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貴方に捧ぐ初めての嘘  作者: 日野うお
王都編 「責任もてない」運命共同体
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二度目の運命共同体5

「ということがあったの」

初日は食堂の手伝いのみだった。夕食の仕込みまで手伝って、早めに食べさせてもらったへティは、まっすぐ部屋に戻ってルーの帰りを待っていた。

学校の終業の鐘が鳴るのとほぼ同時に帰ってきたルーは、何故か最初から不機嫌そうだった。けれど、へティとしても大切な仕事に関する話なので、恐る恐る相談した。

すると、ルーのスッと通った鼻筋の上にみるみる皺が寄り、指はまたがって座った椅子の背もたれをかつかつと叩きつけ出した。

「へぇ。ナンパ」

「え?ただのからかいでしょ。でも、ミアさんに迷惑かけたくないし、接客中は頑張って笑顔の一つも出せるようにした方がいいかなって」

「その髪、目立つんだからほっかむりでもすれば」

「あ、そっか。お料理もするしね。で、さっきの…」

「あんたがそうしたいなら、すれば」

ルーの声が低い。

「すればって。昨日、ルーがあんまり笑わない方がいいって言ってたから」

ルーは、そのまま無言で立ち上がるとたらいに湯を張り出した。

「…ルー、怒ってる?」

「なんで?」

へティのためのお湯をたらいにために来て、仕事の相談まで聞くのは負担だったのだろう、とへティは思った。

「もういい?」

「あ、そのくらいで…ありがと」

気づかぬうちに貯まっていた湯から手を離し、ルーが立ち上がった。自分には何時間かけても出せない湯が、瞬き数回の内になみなみとたまっているのを見て、へティはしょんぼりした。

ルーは、しゃがんだへティを振り返らず、扉へ向かう。

「ちゃんと鍵閉めて。済んだら壁叩いて」

「いいよ、お湯を捨てるくらいは自分で─」

「だからっ湯上がりは部屋から一歩も出るなって言ってんの!鍵開けるときも、絶対声確認してからだからな」

「は、はい」

ばたんと荒々しく扉を閉めて、ルーは部屋を出た。へティは言いつけ通り鍵をかける。すると、ルーの部屋の扉が閉まる音がした。

ちゃんとかけたか確認してくれたのだな、とすぐに悟る。

あんなに怒っているのに、それでも結局、ルーはへティの面倒を見てくれている。それはファレルに頼まれたからかもしれないが、それでも、適当にごまかしたって良いところを、そうしないのはルー自身の優しさだ。へティはじんわり胸が暖かくなった。

服を脱いで、床に置いたたらいに浸かる。温かい湯に入るのは2ヶ月我慢する覚悟だった。外から水を運んで、髪を洗って体を拭いて凌ごうと、一応へティだって覚悟して来たのだ。

短くなった髪に湯をかける。この髪を見るたび、あの日ルーがへティを庇ってくれたことを思い出す。へティはルーに救われた。そして今も、助けられている。負担をかけていて、それを結局許されている。

自分もルーに何かを返したい。なにができるか。へティは、考えながらまた湯を被った。


使い終えた湯を捨てるのも捨てられるのも、なんだか妙に気まずいものだと知ったその日、ルーはへティに久々に髪を乾かされていた。

へティが入っている間に自分もと風呂を済ませた。それで、まだ髪が濡れたまま、隣に湯を始末しに行ったのだが。

「あれ、ルーも入ったの?じゃ、髪乾かすね」

そう言ったへティの目は、ちょっとルーが引くほど輝いていた。

「いいって」

「駄目だよ、ちゃんと乾かさなきゃ」

断ったものの、腕をとる勢いのへティの謎の意気込みに圧倒され、ルーは今、へティの部屋に座っている。

「乾けー乾けー」

へティは、小さい子どもがするように何度も声を出して魔法を持続しようとしていた。

「まだ慣れないの?」

「うん。やっぱり声出さないと、まだ途切れちゃう」

そう言うへティを見ると、やっぱりどうも鈍臭くて、ミリアを魔法で攻撃したとは、やはり信じがたい。

今も胸にかかっているペンダントがなければ、この銀色の体の中に大量の魔力が詰まっていることも眉唾物のような気がしてしまうのだ。

「そういえば、それ、まだ着けてるんだ」

「あ、ペンダントのこと?そうなの、まだまだ自分の魔法で使える量が少ないからってファレル様が」

そう言われてルーは、これもファレルが作った魔法具なのだと思いついた。修行は正直、あまり進んでいない。ファレルが多忙なせいもあるが、ファレルがいるときはルー自身が集中出来ていないせいでもある。魔法についても、魔法具についても、いろいろ身に付けたいのは本心なのだが。

そんな葛藤もあって、ルーはファレルの作品をじっくり見る好機を掴むことにした。

「ふうん。見せて」

へティが快諾したので、ルーは身をよじってへティの首から下がっているそれを眺めた。

「へぇ…石は…水晶か?何水晶ってやつだっけ。何で斜めに呪文…くそ、分からない」

今日見たばかりの鉱物標本を思い浮かべながら答え探しをするが、はっきりと分かるほどの知識はない。ルーはペンダントトップをつまみ上げて表面の細かな字を読み取ろうとした。

影になっていてよく見えないことに苛ついて、そこではっとする。

「乾けー」

声が真上から聞こえてくる。

目の前に白い布地。

暖かいのは髪を乾かす温風だと思っていたが、目の前の布の中が、湯を浴びた熱量を宿しているからでもあった。

次の瞬間、ルーはがばっとへティから離れた。

「どうしたの?」

「どうしたのって…」

「首の後ろがもうちょっとなんだけど」

「もう、いい」

「そう?こっちも、もういい?」

指で揺らされたペンダントは、へティの胸元を行ったり来たりする。謝らなければと思っていたルーも、この全く気にしていないへティの態度を見るうち、腹が立ってきた。前は、すぐに『お姉さま…』とぽおっとしたくせに、女装をやめた今の方が無頓着なのはどういうことだ、と。『弟』だなんて、どう考えても面倒を見ているのは自分の方だという不満も再燃する。

「それ、外ではちゃんとしまいな。そんな貴重品一般庶民が持ってるの怪しいし、万が一なくしでもしたら大変だから」

そっけない声が出た。

「あ、そっか。分かった」

へティは気付かず素直に頷いて、するりと服の内側にそれを滑り落とす。

あ、とルーの口から声が漏れた。

「何?」

「…何でもない」

言えるわけがない。

へティの体温に直接触れる場所に仕舞われたファレルの作品を見て、妬ましいような気持ちになったことなど。

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