初めての友人6
「本気で人材がいないな」
新しく赴任した領主代行、ハロルド·イングラムが最初にした仕事は、屋敷の使用人を雇い入れることだった。
前任は謀反の罪で職を追われた上に横領も見つかったため、悪事に関わった多くの使用人も処罰された。そのあたりは悪事を暴いた側の人間として把握していたが、まさか最低限屋敷を維持するにも足りないとは、予想以上だった。だからといって呆然とするような時間の無駄使いは、もちろんしなかったが。
閑散とした屋敷に少数の使用人を連れて入った新しい当主は、即座に連れてきた侍従に使用人仲間を当たらせ、実家に打診した。
それから、下働きを雇うにあたって、彼は少し考えた。
彼には愛しい妻がいた。自らも仕事をもつ妻は結婚後も何だかんだと忙しく、また彼自身多忙な身だったため、未だに落ち着いた蜜月を過ごせていない。
今回の赴任は、産業、魔法の両分野で国の要所とする予定のこの地を立て直すためのテコ入れだ。能力を見込まれたのは本当だが、もうひとつ理由がある。それは、数年前にハロルドと王女との間で交わされた約束事の履行だ。妻との蜜月期間を確保する、という。
ようやく訪れる蜜月、彼女にとって居心地の良い屋敷にしなければならない。それには下働きといえども、人柄の信用できる者が急ぎで必要だ。そこまでほんの数秒で考えると、彼は街の商工会に連絡をとった。
ところで、このハロルド·イングラムは大層な美男であった。その噂は街に知れわたっており、彼が一声かければ、屋敷で働きたいという若い娘はそれこそ山のようにいただろう。ともあれ、下働き探しは商工会の手に委せられたのだった。
「一週間以内に集めてほしいんだと」
「下男が1人に下女が2人か」
「男は粉屋の次男がいいだろう」
「あれは気もきくし力もある」
「決まりだな。あとは仕事のできそうな、気立てのいい娘はいないか」
「雑貨屋のケイトはどうだ?」
「あの子はもうすぐ結婚するよ。新婚で住み込みはまずいだろう」
「となると、花屋のアイリスも駄目か」
仕事ができて気立てもよくてとなると、年頃の娘は大抵結婚や婚約が決まっている。
商工会の男たちはううむと唸った。
「いっそ、もう少し若い娘はどうだ?あのお綺麗な顔の代行様なら、そばで働きたいって若い子はたくさんいるだろ」
既婚らしいけどな、と誰かが呟いたが、任せられたのは気立てと仕事の面での人選なので、とりあえず皆聞き流した。
「ほら、八百屋の看板娘のあの、何て言ったか」
「ああ、ルーちゃんか。あの子はいいな、若いがよく動けるし、客あしらいもうまい。確か、水魔法も達者だと聞いたぞ」
「店主には恨まれるだろうが、お屋敷に推薦するにはぴったりだ」
それがいい、と皆が頷く。
「あの年頃なら、ミリアはどうだ?喜んで引き受けそうだ」
別の男が首を振った。
「親に頼まれてうちで一時期働かせたことがあるがね、あの子に下働きは難しいね」
「まあ、あの家は娘をお姫さん扱いにしてるからなあ」
それからまた数人の名が挙がったが、その中に引っ込み思案のヘティが入ることは、もちろんなかった。
あがったのは元気だったり器量よしだったり、看板娘と言われる馴染みの名前ばかりだったが、いずれもルーのときのように彼らの意見はまとまらなかった。
「仕方ない、とりあえず、粉屋と八百屋に行ってくる」
一週間と時間のない人材探しだ。彼らはひとまず、白羽の矢が立った二人の雇い主を当たることにした。
商工会の顔役は、長年続く肉屋のおやじだ。
顔役などと言っても、つまるところ商店主間の仲裁係だと男は常々思っている。
粉屋と八百屋が了承してくれるといいが、さてどうなるか、と男は寂しくなってきた頭頂部を撫でた。
希望する娘がいくら多くとも、任せられた以上は適当な人間を送り込むわけにはいかない。もう一人は候補すらいないというのに、これで雇い主に引き抜きは御免だと断られたらと思うと、心許ない毛根がストレスでさらにダメージを受けそうだ。
なんとか、受けてくれるといいが。
男は見えてきた八百屋の倉庫に目を凝らした。
今回、ヘティもルーも登場しませんでした。
ハロルドは、エレノアに出てきた彼です。今回の話では脇役ですが、ようやく蜜月期間を迎えるところが書けそうです。