんは、宿に迎えにきた仲間の方に馬を預け、私達に同行してくれています。今は商会のお店の前で待っていてくれています。
「バーナードなら辞めたよ」
「辞めた?どういうことですか?」
「どうもこうもないねぇ。店の金を使い込んでたのが分かったから辞めさせたよ。
アントン、君が使い込んだ金を払ってくれるのか?
━━ああ。『海鳥の巣』は潰れたんだったな。じゃあ無理か」
商会の会長さんは高らかに笑い、番頭さんはニヤリと笑い、娘さんは鼻で笑っています。
でも、他の商会の人はおどおどしている。
ベンさんの息子━━バーナードさんは、実はまだ若い。二十歳過ぎ。
バーナードさんがこちらの商会で働くことになったのは、お父さんが商会で王都に来たとき見習いとして同行していて、その時の働きぶりを見て誘われたからだ。
でも、ねえ。
娘さんって、バーナードさんと似通った年齢だよね?
つまり。
「フラれたから腹いせに無実の罪を着せて追い出したとか?」
「!」
思わず口に出してしまったけど、働いている人達は動きを止めた。
「独身の番頭は、ぽっと出の男がお嬢さんと結婚して店を継ぐなんて許せない、と」
そんな心根だからフラレるんだよ、とため息をつく。
見た目はいいものを着たり化粧を施していてそれなりに見える。
でも、それだけだ。
娘さんは顔を真っ赤にすると、私に掴みかかってきたけど、その手が届く前に、私はひょいと持ち上げられた。
「まだ用事が終わらないのか」
「リプソン伯爵?!」
会長さんがクレイグさんの登場に驚いています。
もちろん私も驚いています。なんて軽々と持ち上げられてるんだろう、私。
「バーナードさんがこちらにいないことが分かりました」
「いない?」
クレイグさんは眉間にシワを刻み、会長さんに視線を向けた。
会長さんは何度も頷くと、ベンさんを睨みます。
「お店のお金を使い込んだそうです。
あ、会長さん。もちろん訴えてますよね?」
「え?いいや。こう……ほら、あれだ」
「今まで働いてきたから、温情で辞めさせただけにしたんだよ」
会長さんが言葉につまると、番頭さんがすかさずフォローを入れます。
うん、でも言ってることがおかしいよね?
「さっき使い込んだ金を払えってお父さんに言ったのに?」
正確には払ってくれるのかと言ったあと、『海鳥の巣』が潰れたことを嗤ったんだけど。似たようなもんだ。
「なるほど。それなら裁判になるのか」
「帳簿も改めなくてはならないと思います」
「なっ」
「使い込んだっておっしゃるんです。すでに証拠となる帳面があるはず」
「おい、今すぐ持ってこい」
「いえ、あの……」
さっきまでの勢いはもうないようです。
それを見て、お父さんがため息をつきました。
「ゲイル。まだ十代のバーナードを使いたいと言ったのは君だ」
「あ、ああ」
「君なら一人前の商人に育ててくれると信用した私を騙したんだな」
「それは……」
「信用を裏切ったのはバーナードのほうでっ」
「そうおっしゃるのなら、証拠となった帳面を出して下さい」
会長さんのフォローをした番頭さんに、間髪入れずお父さんが告げます。
証拠となる帳面すらないのは、三人でよってたかってバーナードさんを追い出したから必要なかったんでしょう。
「それで、バーナードは今どこに?」
「……先週で辞めたあとは知らない」
使い込みは商人ギルドで情報として流したため、雇う商人はいないだろうとのことだ。
「なんてことを」
青ざめたベンさんをお兄ちゃんが支えます。
そんな情報を流されたらバーナードさんが働ける場所が有りません。
「ゲイル。君の間違いだったとギルドに今すぐ報告してくれ」
「それは……」
「出来ないのなら、無実の罪を着せて使用人を追い出したと真実を明らかにする」
「アントンさん、貴方は商会を潰したからギルド会員ではないはずです。
そんな者の言うことなど━━」
「私が売ったのは、ムーニー男爵領の営業権だけで、王国内の行商権は今も持っているよ」
お父さんの答えに番頭さんも黙った。
「それで、どうするんだ?」
「ベンには悪いが、バーナードがこれからも働くには大事にしない方がいいと思います。
なのでゲイルが情報の誤りをギルドに告げるのなら、そこまでです」
「弁償金くらいもらっておけ」
「リプソン様がおっしゃる通りに」
頭を下げたお父さんに、クレイグさんは頷くと会長さんに視線を向けた。
「アントンの言うとおりにするのなら今回だけは見逃してやるが、どうする?」
「は、はい!そのように!」
「今すぐギルドへ報告してこい!」
「は、はい!行って参ります」
会長さんは慌てて駆け出した。
クレイグさんって偉い人なんだなあ。
「……バーナードを探します」
お父さんがクレイグさんに言えば、頷かれる。
「働けない中で一人では不安だろう。急いで見つけよう」
クレイグさんは理解のある人で良かった。
私達は真っ青な顔色の二人をそのままに商会を出た。




