二度目の運命共同体11
「話が違う」
「は?」
ファレルが部屋に入るなり食って掛かったルーは、この日もクリスにごちんと拳骨を食らった。
しかし、それで止まるならば最初から抗議などしていない。
片眉をあげただけでそのまま作業机に向かうファレルを大股に追いかけ、机の前に陣取った。
「ヘティのことだよ。修業中は忙しいから下手なちょっかいをかけられることもないと言ったくせに」
ああ、とファレルはルーの腹を見て納得したように頷いた。その気もそぞろな態度が、ますますルーの勘にさわる。
「どういうことさ。全く外れてるじゃないか」
「つまり、ヘティが苛められたから、お前はそんなに怒っているのか」
ずばりとまとめて言われると、かなり恥ずかしい内容だった。ルーは思わず首を横に振りかけて、ぎこちなく息を吐き出して耐えた。
「…そういう問題じゃない。話が違ってくるなら、世話しきれないってこと」
「ま、エレノアが戻れば変わるだろう。あと一月か?でも、案外自力でなんとかするんじゃないか?」
他人事だと思ってとにらんだルーだったが、ファレルは心外そうに言った。
「私は本気だ。へティの風は、ああ見えていつもまっすぐ吹いているからな。あれは、案外こうと決めたら強い」
「なんだそれ」
訳がわからなかった。風とは魔法のことだろうが、常時使っているわけではないし、第一目に見えるわけでもない。
しかし、じっと見ていてもファレルはそれ以上噛み砕いて説明する気はないらしかった。作りかけの腕輪のようなものを日にかざして、もう片方の手でなにやら素早くメモをとっている。
それで、ルーは諦めて話を変えた。
「課題の素材、木材にしたから」
ちゃり、とファレルの机にコインを置く。
ファレルはペンを置いて、それを手にとった。
「早いな…それで、種類はなんだ」
「胡桃」
たんたんと答えたつもりだったが、腕輪に戻りかけていたファレルの目が、鋭くこちらを見た。
「ただの胡桃材にしては高い。ぼられたなら、課題以前の失格だ」
なぜ一国の王弟が、木っ端の値段に精通しているのか。あきれ半分、感心半分に、肩を竦める。
もともと、隠すつもりはないし、順を追ってする予定だった。
「…という訳で、ヘティのペンを加工することにしたんだ」
「すごいこじつけだな」
口を挟んだゲインを軽く睨む。
「もともと自分の金で払うつもりだったよ。でも、意外と材質が良かったから思い付いたんだ」
大体にして、ヘティは自分の金で返そうとしていた。自分もヘティも、ファレルの金を使って楽をしようなどとは思っていない。けれど、ヘティの陥っている状況に関しては物申したい。
「読みが当たらなかったという点でそっちにも責任があるはずだよね」
不適に睨み付けたルーを、ファレルはまっすぐに見つめ…はせず、やや下方へ視線を落とした。まただ、とルーは思った。いつも、これで妙な気分になる。まっすぐ目を見て相手をするべき存在として扱われていないようで、もやもやする。
その苛立ちのまま口を開こうとしたのを抑えるように、クリスがルーの肩を掴んだ。
「馬鹿なことを言うな。身元を引き受けただけでも破格の温情だぞ。その上庇護を脅しとる気か」
クリスに冷たく言われても、ルーは引く気になれなかった。本当は、ここはさらりと引っ込んで、次の手を考えるべきところだ。分かっているのに、拳には固く力が入っていく。
「あのときも言ったはずだ。俺はあのバカ女を利用しただけだって。俺のことが気に入らないなら、あいつを家に返して、俺を城下引き回しでも晒し首でもすればいい」
「この国にそんな刑はない」
「俺はたくさん見てきたけどね、この国で」
斜めに見上げたクリスの顔に朱が走った。これは拳骨じゃなく平手かな、とルーの一部が冷静に考えた。
しかし、その前にファレルが口を開いた。
「お前は本当に面白い」
「は?」
ぽかんと口を開けて言ったら、今度こそクリスに拳骨を落とされたが、これは不可抗力だとルーは思った。
この流れで、面白いだなんて予想外の言葉を投げ込まれたのだから。
今のは、この国の政治を批難したも同然だった。事実とはいえ、女王の身内である彼らにとっては、無いはずの刑が行われているなど、女王の威光が届いていないということで、腹のたつ話のはずだ。それなのに、ファレルはやや苦笑しているもののルーに怒った様子は微塵もない。
「どこが面白いのです、ただ不敬なだけです」
「大抵のことは器用に交わしているくせに大事なことに不器用になるところ。私相手でも国の瑕疵を指摘する度胸」
クリスに説明する口調もたんたんとしている。
ただ、次に振り向いてどこで見たと聞かれたとき、静かな口調に凄みを感じて、ルーは素直に町の名前を答えていた。
「分かった。もし加工が成功すれば、経費で落として褒美に視察に連れていこう。だが」
「ファレル様」
あきれ半分、諦め半分のクリスの声は無視される。
「失敗したら、材料費はお前持ちだ」
「甘過ぎます」
呆れ10割のクリスに、ファレルはにやりと笑って目線を寄越した。
「そうか?細くて丸みを帯びた軸に加工をして、その上毎日触っても消えないよう保護するのはかなり難易度が高い技術だ。この不肖の弟子がそれで必死になって取り組むなら、高くないと思うぞ。それに、面白いだろう」
ファレルは、明らかにヘティとルーの関係を邪推して面白がっている。それを腹立たしく思いつつも、ルーは黙って待っていた。
「…本当に、貴方の酔狂には困ります」
かくしてクリスが折れ、ルーの素材が決定した。ペンは毎日ヘティが使うものなので、土日や夜に加工を進めることになった。
ちなみにゲインはすでに樫の木材を選んでおり、彼もまた成功すれば視察に連れていってもらうことになった。




