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貴方に捧ぐ初めての嘘  作者: 日野うお
王都編 「責任もてない」運命共同体
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二度目の運命共同体4


昼食を食堂で食べていると、奥にエプロン姿の銀髪頭が目に入った。

鈍臭いところの多々ある彼女だが、くるくると働いているのを見る限り、ここでの仕事初めはとりあえずうまく行っているようだ。

へティは昼前後に食堂を手伝いつつ、空いた時間に授業を聴講することとなっている。これは、本人が申し出たことを、下手に昼時などに他の受講生と接触しない方が安全かもしれないと、年長者達が許可したのだ。

授業は一緒にならないので、ルーもフォローしようがない。しかしファレル曰く『授業には女子生徒も参加するし、アノ実技訓練は鬼畜仕様だからそんな余裕はないな』とのことだから、一応ルーは寮での時間を気を付ければいいことになっている。

当面の問題は風呂だなとルーは考えた。

昨日はへティも湯に入るほど元気ではなく、体を拭くからいいと言っていたが、今日はそうもいかないだろう。寮には共同の風呂があるが、現状男しかいなかったので、交代制にすらなっていない。混んで面倒なので、新入りは部屋にたらいを置いて、そこに湯を張る。へティもそれでいいのだが、問題は、彼女が自分でお湯を張れないことだ。寮生が魔法で水や火を賄えるので寮には水道すらなく、へティは風の適性がありすぎるのと今までの諸々で、水魔法も火魔法も使えない。

ルーが湯を張ってやり、始末してやるのか。それでは、夜分にへティの部屋に何度も出入りすることになるが、どうなのか。湯上がりのへティなど、実は以前のルーにとって日常ではあったが、今この環境ではまた別問題だ。

「お姉さんなんだって?」

かけられた言葉に吹き出した。話しかけてきたのはランスという男で、二十歳そこそこの商家の次男坊だ。真面目すぎずかといって問題を起こすほど羽目も外さない、いわゆる世渡りのうまいタイプの彼は、付き合いやすいので、比較的よく話す相手だが、その内容が問題だ。

げほげほ咳き込みながら、素早く考える。

よもやあのお花畑な猪娘は、『様』だけとればいいと思ったのかあとでしめる絶対泣かすと。

「お前、あんな可愛い姉さんがいるなら報告しろよな~」

「は?」

「え?お前、弟なんだろ?この前の子の」

ランスは首をかしげる。

…なるほど、『お姉様』扱いがまずいことはちゃんと理解したらしい。しかし、性別だけでなく年齢的にも変更してきたことになる。その上、姉妹を姉弟にしただけで距離的には変えずに。

「見てわかると思うけど、血の繋がりもなければ、名前で分かると思うけど、義理の繋がりすらないから」

「え?そうなのか?名前聞けなかったから分かんなかった」

「話したんじゃないの?」

「だって、あうあう言って固まっちゃったし、すぐ授業だったしさぁ。お前の名前出したら、ぴこんって顔上がってそこだけ答えてくれた」

「あ、そう…」

でさ、とランスが調理場を指差す。

「兄弟同然の仲の可愛い女の子が、地元から追いかけてきてくれたって、どんな感じ?」

こういうことになるのが嫌だったのだ。これがランスだから軽いからかいで済むが、相手によっては本気でお門違いの妬みやなんやらをぶつけてくるだろう。

とりあえず、答える。

「可愛い女の子が見当たらないから分からない」

遠目にも眩しい銀髪のおかっぱから目をそらして言ったルーに、ランスはへぇ、と楽しそうに笑った。

面倒ではあるが、寮生にしばらく弄られるのは、想定内のことだった。ところが、余波は意外なところにまで表れた。

がっちゃんと盛大な音をたてて、大きな箱が机から落ちる。

中に入っていた沢山の鉱物が床に転がり出た。

もう少しで今日の修業は終わりというタイミングでの出来事に、ルーは反射的に残り時間を計算した。ゲインと二人がかりで片付ければ、余裕をもって終わるだろうと。

「ルー、お前、これを正しく戻せ」

しかし、ここで予想外のことがおきた。鉱物見本をひっくり返した張本人であるファレルが、ちょうどいいとばかりに名指ししたのだ。

普段弟子のどちらかに負担が集中するとか、どちらかばかりを優遇するとか、そういうことをしないファレルのその言葉に、ルーは驚いた。そして、苛立った。早くしないと、へティの学校が終わる。それを知っているくせに、何を言い出すのだと。

「本気になれば、終わるだろう?」

にやにや言うファレルを見て、ルーはさっと顔を真っ白くした。ファレルが気づいていると確信したのだ。ルーが今一つ、修行に本気になれていないことに。

ファレルに師事することへの抵抗は、自然と修行の進みを遅くしている。しかし、時間制限があれば急ぐしかない。だからこその、この命令。へティの世話を任せておきながら、そのためにルーが焦るような時間設定で課題を課しているのだ。

むっとしつつ、手早く標本箱に石をしまっていくと、視線を感じた。

「何」

「お前が上がり時間を気にするなんて、珍しいだろ」

ゲインに指摘されて、ルーは自分の失態に舌打ちをした。

「大したことじゃない」

「ルーは、寮に残してきた娘を心配しているんだ」

「別に、この人の命令で面倒を見てるだけだ」

「嘘をつけ。体を張って守ったくせに」

「はぁ?!あれは、とっさだったからっ」

むきになってしまった、とルーが気づいて兄弟弟子を伺うと、そちらは生真面目な顔を崩してもいなかった。

「姉か妹か?勝手にお前は一人っ子だと思ってた」

「…一人っ子じゃないけど」

複雑な思いで否定する。

「へぇ。上にいるのか?下か?」

「上」

こいつと修業に関係のない話をするのは初めてかもしれないと、ルーは思った。こんなところに食いついてくるとはと、少し意外に思っていると、ファレルが口を挟んできた。

「ゲインは、男爵家の六人兄弟の次男なんだ」

「爵位なんて名ばかりの家ですけどね。でも、お陰様で弟は王立学校に進学できました」

珍しくうれしげにゲインが言うので、ルーは驚いた。

王立学校というのは貴族の子息ばかりが通う学校だと、ルーは都に来てから知った。彼等とは縁がないが、治癒魔法師の学校に来る講師には王立学校との掛け持ちの者もいる。また、数人来る女生徒のほとんどは、王立女学校の生徒だった。

しかし、考えてみれば、ゲインはそちらの学校に通うはずなのだ。この口ぶりだと、ゲインがファレルに弟子入りして、その余力と彼の給金で弟を学校に入れたのだろう。

「貴族の世界も色々あるんだな」

「まあな」

生真面目なこの男がちゃらんぽらんに見えるファレルを慕う理由がいつも不思議だった。ルーは、その一端に触れて、また内臓のねじれるような苦しさを覚えた。

「そろそろ鐘がなるな」

奇妙な胸の痛みに浸っている暇はなかった、ぼんやりした年上の『妹』分がいる身では。

ルーは舌打ちをかみ殺して、猛スピードで標本箱に石を詰め込んだ。



「エレノア・イングラム様って言ったら王都では有名な女性だよ。なんたって女王様を支える5本の柱のお一人なんだから」

「そんなすごい方なんですか」

「そうさ。夫にも王女にも寵愛されてる働く淑女の代表で、さらには治癒魔法の分野の第一人者。それが、どんな女傑かと思ったら、あたしらにも気さくに話しかけてくださる方なんだから、本当の淑女ってのは、ああいう人を言うんだろうね」

食堂を賄っているのは、おしゃべりな妻と寡黙な夫の初老の二人だった。妻のミアはへティの身元引き受け人である奥方、エレノア·イングラムの熱烈なファンらしい。へティの紹介者が彼の人だと知った彼女は、最初から非常に友好的で、そして怒濤の喋りを見せた。

お陰でへティは新しい仕事場の皿の位置より先に、数年前まで貴族社会では、貴婦人は労働など下賎な者に任せるべきとされていたことや、それも女王とその侍女達の活躍で変化しつつあること、女王の肝いりで各地に治癒魔法師が派遣され庶民の健康を守るための施設が作られ始めたことなどを知った。

「まあ、こんなわけでエレノア様ってのはすばらしい方なんだよ」

「私、そんなすごい方に身元を引き受けていただいたんですね」

へティは改めて、仕事も治癒魔法の修業も頑張らねばと思った。

皿洗いや下ごしらえは実家の手伝いで慣れている。食堂を取り仕切っているミア夫婦は優しいし、量的にもお屋敷の調理場の量を経験していたへティには、大変ではなかった。ありがたいことに、ここの厨房は水も出る。

ただし、新しい職場でも最大の問題がひとつあった。

ここはカウンター形式で暖かい料理を盛り付け、提供する学校の食堂だ。食事どきになれば当然、あのあくの強い受講生が大挙してやってきて、これも当然のことだが、カウンターにいるへティに話しかける。

世話になるばかりではと労働を申し出たとき、へティは失念していた。また、エレノアもへティの引っ込み思案をそこまでと考えていなかった。ファレルは気づいていたのだろうが、こちらは面白がって放置した可能性が高い。

「大盛りにしてー」

「お、大盛ですね、はい」

「野菜なるべく抜いてくれ」

「え…努力します」

「肉多めで!早く!」

「は、はいぃっ」

「俺はキスのサービスがいい」

「きす…?」

「ちょっと、修行中の身でナンパとは余裕じゃないか?教官にお伝えしようか」

「ミアさん、勘弁してよ」

ぱっと無駄口をきいていた若者達を追い払うと、ミアはまったく、とへティを振り返った。

「あんたも、適当に笑ってあしらっときなよ。そんなかちこちだと、かえって面白がられるからね」

そう言って担当場所を代わってくれたが、ミアとて、毎度庇っていられるわけではないのだ。だいたい、手伝いのへティが助けられていたのでは、手伝いにならない。

しっかりしないと、とへティは思った。目標として思い浮かべたのは、にこにこ如才なく客をあしらっていた『ルーお姉様』だ。しかしすぐに、気安く笑わない方がいいとルーに言われたことも思い出す。

「これは、ルーに相談だわ」

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