二度目の旅9
ファレルは二日かけてルルムの視察を続けた。
その間、魔法具に適した材料を仕入れたり、それをルーとゲインに仕分けさせたりした。
この街の特産に香木があるのだが、それが魔法具にも使われることを、ルーは初めて知った。一時期住んでさえいたのに、庶民には、魔法具の存在など遠い話なのだ。
思わず一人ぼやいたルーに、
「俺だって、知らなかったぞ」
とゲインが言った。
「庶民が貴族がというより、魔法具を作る人間が限られ過ぎていて、知識が広がっていないんじゃないか」
「それ、むしろ王子の身で作ってるあの人が何者だって話だよね」
「だから、あの方はすごい方なんだと言っているだろう」
ゲインのファレル賛美は聞きあきているので、ルーがはいはいと聞き流して、ここで話は終わった。
それからまた真剣に、魔法具に良さそうな木材を選ぶ。
香木は日用品に使われるものではないから、ルーが手にしたことがあるのは、街の工房や材木屋の側に落ちている木っ端ばかりだった。それに比べると、商人からファレルに預けられたのはまさに一級品といっていいものばかりのはずだ。しかし、意外と使えるものは少ない。
「これは駄目だろ」
「ああ。木目が不揃いすぎる」
香りを楽しむ目的で買い求めているのではないから、良品の基準がそもそも違うのだろうか。修業中の身の自分たちに仕分けなどできるのか、と疑問視していた二人にも、はっきり良し悪しが分かる。
それをファレルに話せば、彼は弟子の選んだ香木を一本一本手にとって確認しながら、にやりと外では出さない顔で笑った。
「だから、素質があると言っただろう。お前たちは魔力の流れを人より敏感に読み取れるんだ」
「そうなのでしょうか」
ゲインが半信半疑の顔で自分の手のひらを見下ろす。ちらりと横目でそれをみたファレルは、たとえば、と付け足した。
「お前たちは、人の気持ちを察するのが得意なはずだ。それも、感情に合わせて動いている他人の魔力を感じることで、気持ちを読んでいるからだ」
「…そのわりに、あんたは空気を読まない気がするけど」
「読めないのではなく、読まないのだ。いちいち察して動いてやるほど暇ではないからな」
「ああ、そう」
おい、とゲインが咎め立てるが、ルーはそれに構う余裕がもうなかった。
思わず叩いた憎まれ口がすぐに返されて、それ以上、脳裏に浮かんでしまった事実から目をそらしておくことができなかったのだ。
そうだ、と自分の中で声がする。
自分は確かに人の気持ちが分かる。何しろ──あの表情の乏しい顔でも、読み間違えることはあまりない。
銀髪の、一見無愛想な少女。あの娘になつかれたのも、そのせいだろう。
そして、思い返せばそれは、ファレルにも、そしてゲインにも言えた。
ふいにルーは、どうでもよくなった。
ヘティの面倒を見るのが自分でなければならない理由が、ますます感じられなくなったのだ。今まで側にいたことも、単に条件が合致したせいのような気がしてきた。
「どうした、腹の中が荒れ狂っているぞ」
揶揄するようなファレルの言葉を、聞き流す余裕はなかった。
「っあんたの顔見てるからだよっ」
「お前!無礼もいい加減にしろ!」
殺されても文句の言えない憎まれ口を叩いたルーの胸ぐらをゲインがつかみ上げる。そうなれば互いに手がでない訳がなく、ルーとゲインは床を転げながら殴りあった。
「おお、青春だな」
ファレルは時おりヤジを飛ばしつつ、二人のケンカをにまにまと眺めていた。
殴りたい相手を殴れて多少すっきりしたルーが手を引くまで、二人はしばらくやりあった。互いに見えるところには手を出さないのは翌日の仕事を頭の片隅に置いているからで、そういうところは心得ていた。
そうして迎えた三日目の朝、ファレルは動いた。
にわかに領主の屋敷を襲うと、その罪状を明らかにしたのだ。
不当な人足の徴収。
そのせいで収穫が減った農家が年貢を納められないというのに、さらに課された罰金。
従わない民への惨たらしい刑罰。
それらはいずれもこの国の法に反するものだ。
「不当に集めた人間で香木を切り出していたか。国への申告はもちろん無しで荒稼ぎをしていた訳だ」
青く晴れ渡った空の下、開け放たれた屋敷の門から、証拠物件の入ったたくさんの木箱が運び出されていく。
その様子を側で監督しながら、
「やはり、殿下が表で囮になってくださると、効果が抜群です」
とクリスが機嫌良さげに微笑んだ。
別行動をとっていた彼は、先にこちらに潜伏し、事前の隠ぺい工作の動向を調べていた。そして、ファレルの材料集めを視察後の接待のチャンスと油断させたところで、証拠を抑えたのだ。
「何かの間違いだ!」
男のわめき声に振り向けば、屋敷の方から領主夫妻が、両腕を衛兵に捉えられて連れてこられるところだった。
「こんな、こんなことがあっていいものかっ。私のような公明正大な人間に、こんな、ぬ、濡れ衣だ!」
「私は子爵婦人ですのよ?!誰かっ助けなさい!」
明らかな罪を重ねておいて、それが白日のもとにさらされたというのに、彼らはまるで被害者のように取り乱して騒ぎ立てる。北風の吹くなか集まってきた街の者たちが、冷めた目で眺めているというのに。その様は滑稽だった。
迷惑そうに顔をしかめる衛兵に代わり、クリスが口を開く。
「お前たちの罪状は明らかだ。証拠も証人もあがっている」
「でっち上げだ!」
「ほう」
即座に言い返した領主に、クリスの目が鋭く細められた。
「お前は、王弟であるファレル殿下の裁きが偽りだと言うのか?」
ここに至って、初めて領主は自分の軽率さに気づいたようだった。てらてらとした額に汗がだらだらと伝い始める。
「な、けっ、決してそのようなことは…!」
「では、私の集めた証人全てがお前を陥れるために嘘をついていると?」
領主ははっとしたようにぶんぶんと頷いた。
「そ、そうですっ、これは、私の政敵の陰謀に違いありません!」
はっと、クリスが失笑した。
「政もろくに行えない人間が政敵とは笑わせる。いいか、証人はみな、政に関与しない一般市民だ。むしろお前が失脚しようと次の領主がくるだけだと嘆き諦念しうちひしがれていた、しいたげられた民だ」
領主の目が、ようやく集まった人々を見た。
群衆は、怒りのこもった目、蔑みの目、晴れ晴れとした目、様々な目を領主に向けている。
そのどれもが、自分の失脚を喜んでいることを、さすがの彼も理解したらしかった。一瞬浮かんだ怒りはすぐに怯えに塗り替えられ、彼は小刻みに震えた。
そうして項垂れ縮こまったところを、衛兵が引っ立てていく。
それを見送って、ルーは、妙な気分になった。
心が落ち着かないのだ。
あれだけ恨んでいた人間が裁かれたというのだから、もっとすっきりするのだと思っていた。
それなのに、なんだかぽっかりと目の前にがらんどうの穴が開いたようだった。
「ルー。行くぞ」
「あっ、はい」
クリスに呼ばれて、ルーはやっとのことで体を動かした。




