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貴方に捧ぐ初めての嘘  作者: 日野うお
王都編 「責任もてない」運命共同体
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二度目の運命共同体9


結局、ルーはあのあとさっさと帰ってしまった。

おかげでへティは、ルーに話したかったことを話し損ねた。

昨日、ゲインから聞いたのは、ほぼ全てルーの話だった。

『あいつはファレル様にもらう小遣いを使わないで貯めてるんだ。施される気も飼われる気もないって断ろうとしてたのを見た。結局、ファレル様に丸め込まれて受け取るけど、いつも作業場に置いていく』

それはルーらしい気がして、へティは納得した。

よほどケチな師匠でなければ弟子に多少の小遣いはやるものだし、ルーは人探しのためにお金を貯めたいはずだ。それでも、ファレルのことを嫌いだと言った以上、お金は貰えないのだろう、とへティは思う。

へティよりも年下で、まだこの国では子どもの内なのに。

ルーのそういうしっかりしたところを知ると、へティは自分も誇らしいような、どきどきするような気分になる。この人が私の親友なんだ、と人に言って回りたい気持ちになる。

それと同時に、ルーが無理をしているなら、助けになりたいとも思う。

へティもルーも、同罪でお屋敷を出ることになった。最終的に、ファレルのもとでの弟子入りを決めたのはルー本人だが、もとを正せばへティのせいでもある。だから、へティはルーへの日頃のお礼に、ファレルの必要としているものをプレゼントしたかった。

『─あいつ、それでペンすら買わないんだ』

ゲインの話は、このように続いていた。へティはルーの話をできる相手がいてうれしくて話していただけだか、ゲインの方は、ルーの心配を伝えたかったのだろうとへティは感じた。

彼は、ルーが古びて先の割れかけたペンを使い続けていて、呪文を書くのも大変そうだと、顔しかめて教えてくれたのだ。

ルーと王都見物に行き、そこでルーへ日頃のお礼としてペンを贈ろう、へティはそう思っていた。

だから、断られたのは残念だった。でも、自分一人で買ってきて渡すことはできる。

正直少し怖い、いや、かなり怖いが…

「元気がないね」

声をかけられて、へティは芋の皮をむいていた手を止めて顔を上げた。食堂のミアだ。

「えっと、あの、元気ですよ」

ミアはへティの返事を丸々無視して続けた。

「二、三日前から暗かったから、ホームシックかなって、うちのと心配してたんだよ」

考えてみると、ヘティは昼間の手伝いのほかにも夕食を厨房奥で食べさせてもらっているし、一番長い時間を共に過ごすのがミア夫妻なのだ。

「…すみません、心配かけてたんですね」

謝りつつ、へティはうれしくなってしまった。

心配させたのは申し訳ないのと同時に、心配してくれる優しさはうれしい。ここには守ってくれた家族はいない。でも、ルーや、出会って数日なのに気にかけてくれるミアのような人がいるのだから、幸せだ。

そう思ったら、するっと口が動いた。

「ホームシックじゃないんですけど、修業があんまりうまくいかなくて」

「そうかい。まだ始まったばかりだろう?そのうち変わるさ。もしも駄目だったら、ここで本格的に働いたっていい」

そう言ってくれるのは、明らかに彼女の優しさであって本当の話ではない。何故なら、へティは料理人に必須の火魔法も水魔法も使えないのだから。なれて干物屋がいいところだ。それでも、胸が暖かくなる。

「ありがとうございます。一人前の治癒魔法師になったら、ミアさんの腰、治しますからね」

ミアは目を見開いた。

「おや、頼もしいね。じゃあ、期待して待ってるよ」

ふふふと二人笑いあって、また野菜に向かう。

「そうだ、ミアさん。この辺りで、ペンを買えるお店ってどこにありますか?」

「ペン?ああ、授業で使うんだね。そんなら…」

ミアは、少し考えて、文房具屋を教えてくれた。それは地理に疎いへティを鑑みて、寮から少し離れてはいるが一本道で行ける場所だった。

これならルーへのお礼を買いにいける。きっとルーも喜んでくれる。へティは想像しただけでうれしくなった。

「ミアさん、本当にありがとう!」

「お安いご用さ」

それにしても、とミアが続ける。

「あんた、そんな風に笑えるんだね。笑うと可愛らしいじゃないか」

「え?」

へティはびっくりして自分の頬を触った。可愛らしいなんて、あんまり言われたことがない。それに、今までもミアの前では笑っていたつもりだったので、初めて見たような反応は驚きだった。

「おっと、また私ったら手が止まってたね。いけないいけない」

ミアが、自分の頬をぺちんと叩いて野菜を切り始める。

へティも慌ててそれに倣った。けれど、頭のなかではいろいろなことを考えていた。

笑いも泣きもしない、とはよく昔から言われていた。それと一緒に、鉄面皮だとか、気味が悪いとかも。そういう自分がとても嫌で、物語の世界に没頭したり人前でうつむいて顔を隠したりしてきた。

でも、その原因だった父の件は解決したし、最近はよほど緊張している時以外は、愛想笑いくらいできているつもりだったのに。

仕事が終わり教室に向かう途中、また思い出して窓ガラスに写った自分の顔を見た。

するとそこには、無表情にこちらを見る目付きの悪い娘がいた。

笑おう、と少し顔に力を入れて見たが、ほとんど口角は上がらなかった。むしろ、唇を力一杯引き結んだような、こわばった顔がこっちを見ている。

へティはため息をついた。周りから浮くのは、やっぱりこれも原因なのだ。普通にしているつもりで、普通のことが何故かできない。

「…へらへら笑うなって言われたけど、それ以前だったみたい」

前にルーにされた注意を思い出して呟くと、へティは銀色の頭をぶるんとひとつ振って気合いを入れ直し、また歩き出した。

出来なくても、努力するのだ。

ほら、さっきはミアさんに笑って見せられたんだから、とヘティは自分に言い聞かせた。

『お姉さま』のあの社交術を思い出すのだと。

──このときヘティは、上手くいかなくても、今より悪くはならないだろうと思っていた。しかし、それが間違いだったことを、すぐに知ることになる。



工房の床を掃き清めながら、ルーはよくその日一日を振り返る。

今日はバツだなと思った。それからすぐに、あいつのせいだ、とも思った。

この日は魔力と手作業で木材の研磨をしていた。文字が関わらない、比較的得意な作業だった。

しかし、どうしても隣で石を磨くゲインの存在が、ルーに、ヘティに対する苛立ちを思い出させた。自分の感情をもてあましながらの作業は上手くいくはずもなく、ファレルに集中力の乱れを指摘されてしまった。

あいつがいると集中できない、とルーはほうきを握る手に力を入れた。脳内に浮かぶ銀の髪はさらさらと揺れる度に光って、ルーの気を散らすのだ。

ヘティのせいなら離れればいい、という自分の声がする。彼女とは元ルームメイトという関係しかないのだ。もしルーが面倒を見るのを放棄したとしても、ヘティは何も言わないにちがいないし、それに、ゲイン辺りが面倒を見るのだろう。

あの男は修業も順調なのだし、とちらりと棚の上を見る。そこには、先に後始末を負えて帰ったゲインの、研磨中の黒い石が載っている。ルーは『黒い石』としか言えないそれを、彼はすでに識別し、研磨を許されている。

同じ時期に始めたはずの修業だが、明らかに差が開いていた。

ファレルは、それについて特に触れない。代わりに今日、二人共に課題を言い渡された。発破をかけるつもりなのだろう、と冷静に考えている冷めた自分に、ルー自身どうして良いものか分からないでいるのだが。

そうだ、本当は集中できないそもそもの理由は、ヘティではない。修業が進まないのは、王子だったファレルのことを受け入れられないからだ。それも、本当は自分で分かっているのだった。

ルーがだらだらと掃除を終えて魔法省を出ようとしたとき、そこにランスがいるのに気付いた。同時に向こうも気付いたらしく、大きな声を上げる。

「あ、やっと来た!」

珍しく急いだ様子の彼に驚きつつ、守衛に頭を下げて急ぎ門を出る。

「何、珍しいね」

ほぼ貴族のみで構成されるこの施設に、庶民であるランスらが来ることはまずない。

「とりあえず、早く戻れ。ちょっと困ったことになった」

王宮と魔法省を囲む柵を迂回し、寮へと戻る道すがら、ルーはランスから事情を聞かされた。

へティ·ブラントが、笑った。

きっかけはそれだけのことだった。

しかし、タイミングと周囲との関係が悪かった。

へティはこの日、いつも通り遅れて授業に参加して、誰より早く初めの課題を終えた。それは鬼と呼ばれる女教師が考案した魔力持久力、繊細さ、双方を必要とする難しい課題で、彼女よりも一時間以上早く来た他の受講者は、まだほとんどがその課題を終えていなかった。

そして彼女は、驚きや妬みの目を向ける人々に対して、笑みを見せた。

その明らかな作り笑顔は、悪意で受けとれば、余裕の笑みとも、挑発ともとれた。初めて見せた笑顔だ。それまで周囲に何を聞かれてもろくに会話を成立させず、ちょっかいをかけられても無表情を貫いてきた…と思われている彼女の。

それで、ある一派に、周囲の意地悪に対して挑発し返したと、そうとられてしまったのだ。

そういえば以前から、ヘティはなにかと人に誤解されてばかりだったことを思い出し、ルーはいらいらと髪を掻き乱した。最近めっきり表情豊かになっていると思っていたので、そんな方向の心配はしていなかった。

「遅れていったって…。へティが午前は食堂の手伝いしてることなんか、寮生みんな知ってることだろ?」

「そうなんだけど、それを余裕ぶっこいてるっていうやつもいるって分かるだろ?」

「それにしても、挑発なんてするタマじゃないのに」

「まあそうかもしれないけど、皆お前ほどあの子のことよく知らないじゃん?お前には笑ってるの見たことあるけどさ、本当、無表情だったんだって。それでとにかく、一部の強烈な反感を買っちゃったわけ」

笑ったくらいでか、とランスに言っても仕方がない。ルーは近づいてきた寮の入り口を睨みながら質問を変えた。

「で、あいつ、どこにいるの」

「多分裏庭で…あ」

答えを聞くなり走り出したルーは、ランスの、やっぱり大事にしてんだなという呟きにも気づきはしなかった。


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