9歳━2
アルフの誕生月を変更しました
眠ってしまった私が起きたのは、夜の九時前だった。
確実に昼寝でも仮眠でもなくなっています。
「起きたか」
お兄ちゃんが読んでいた本を閉じます。
夕食でジョシアの誕生祝いをするはずだったので、私は慌てて支度をして、みんながいるであろう食堂に向かった。
お兄ちゃんに手を繋がれています。
迷子になんてならないよ?
「遅くなりました」
扉を開けながらお兄ちゃんが言えば、みんな揃っているものの、空気が重い。
「夕食、終わったのですか?」
「いや、みんな食欲なくてね」
困ったような顔をして侯爵様は苦笑します。
カトリーナさんも疲れた顔をしているし、ジョシアは怖い顔をしている。
「商店街では怖い思いをさせてしまったようだね」
「いえ、大丈夫です」
お兄ちゃんもいたしね。うん。
「ジョシアが逃げなかったばかりに君を怖がらせたかと思ったよ」
「う~ん。ジョシアには逃げて欲しかったですけど」
「……俺が悪かった。怖い思いをさせてごめん」
どういった風の吹き回しか、ジョシアが謝ってきました。怖い表情に思えたのは、謝ろうと緊張していたせいみたいです。
「そうだよ、ジョシア。
ジョシアがさっさと馬車に乗ったら、ミアも母さんも乗り込めたはずだ」
お兄ちゃんが言えば、ジョシアはもう一度「ごめん」と謝ります。
「自分で何とかしたいと思ったんだ」
「守りたい人が一番安全な方法をとるべきでしょ。
今回なら、馬車に乗ってカトリーナさんを早く安全圏に連れ出すのがそうだったんじゃない?
だから馬車に乗る方が良かったと思うよ」
「……そう、だな。安全が一番だよな」
「うん」
「……アルフは戦おうとしていたけど」
「お兄ちゃんは強いもん」
ちょっと食い気味に言えば、ジョシアがちょっといじけています。いや、本当のことだから。だって。
「お兄ちゃん、もう何度も魔物退治に参加しているから」
「まだ十歳なのにか?」
侯爵様が驚いています。普通の十歳は参加しません。お兄ちゃんは特別なのです。
「来年すぐに十一歳になります。
剣が好きでずっとやっているし、将来は冒険者になりたいんです」
お兄ちゃんが侯爵様に言いました。
お父さんは、冒険者には反対していましたが、お兄ちゃんが毎日練習を欠かさず、また魔物退治での活躍を見聞きして、仕方ないと諦めたようです。
お兄ちゃんは頭もいいから、王都で文官を目指して欲しいとも思っていたみたいです。その方が安全だしね。
「冒険者か。アントンも苦労するな」
「まあ、仕方ないですけどね」
侯爵様に苦笑を返し、お父さんはため息をつきます。
「ミアは何になるつもりだ?」
ジョシアに聞かれて、私は首を傾げた。
「考えたことなかった」
「……は?」
「将来かあ。
お母さんみたいに料理上手な奥さんとか」
私が言うと、お母さんにぎゅっと抱き締められました。
「聞いた?今、ミアが可愛いこと言ったのよ!」
「ハンナいいなあ。私も娘も欲しかったぁ」
可愛い?
お父さんを見ればにこにこしている。お兄ちゃんを見れば、困った顔だ。なぜ?
「仕事は……働きたいとは思うけど、王都って何があるの?」
「取り敢えず、酒を出す店で働くのは駄目だ」
「普通に家の手伝いじゃない?王都でも商会やるんでしょう?」
いつの間にかお母さんの膝の上に乗せられています。ジョシアと目が合いました。
とっても恥ずかしいです。
「あの……お母さん」
「なあに?」
「下ろして」
「いや」
即答です。泣きそうです。
私だってもう九歳なのになんでこんなことに。
「ミアは頭がいいから、活かせるといいんじゃないか?」
「紙芝居は人気があったな」
勿論、日本の昔ばなしです。
考えた訳ではないので頬がひきつります。
「父さん、あれは昔の記憶のヤツだから」
「ミアが作ったんじゃないのか?」
「ううん。昔の記憶だし、そこで人気があったお話なの」
自分の手柄になんてしませんよ?
ただ、小さい子に喜ばれるから始めた紙芝居です。
私も大きくはないですが、幼稚園児くらいの年令の子達に話すと、楽しそうでした。
段々と紙芝居をする側に興味を持った子達が出て、順番に文字の読み書きを教えながら話すことになった。
あ、そうか。
文字の読み書きを教えたから大人にも喜ばれたのかな。
人前で話す練習にもなったかな?
「前の記憶は役に立つのだな」
「……役に立たないのは、言ってないだけですよ?」
侯爵様がしみじみと仰られたので、訂正しておきます。
なんでも出来るなんて勘違いされたら大変です。私なんて小娘です。
「アルフが剣術に長けているのも前の記憶があるからだろう?」
「記憶はあって有り難いですが、体を作ったり練習したりは記憶でなんとかなる部分ではないですから」
「確かにそうだな」
確かにお兄ちゃんは毎日努力しているからね。
それに比べて私は……何もしてないなぁ。
「……私も何かないかなあ?」
「ミアは奥さんだろ?」
「そんなこと言ったらジョシアは侯爵様でしょ?」
「ああ。父上の跡を継ぐのに恥ずかしくないよう学ぶつもりだ」
ジョシアの宣言のような、告白じみた発言は、本気で思っているからだろう。欠片も茶化せなかった。
同い年のジョシアは、当たり前のように跡を継ぐと言う。その為に必要な様々な勉強もしていた。
じゃあ、私は?
「そんなに悩まなくても、まだ早いわよ」
「でも。早い子は見習いで働きだしてるよね」
お母さんが言ってくれるけど、私は甘やかされてないかな?
ウチは、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも私に甘いと思う。
「ミアは色々作ってるからね。
このままウチで商品開発していたらいいよ」
と、お父さんはやっぱり甘い。
私の開発したものなんて、大したことない……はず。
作れたのはマヨネーズと味噌と醤油とウスターソースだし。
ラー油は電子レンジのお手軽レシピを直火でなんとか作った。ネギとごま油と唐辛子だけの簡単さだ。
作る過程に問題があるけど、大判のハンカチをマスクにして、度の入っていないメガネをかけ、宙を舞う辛味成分に触れないよう細心の注意を払った。
それから味噌は実は白味噌も作れたので、魚や肉を西京漬けにしています。私の収納に入れっぱなしです。
だけどこれって、お惣菜屋かお弁当屋か定食屋かって感じになってない?
しかも、私じゃなくお母さんが作ってる感が満載だ。レシピを改善して、ちゃんと美味しくしたのはお母さんですから。
待った。
寒天も小豆もあるし、甘味処とかどうでしょう?
あんみつと羊羹と━━牛乳寒天もあるし、いも羊羹、お饅頭、みたらしのタレは作れるから、お団子もいい。
冬にはお汁粉もありですね。お米は、もち米も見つけているので、お餅を入れてもいいし。
でも、なんかイマイチ。
自分が食べたいだけで、販売はむかないのかなあ。
「ミア、どうした?」
「ん?
お惣菜屋やお弁当屋や定食屋になると、お母さんが作ることになりそうだなあって」
「ミアも手伝うでしょ」
「う~ん。だったら甘味処がいいかなって考えたけど、しっくりこない━━」
「甘味処って和菓子?!」
お母さんの膝の上でカトリーナさんに揺さぶられます。
いえあのちょっと待って。
「━━カトリーナ?」
「はっ。ごめんなさい、ミアちゃん」
「……はい。
カトリーナさんは何か食べたい和菓子があるんですか?」
「みたらし団子」
語尾にハートマークがついています、きっと。そして手は私の肩を掴んだまま離してくれません。
「…米粉がないので、いももちでいいなら、なんとか」
「いつ?」
「……明日作ってあげるわよ」
私ではなく、お母さんが約束します。
うん。もう作らないと侯爵家から出れない気がします。
「多めにいももちを作って、あんこのも食べますか」
「よもぎ、はないよね」
「先日作っていただいたお茶にしませんか?あんことの相性もいいし」
「食べる!絶対に食べるわ!」
カトリーナさんの情熱を甘く見ていました。
まあ、だからこそ紅茶の葉から緑茶を作ってもらえたんですけどね。
抹茶の作り方を知っていれば作ってもらうんだけど、分からないのでお茶で代用。お茶の葉を粉にしても抹茶じゃないし。大元から違うんだろうなあ。
取り敢えず、色々作ってもらったお礼を兼ねて作ろう。
私達は、その後もとりとめのない話を続け、みんなで一緒にいたのだった。




