9歳━3
「日付が変わった!」
思わず、侯爵様が立ち上がった。
お母さんとカトリーナさんは抱き合って喜びを分かち合っています。
私はお母さんからおりたそのまま、ジョシアに駆け寄りました。
「良かったね!」
「ああ!!」
先程までとはうってかわって、ジョシアもにこやかに笑っています。
ジョシアの誕生日が過ぎたので、ゲームの強制力はなかったのかな?なんて考えましたが、取り敢えず一安心です。
ん?
「ああ!!ジョシアの誕生日!」
「?それがどうかしたのか?」
「おめでとうって言ってなかった!
ジョシア、お誕生日おめでとう」
「おい!過ぎてる!」
「ちょっとくらいでごちゃごちゃ言わないの!」
私達の会話に大人が笑っています。納得いかないです。もう。
「ジョシアの祝いは改めて朝しよう。
子供はもう寝る時間だ」
侯爵様も笑っています。
初めて侯爵家を訪れた時から、侯爵様がちゃんと笑っているのを見たのはこれが初めてです。
「大人は朝起きれる程度にしておいて下さいね」
お兄ちゃんが苦笑しながら言い、大人を残して私達は就寝の挨拶をすると部屋へと向かった。
「あ。忘れた」
ん?お兄ちゃんが忘れ物なんて珍しいです。今日は━━日付がかわったので昨日は、やはり尋常ではなかったのでしょう。
「ジョシア。ミアを部屋に送ったら、俺が行くまで一緒にいて」
「━━え?」
「ミアは女の子だから、一人にしたらダメだから」
「いや、アルフ。俺とミアだと……」
「俺はジョシアを信用してるよ」
じゃ、とお兄ちゃん。先程の部屋に戻っていきます。
「……取り敢えず、送る」
「うん」
私達は手を繋ぎ、ウチが借りている部屋に向かった。
部屋に入ると、ジョシアは何か躊躇うかのように扉から中に入らない。ジョシアの家なんだけど。
お兄ちゃんも忘れ物を取りに行っただけなのに、まだ来ません。
「ジョシアも眠いよね?もう部屋に戻って大丈夫だよ」
「いや、アルフと約束したからな。
アルフが来るまで一緒にいるよ」
ジョシアが律儀にそう言います。
その時、お兄ちゃんと侯爵様がやって来ました。
二人の表情が固いような気がします。どうしたのかな?
「ジョシア。ペンダントは着けているか?」
「はい、ここに」
ジョシアが服の上からペンダントを掴みます。侯爵様はそれに頷いた。
「期限が切れたのでな。ジョシアのも交換しよう」
「はい。分かりました」
侯爵様は素早く首の後ろの留め金を外し、ペンダントを手にします。
服の中でペンダントを掴んだので、どんなデザインか見れませんでした。ちょっと残念。
と思ったら、侯爵様はポケットにペンダントを入れると、逆のポケットから新しいペンダントを取り出し、ジョシアの首にかけた。
「さ、部屋まで送るから寝なさい。
アルフとミアも、もう遅いから寝なさい」
「はい。お休みなさい」
「お休みなさい」
私とお兄ちゃんは侯爵様に挨拶して、部屋へ入る。
私は九時過ぎまで寝ていたにも関わらず、ベッドに入るとすぐに眠っていた。
□ □ □ □ □
お母さんとカトリーナさんは、寝不足らしく、二度寝しています。緊張が解けたものの、すぐには眠れなかったようです。
朝からお祝いは辛そうなので、私は料理長にお願いして、昨日カトリーナさんと話した、いももちを作っています。
プレーンとお茶のと。かけるのはあんこかみたらしのタレかきな粉を選べるようにした。
料理長に聞いたら黒糖があるということなので、黒蜜も用意した。さすが侯爵家、何でも揃っているね。
料理長は下拵えを周りに任せ、私につきっきりです。申し訳ないので何度も一人で大丈夫だと言ったのですが、信用ないのかつきっきりです。
取り敢えず味見をすると、美味しい。
いつもならお母さんにも味見を頼むのですが、今日は料理長にお願いしました。
「これは……」
「大丈夫そうですか?」
一口ずつ食べて黙ってしまった料理長におそるおそる訊ねると、笑みを返されました。
「美味しいよ。これは食事のあとに用意すればいいのかな?」
「はい!デザートなんです。お願いします」
私は料理長にお任せして━━片付けは身長が足りなくて危ないから、と断られたので━━部屋に戻りました。
部屋に戻ると荷物の片付けです。
そんなに急ぐ必要はないと侯爵様は仰られたのですが、寒くなる前に王都に着きたい私達は、明朝出発なんです。
お父さんとベンさんは、行商用の物を市場に買い出しに行っています。
お母さんは寝ています。
私が料理していた間に、お兄ちゃんが片付けていて、それを私の空間収納にしまって、あっという間に完了です。
そこにノックの音がしました。
「はぁい」
扉を開ければジョシアがいます。
ジョシアは部屋の中のお兄ちゃんに視線を向けます。
「ミアを借りてもいいか?」
「……昼食まで、だな」
「分かった」
いくぞ、とジョシアに手を繋がれ引きずられていきます。
どこに行くのかとついていけば、庭園にお茶のしたくがされていました。
拒まれないということ前提じゃないの。
「座って」
「うん」
ジョシアがお茶をいれようとしてくれたけど、どこをどうみても危なっかしいので私がいれました。
「明日、行くのか?」
「うん。
寒くなってからだとベンさんが大変だからね。向こうに息子さんもいるし」
「……ミアとアルフ達には世話になったな」
「ウチも侯爵様に良くしてもらってるから。ありがとう」
「ああ」
そこでジョシアの言葉が止まります。
不思議に思えば、ジョシアが怖い顔になっている。
「どうしたの?なんだか今日おかしいよ?」
「どうしたって……本気で言っているのか?!」
「?だって変だよ?」
「明日で会えなくなるんだぞ」
「はあ?」
真面目に言うジョシアに、私はそんなことか、とお茶を一口飲む。
「はあ?って……」
「私達は明朝出発するけど、ジョシア達だって王都に行くでしょ」
「行くけど」
「聞いてないから断言していいのか分からないけど、お母さんとカトリーナさんが連絡を取り合わない訳がないじゃないの」
「!それは……」
「身分的に簡単に友達って言っていい間柄じゃないけど、なんとか理由をつけて会うと思うよ?お母さんとカトリーナさんは」
ジョシアがふう、と息を吐き、椅子の背もたれに体重を預けた。
「それに、侯爵様とお父さんが、本当に商売で関わる可能性も出てきたみたいだし」
「そうか」
「だから別に明日で最後じゃないよ?」
私が首を傾げながら言うと、ジョシアは私の側にやって来て、片膝をつき私の手をとった。
「……ジョシア?」
「身分が違うのは分かっている。だけど俺は……」
ジョシアが何を言おうとしているのかを察して顔が熱を持ち、目をそらせません。
ジョシアは次期侯爵様だ。
その一貫としてダンスの稽古は私も付き合った。
だけどそれだけじゃない。領地運営のために、国のために、国内外の歴史から地理から産業から様々な勉強をしていた。
そんな中、カトリーナさんのことも何とかしようとしていた。
そんな頑張っているジョシアは、凄いと思う。
前世だって、こんなに……あの、あれだ。
中学生になったばかりの私は、初恋もまだだった。
だから、どうして顔が熱いのかどうして心臓がバクバクしているのかどうして目をそらせないのか、分からない……いや、分からない訳ないよ。
「ジョシア」
「俺は本気だから」
「でも、私は地味で何にも出来ない小娘で……」
「そんなことない。
ミアは俺や母上のことに親身になってくれて優しいし、笑った顔は可愛いし、それから……」
言いながらジョシアは顔を赤くして目をそらした。
私はたぶん、すでに顔は真っ赤だと思います。
「ミアに誰か貴族の養女になってもらわないと結婚出来ないけど」
「結婚?!」
「俺は本気だから」
見つめてくるジョシアに、なんて返していいのか、考えに考えた私は、でもやっぱり混乱していたのだとあとになってから思った。
だって結婚なんて。
付き合ったこともプロポーズされたこともない。
「十六歳までしか待てないよ?」
「!十分だ!」
ジョシアは手にしていた私の手の先に口付けた。
ちょっと刺激がありすぎます。ふらふらです。
「ミアの両親にもアルフにも認めてもらえるよう頑張るよ」
「うん。ありがとう」
そして、互いに顔が赤いまま私はジョシアに部屋へと送られて、お兄ちゃんに生暖かい眼差しを向けられたのだった。




