二度目の運命共同体7
へティはぼんやりと部屋に入った。
そして、どさっと荷物のように体をベットに投げ出した。
とたんにどすどすと大きな足音が近づいてくる。
「おい、だから鍵!」
「あ、ごめん」
「ごめんですまないことになるって言ったはずだけど」
「うん、ごめん…」
もごもごとしか答えられずにへティは繰り返した。
「何泣いてんの」
嘲笑うように言うけれども、ルーはへティの様子を気にかけてくれている。その証拠に、鍵をかける音の有無にまで気づいた。
へティは少し悔しくなった。また気を使わせた、本当は自分が役に立ちたいのに、と。
それで、えいと起き上がって、さりげなく目元をこする。
「ちょっと、疲れたから、寝ようとしてただけ」
眠いから目を擦ったのだとアピールする。
本当は食事にも行かずに済ませたいくらいへこんでいた。
上手くやれるかもしれないと、今度こそ友達だって出来るかもしれないと浮かれていたのに、蓋を開けてみればたった3日目で、すでに浮いている自分の不甲斐なさに。
──昨日は、周りの視線もひそひそ話も気のせいだと思おうとした。けれど、へティが管の中の脆い角砂糖を壊さず運びきるという課題に取りかかったとき、背後からはっきりと言われたのだ。
『何いちいち声だしてんの?』
はっと驚いて振り返ったとき、今度は反対側から別の声が言った。
『可愛い子ぶって教官に課題免除して貰うためだろ』
その言葉の毒に気付いた瞬間、動揺で指先が震えた。砂糖の固まりは安定を失ってぼろりと崩れた。
『─おや、やり直しですか』
遠くの方にいた教官がへティの方に気づいてそう言ったとき、何人もが振り返ってにやにやと笑ったのを見て、ああこれは、と確信した。
地元の学校で受けた扱いと、同じだと。
また、自分は。ここでも私は。どうして。やっぱり。頭の中がぐちゃぐちゃになった。
それから後は、失敗が続いた。
顔と同様に魔力までこわばったように、もともと少ない放出量がさらに途切れがちになってしまった。
おかげで、他の受講者よりは早めだったが、かなりの時間居残りをすることになった。
「えーと…」
思い出して顔を曇らせてしまったのだろう、ルーの出した迷うような声が、さっきよりも柔らかい。
彼は椅子に座った。
「何やらかしたわけ」
「やらかしたって」
へティはやや頬を膨らませた。ちらっと目をあげて、ルーを軽く睨む。
「お皿だって割らなかったし、修行だって上手くいったんだよ」
「へぇ」
「今日もねえ、色々あったけど、結局教室で一番早く課題が終わったんだから」
話しながら、ルーがへティの話を聞こうとしてくれていることに気付く。ちょっと反論したくなる聞き方をしたのだってそのせいだろうし、椅子にまたがってどっかり座り込んだのも、そのせい。
そう思うと、少しだけ浮上する。
ここに来た目的を思い出せた。ここに大切な友人がいることも、思い出せた。
「ま、一番て言っても、女の子たちが学校行事だとかでここ数日お休みらしいから、全員いた訳じゃないけど。ルーは?」
「ぼちぼち」
「どんなことをするの?ファレル様って、基礎とか説明とかよりもとにかくやってみろという感じに見えるけど」
「いや。ほとんど毎日、素材の見分けと呪文の書き取り。真っ黒い石だけで五種類あるし呪文は長いし、訳が分からん」
ルーが自分の修業について詳しく教えてくれたのは、初めてのことかもしれない。
「そんなそっくりなの、どうやって見分けるの?」
「断面の割れ方とか、手触りとか。あの人自身は、大して見もせずに使い始めるけど」
「そっか。そっちの修業もやっぱり大変だね」
「も?」
「あ、…うん。まだまだ始めたばっかりだもん、慣れないこともあるけど、色々、頑張ろう」
下手くそな手紙のような、棒読みになった。
ルーはじっとへティの目を見つめていたが、やがて小さく息を吐くと、たらいにお湯を張り始めた。
翌朝、へティの気分を写したかのように、空は灰色に曇っていた。
朝御飯は食べなかった。食欲がないと言うと、ルーは疑わしげに見てきたが、無理にとは言わなかった。
それで、誰もいなくなってから寮の部屋を出て、食堂の手伝い前の僅かな時間を、へティは一人で散歩をして過ごしていた。
これから食堂の手伝いをして、そこでまた意地悪を言った人と会うことになるだろう。それが終われば、また教室で授業だ。
ルーはもう授業に行っている。
気づかないうちに、ルーがいつも入っていく魔法省の建物近くまで来ていた。
昨日は結局相談しなかったくせに。嘘をついたわけではないけれど、肝心なことは言わなかったくせに。
魔法省は王宮と敷地を共にしているため、鉄の格子のような柵に囲まれている。
「それ、触ると死ぬぞ」
かけられた声にびっくりして顔を上げると、背の高い少年が立っていた。
「ああお前、ノースウッドの姉か」
ノースウッドというのがルーの名字だと結びつけるのに一拍かかった。
「姉?ルーとは兄弟ではありません」
そういえば、誰かに関係を聞かれて弟のような、と答えたことがあったか。へティは思い出そうとした。
「あ、だから」
ぐいっと腕を引かれ、たたらを踏む。
「防御柵に触ると死ぬほど痛いんだって」
そう聞いて、へティはぞっとした。
もう少しで柵の角に触れるところだった。
「助けてくれて、どうもありがとうございます」
心からの感謝が口をついてでた。そして、すっかり安心して尋ねた。
「貴方は、ルーの…ルーク·ノースウッドとお知り合いなんですか?」
「知り合いというか…同じ師について修業してる」
「ええ!そうなんですか?あの、私、ルーの友人、の、へティ·ブラントです」
「知ってる」
へティがまた驚いていると、お前有名だから、と返ってきた。
「すみません。私…」
相手が名前を知ってくれているのに自分は知らないというのは、なんだか申し訳なかった。それでどう聞いたものかと言葉に迷ってしまったのだが。
「ああ、あいつ、俺の存在も話してなかったわけか。ゲインだ。ゲイン·コナー」
あっさり聞きたかった答えが貰えて、へティはほっとした。昔からへティの思いは人に伝わりにくい。それは魔力の放出と共に自分で感情表現も抑制してしまっていたせいだったらしいが、今も続いている悪癖で、それで相手を怒らせているのだろうとヘティ自身も気にしている。
「別に怒ってないから気にするな」
へティは目を目開いた。
またも、目の前の彼はへティの気にしていることに端的に答えてくれた。
すんなりへティの感情や言葉の真意を読み取ってくれるのは、家族以外では、ルーと、ファレルくらいだったのに。
『可愛い子ぶってる』
『自分が上手いと思って気取ってる』
『新入りのくせに愛想がない』
昨日ささやかれていた言葉がふとよみがえる。
違う、声に出さないと本当に魔法が持続できないから。
気取ってるんじゃなくて、緊張してるのに。
だから、緊張してしゃべれないのに。
言いたくて言葉にならなかったことが、誤解されて悔しかった気持ちが、このときほんの少し溶かされた。
「ゲイン様と仰るんですね」
「様は要らない。お前、ルークより年上なんだろう?」
「一つだけですが」
「なら、同い年だ」
初対面の人と、こんな当たり前の会話が成り立つのは、久しぶりのことだ。
へティは自分の気持ちが浮上していくのを感じたが、自然と頬が緩んでいたことには、気がつかなかった。




