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貴方に捧ぐ初めての嘘  作者: 日野うお
王都編 「責任もてない」運命共同体
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二度目の旅10

午後になると、あれだけ晴れ渡っていたのが嘘のように、空は黒い雲に覆われた。

ゲインとルーも、クリスを手伝い、領主の下から運び出した資料を選り分けていた。

今回は人数的には仰々しい視察団だが、油断を誘うため、ファレルの有能な文官たちは名を連ねていない。武官と小姓の団体のなか、一応『弟子』という小飼の部下に近い二人にも白羽の矢がたったのだ。

ゲインはまさしくファレルに忠誠を誓っているし、ルーもこの件に関して妨害をするわけがないから、そういう点では確かな人選だ。

しかし、ふと窓の外を見たルーは、しばらくそこから目を離せなくなってしまった。

「ルー、集中しろ」

「はい。すみません」

素直にクリスに頭を下げつつ、ルーはもう一度だけ窓の外を見た。

あの時も、ちょうどこんな空だったと思い出す。


墨のような雲から、ちらほらと雪が降り始めていた。

あの日、ルーは畑から家に向かう坂道で立ち止まり、空を見上げた。

「濡れるぞ。早く入れよ」

そう声をかけてくれたのは兄だった。兄は家の戸口からルーを呼んでいた。

「今行く」

ルーは叫び返してもう一度空を見上げると、家へと駆け戻った。その数刻後、黒雲よりも黒い服を着た男が数人、ルーの家へやって来て、彼から兄を奪っていった。


母親はルーを産んで7年で死んだ。父はその前からいない。しばらくは親戚の家で軒先を借りる猫の子のようにせわになったが、そのうち二人でそこを出て、荒れ果てたもとの家で暮らし始めた。幸いなことに、ルーの魔力は畑の世話に適していたから、幼い兄弟の二人でも何とか食いつなげた。

兄弟二人で生きてきた。ルーには兄、兄にはルーしかいなかった。

辛いことは多かったが、兄は泣かなかった。だからルーも泣かないと決めた。泣いても腹はふくれないと、悟ったためでもある。

代わりに、ルーは嘘をつくことに決めた。

好きでもない嫌味な中年女になついてみせてパンをもらい、面白くもない話に手を叩いて笑っておやつをごちそうになった。笑顔も嘘もただだから、ルーにはいくらでも出せるものだった。

兄は、少し困った顔をしたけれど、嬉しそうに菓子を頬張るルーに何も言わなかった。ルーの嘘によって村での立ち位置が若干ましになっていることも、理解していたのだろう。

ルーの兄は、口数こそ多くないが、年齢以上に聡い子どもだったのだ。

この王国には貴族がいて、庶民がいて、そしてルー達がいる。そう教えてくれたのも兄だった。教会の司祭の話ではルー達は庶民だそうだけれど、ルーは兄の言うことの方を信じていた。そちらの方が納得できたし、何より兄の言葉だったからだ。そして、それが真実だったと、すぐに知ることになった。

兄が雑役にとられたあの日、兄はまだ15だった。

「必ず帰ってくる」

兄が言った言葉は大げさではない。雑役とはいえ、過酷な場所に送られ身体を壊して戻らない例は多々あった。特に兄はまだ15で、栄養不足の身体は子どもの域を出なかったのだから。

結果的にも、そういうことを口にした兄は正しかったことになる。何故なら、兄はそのまま帰って来なかったのだから。いや、帰って来なかったということは、言葉の中身は正しくなかったのだが。

嘘をつくのは、ルーだったはずなのに。兄は、ルーの嘘を困った顔で見ていたはずなのに。だから、帰って来ないというのが間違いなのだと、ルーは思った。

そして、怒った。

確かに領主が要求する人足はいつも多くて、村人を悩ませていた。しかし集落にはまだ兵役も雑役も経験していない若者がいたし、彼らは兄よりもっと年上だった。

けれど、その冬雑役に行ったのは、ルーの兄だった。なぜ、と何度も人に聞き、何度も自分で考えた。そのうち気づいた。理由は簡単だ、ルーたちは彼らよりも立場が下だったのだ。反対する親がいない、渡せる金銭を持っていないからだ。

ルーはそれから、麓の街の孤児院に預けられることになった。近所の大人は『可哀想に』と言ってくれたが、10才を越えていたルーを預かってくれるほどの余裕はなかった。

「もう諦めなよ」

孤児院で出会った子どもたちは、そう言ってはルーを怒らせた。皆、母を、父を、温かい愛情を、さまざまなものを諦めてきた子どもたちだったから、ルーもそうするのが良いと、ごく当たり前に思ったのだろう。

「馬鹿言うな!兄さんは生きてる‼」

このときばかりはヘラヘラ笑ってかわすことも出来ずに、ルーは殴りかかっていった。

当然、周りとうまくいくはずがなかった。年上の子どもに目をつけられ、年下に敬遠され、院長には睨まれた。そうして、ルーは孤児院を飛び出した。

13のときだった。

それからいろんな場所を転々とした。兄のいた形跡を探して、雑役の居そうな鉱山、大農場などのある町をしらみつぶしに探した。

金などほとんど持っていなかったが、孤児院から持ち出した院長の秘蔵の酒は高く売れたし、たまに手慰みに作った木彫りの装飾も買い取ってもらえた。

それから年をごまかして働こうとしたが、やはり栄養不足で成長の遅い体では年上を装うのはむずかしく、簡単な手伝い程度の仕事しかもらえなかった。

それで、次の町で女の子と見間違えられたのをきっかけに、女の子として年をごまかして働き口を探してみた。すると、職が見つかった。そればかりか、妙な娘にまでなつかれた。

たくさんの嘘を重ねてきた。

たった一人の兄の言葉を嘘にしないために。

ずっとずっと、探し続けてきた。


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