8歳━6
今夜は久々にお父さんと眠ります。枕持参です。
その前にカトリーナさんのことを相談。ていうか、これがメインです。
「……赤い魔晶石?」
「うん。精神異常を防ぐのに必要なんだって。でも、いつものところが品切れだって」
「待てないのかい?」
「……その、先読みの占いみたいなのだと、再来月が危ないらしいんだけど、間に合わないって言うの」
ゲームとは言っても分かってもらえないので、占いってしてみた。
問題は、そこより魔晶石の色にあるし。
「……母さんも仲良くなっているようだから、心配なのは分かるが……」
お父さんは顔をしかめて、ため息をつく。
仕方ない、と呟いた気がする。
「……侯爵様にお会いできるのなら、お父さんが渡そう」
「いいの?」
「ミアは、助けたいんだろう?」
「うん。お母さんとも仲良しなの」
「ただし、ミアが作ったことにはしない」
「?どういうこと?」
「商会を畳んだときに入手したものにする。
王都でさばいて商売をはじめるつもりだったけど、買い取ってもらえるのなら、ここで売ってもいい、って話すよ」
「うん」
「会えるようにミアが言えるかい?」
「うん!明日カトリーナさん来るから、お願いしておく!」
「ああ。頼んだよ」
お父さんに頭を撫でられ、空間収納から━━結界は張ってあったけど、魔道具の袋の中から取り出したようにみせながら━━赤い魔晶石を三つ取りだし、お父さんに渡せば、お父さんもすぐに袋にしまった。
お父さんに話して安心したのか、ぐっすりと眠りにつくことが出来た。
翌日、カトリーナさんに話すと、夕食に招待されました。再来月滞在するのだから、顔合わせを兼ねて丁度いいとのこと。
わざわざ、カトリーナさんがお迎えに来ました。
「ついでに、料理長にレシピを教えて欲しいなー」
「商売人が侯爵家の料理長に教えるなんて無理でしょ」
「そんなこと言ってたら、食べられなくなっちゃうじゃない!」
お母さんはすでにカトリーナさんに遠慮がありません。カトリーナさんも、周りは他人行儀な人ばかりだそうで、お母さんと楽しそうに会話しています。
そのあたりは精神的に不安定になったのと関係あるような気もするけど、今は元気で良かった。
さてお呼ばれですが、上流貴族様のお家へ行くのに何を着ていけばいいのかサッパリです。
一応、お父さんはスーツを、お母さんと私は持っている中では一番上品かな?と思えるワンピースを着ている。
お兄ちゃんはきれいめな格好をしている。子供だからスーツはないんでしょうがない。一般人の子供はスーツなんて着ません、うん。
お父さんは時折お母さんを嗜めようとしていたけど、もはやカトリーナさんとお母さんの関係はお母さんがツッコミ役で定着しているのが分かると、苦笑して終わりにした。
「さあ、ようこそ我が家へ」
カトリーナさんが一番に馬車から降り、両手を広げて歓迎してくれます。
馬車の音を聞き付けたのか、扉を開けてジョシアがやって来ました━━後ろに侯爵様もいらっしゃいます。
「お招きいただき光栄です、キンバリー侯爵様」
お父さんが深く頭を下げるので、私とお兄ちゃんも下げ、お母さんも下げて侯爵様の言葉を待ちます。
「よく参った。
今日は無礼講だ。堅苦しい挨拶はなしにして、食事にしよう」
ゆっくりと頭を上げると、侯爵様は優しく笑顔を浮かべていました。
髪の毛も瞳も、ジョシアそっくりな水色と藍色です。あ、ジョシアがそっくりなのか。
私達は侯爵様の後について食堂へと向かった。
席に着くとすぐに料理が出てきた。
食事は、不味くはないです。美味しいものもあります。
料理のソースは柑橘類を使った酸味がするソースや、香草や香辛料をふんだんに使ったものが多かった。ふんだんに使っているので、香りが強いです。それに何より、きちんと火を通そうとするあまり、肉は茹でてから更に焼いてあり、噛みきるのが辛いです。
あと、全体的に味が濃いです。なので、毎日は遠慮したい。茹でるか焼くかで、揚げ物も蒸し物もないですし。
お母さんの腕もいいんだし、お母さんの料理がいいなぁ。
ちらりと見れば、カトリーナさんはお昼とは違ってモソモソ食べてる。
あ、うん。ずっとこういった食生活だったんだよね。
やっぱり元日本人には、毎回こういった料理は厳しいかもしれません。茶碗蒸しとか、出汁の旨味を感じたいしね。魚も干物ばっかりも嫌だしね。
「……我が家はこういった料理ばかりだったのだが、カトリーナが好む料理ではないようでな」
「はあ」
「なんでも市場で変わったものを売っていると聞いたが……」
お父さんと侯爵様が話すのを聞いています。
参加できないのは、一口大に切って入れたお肉が未だに咀嚼しきれないからだ。
うっかり口の中をお肉で占領されています。
お兄ちゃんがちょっと呆れた目で見ている気がするのは気のせい……じゃないか。むう。だって固いんだもん。
「料理は凝っているとは思うのですが、味付けが濃いし肉は硬いし……」
お母さんが言うと、部屋の隅にいた人━━多分今日の料理を作った人が、鋭い視線を向けてきます。怖いです。
「豪華なんですけど。毎日こんな鶏の丸焼きは塩分の取りすぎ━━」
「さすがに毎日鶏の丸焼きはお出ししません」
「このパン、美味しいよ」
「パンはまあまあ美味しいわよね」
私が入れたフォローに瞬時にお母さんが頷きますが…他のもの全てに駄目だししている形になっています。おじさんが顔をひきつらせています。容赦がありません。
この世界はゲームです。なので食生活も変わっている。
元々中世ヨーロッパ風を謳っていたので、一般人の食生活は前世と比べると貧相です。かといって、全くの粗食でもない。
お金さえ出せば、高価と言われるものも手に入る。あくまでも中世ヨーロッパ風であって、ゲームなのでそのままじゃない。
ただ、今はゲームでもないし、私達以外の転生者がいたら、それでまた変わってくるんじゃないかなあ。
それでも、ゲームだった時も今も、貴族の食事は豪華絢爛です。
小麦粉だけの比較的柔らかいパンも、食べきれないほどの肉も、薄められていないワインも、ふんだんに使う香辛料も、全部高価です。
貴族以外では、大商人かS級の冒険者でもなければ、毎日そんな料理食べれません。多分。
でも、味付けが問題ありです。
どうしても貴族社会では、自分の権力を表すのに、パーティーやらお茶会やらで、砂糖や香辛料をふんだんに使いたがるみたいです。
でも、毎日はねえ。パーティー以外の食事は改良した方がいいですよ。
ちらりとカトリーナさんを見ると、スプーンもナイフも止まっています。もういらない、って顔してます。
お兄ちゃんは、結構食べたけど、そろそろおしまいって顔してます。
いや、お父さんもそんな感じなのは、お母さんに胃袋つかまれてるんだね、ってことにしておこう。うん。
一般人はここまで香辛料使えないから、匂いも味も慣れないんだよね。
「味付けが濃い?香辛料の使いすぎ?」
あ。ついつい口に出た言葉は誰も喋っていなかったので、食堂中に響いてしまいました。おじさんが怖い顔してます。はぅ。
「味付けの問題なのか?」
「え?いえ、あの……」
「味付けも料理方法も、ですね。
不味いんじゃないんですよ。でも、もっと美味しいものを食べたいだけで」
「……俺の料理は旨くない、と?」
しどろもどろになった私をお母さんがフォローしてくれました。
けど、余計に怒らせている気がします。本当のことだけど。
「もっと風味をいかした方がいいんじゃないですか」
「風味?味付けは塩とハーブ、それに香辛料も使っているだろう!」
「使いすぎていて、美味しくないのよ」
お母さんの言葉に、料理長が眉を寄せる。
「しかし奥様の指示では━━」
「カトリーナは料理が下手でしょ。下手な人の指示通りなんて、上手くいかないのよ。
料理長の指示と新入りの指示じゃあ、どっちがちゃんとした料理になるのかって話でしょ」
カトリーナさんの料理の腕を下手って言い切っていますけど、ちらりと視線を向けたらそらされました。
どうやらお母さんの言うとおり、下手みたいです。
なんで分かったのか不思議でしたが、後でお母さんが「貴族ってお金持ちでしょ?お金をかければ材料も集められるはずなのに、食べたいものを作れなかったのなら、腕がないってことよ」と説明されました。なるほど。
「この丸焼きにつけるソースの作り方と、醤油を使った料理の作り方を交換して欲しいなー」
言って私はもう一口、鶏肉を食べた。
鶏肉はあっさりしてる部位をもらっているので、しっかり味のソースが美味しい。
ハーブがちょっとクセがあるけど、お母さんなら日本人向けに改良してくれそうです。もう少し薄味ならきっとおいしい、はず。濃いのでソースをつける割合を加減して食べたら、美味しいです。
「再来月お世話になるし、私は新しく覚えられるのは嬉しいけど」
「……お願いします」
料理長が頭を下げた。プライドと諸々を秤にかけて、それでも実をとったってところでしょうか。
「私からもお願いする。
カトリーナがつまらなそうに食事をする姿を見たくないのでね」
「え?ああ、ごめんなさい」
カトリーナさんが、侯爵と料理長に謝ります。
確かに昼間とはあまりにも違う表情ですしね。
「生姜焼きとかも美味しいよね」
「チャーシューもありよね」
「中華かぁ……餃子が食べたくなるけど、ラー油がないからねえ」
「ラー油、お手軽バージョンでいいなら分かるよ」
私が答えると、結構距離があったはずのカトリーナさんに肩を掴まれた。で、揺さぶられる。
「じゃあ餃子もいけるのね?ね?」
ガクンガクンと揺さぶられ、お母さんがカトリーナさんを止めます。
ちょっと気持ち悪い。
「人んちの娘に何するの、カトリーナ」
「……つい興奮しちゃって……ごめんなさい」
「確かに餃子は魅力的だけど。嫌われたらおしまいよ」
「!ミアちゃん!私のこと嫌いじゃないわよね?」
お母さんとカトリーナさんが何か言ってますが、気持ち悪くてそれどころではありません。
ちょっと落ち着いて欲しいけど、もう喋る気力もわかないので、お父さんに寄りかかる。もうこのまま寝ちゃえ、と目を閉じたら翌朝まで熟睡してしまいました……。




