二度目の運命共同体3
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教官室を出て、ルーはぐったりしながら歩き出した。
何となく校内の空気がざわついているのを不思議に思いながらも、寮へと急ぐ。
入り口に差し掛かったとき、ルーは目を見開いた。
「名前、何て言うの?」
「あの…」
「わっかいねぇ。いくつ~?」
「私」
少女が大きな鞄を両手でぶら下げて、学校の入り口に立っていたのだ。
授業を終えて帰る生徒たちが通りすがりに、物珍しそうな視線を送っていたのだが、中には話しかけにいく者もいたようで、彼女は数人の男に囲まれていた。
「誰かの知り合い?」
「良かったら、今度デートしない?」
少女は答えなかった。
硬く強張った口元に笑みはない。怯えた猫のように毛を逆立てて、時おり周囲に目線を送って何かを探しているようだ。
しかし、そんな愛想のない反応さえ、彼らは楽しんでいた。
「つれないねぇ」
「お前ががっつくから呆れちゃったんじゃん」
「マジ?俺のせい?」
囲んでいた生徒がそう言ってつつき合う。まばたきの増えた少女の瞳が、それでもちらりちらりとその隙間から周囲を見る。
その目が、一点に留まった。
次の瞬間、ふわりと銀の髪が広がった。
少女が走り出したのだ。
「ルー!」
駆け寄った少女に、その場にいた者は全員あっけにとられた。
「ルー、良かった。会いたかった」
少女…もといへティの全身からは、明らかな安堵が溢れ出している。
それだけなら良くとも、あのそっけない態度からの輝くばかりのこの笑顔だ。
まずい、とルーは思った。
へティは気にせずルーをにこにこと見ているが、その白い頬は以前よりふっくらと丸みを帯びて、今はうっすら赤みまで差していた。まだ少しとがり気味の顎と吊り気味の目尻はきつめの印象だが、頬にかかった豊かな銀髪がそれとよく合っている。つまりは、ルーの目から見てもまあ可愛いといえる部類だ。
「…あー、あのさ」
「なんだよ、ルーク、お前の彼女か?」
へティを囲んでいた生徒たちが、案の定少し面白くなさそうに言った。
慌てて、しかしそう気取られないように否定する。
「違うって」
軽く見開いた目は、『意外なことを言われた』という顔に見えただろうか。嘘だろという視線も声も返ってこなかったことに内心安堵した。
「じゃ、友だち?」
そんなものだと答えようとしてへティを見れば、なんだかやけにきらきらと目を輝かせていることに気づいて、ルーの胸に嫌な予感が広がる。
そのまま口を開きそうになったへティを慌てて後ろに押しやって、発言の機会を奪った。
彼女の重たい口は、この件に関してだけ羽のように軽くなる。お姉さまなんて言われたら、一巻の終わりだ。
「まあ…知り合い」
くそ、とルーは胸の中で毒づいた。上手く嘘がつけていない。冷や汗をかきそうになりながら、ルーはにこっと周囲に笑って見せた。
「とりあえず、世話するように言われてるんだわ」
下手な手ではあるが、仕方がないから退散する。
「着いたばっかりだよな。案内するから来て」
ちらりとだけへティの方へも振り返って、すぐにルーは前を向いて歩き出した。
先に立って寮を目指しつつ、ルーは苛立ちを押し隠す。
悲しげな顔をするな。
あんたが変なことを言おうとしたせいだろう。
そもそも、なんだってあんなに面倒な場所にいたんだ。言いたいことは山ほど浮かんで、どんどん頭が煮えたぎってくる。
「ルー、ルー、ごめん、ちょっと」
「何」
「あのね、ごめん、ちょっと待って」
はっとして振り返ると、へティが大きな荷物を抱えてかなり後ろを歩いていた。
少し息が上がっている。
ルーは知らない間にぐんぐん速度を上げていたことに気付いた。
へティのほうへ数歩戻って、手を差し出す。
「…貸して」
「え、いいよ、自分のだもん」
びっくりしたように首を大きく横に振られて、ルーは何故かむっとした。
無理矢理引ったくると、見下すように告げる。
「遅すぎて、持った方がまし」
「ごめん」
それからへティは歩き出したルーを追いかけながら、小さな声でありがと、とつけ足した。
「すぐにこっちに来られなくなったから、ずっと気になってたよ。元気だった?」
「まぁまぁ」
「修行、どう?」
「どうもこうもそんなにしてないし」
「そうなの?あ、びっくりしたよ、その、あの人すごい人だったんだね」
「すごいの意味が分からないけど。俺にとっては、憎い相手だ」
「どうして?」
「あいつらが、馬鹿な奴らに権力もたせてのさばらせてたんだ。同罪だろ」
そう、とへティの答えは小さかった。嗜めたり諌めたりしないのは、意外だったが、ありがたかった。
「ところであんた、これからのこと聞いてるわけ」
「あ、うん。奥方様がご懐妊されて、しばらくお仕事をお休みなさるから、学校の寮に入るって」
理解した上でここに居ることを、まだましと言うべきか、なぜそれなのに来たと言うべきか。
「あの人たちももう少し考えのある人種だと思ったのに。あんたも拒否しなかったの?」
「あ、奥方様はね、あと二ヶ月くらいで一度仕事に戻るから、それまで待って自分の付き人としてお城から通わないかっておっしゃったの。でも私、寮で良いから早くいかせてくださいって、頼んだの」
へティの言葉に、ルーは口をあんぐりと開けた。
「あんたって…」
なあにとにこにこ笑っている少女に、がっくりと肩の力が抜ける。
「なんでそう訳のわからないところで突っ走るの」
「だって」
へティが何を今さらとばかりに目を見開いた。
「ルーが居るじゃない」
これには、言われたルーも目を見開いた。
それから、さっと周囲を見回し、若干人がいることを見てとると、足早に階段を上がった。
あとからへティが追い付くと、ルーはたどり着いた部屋の鍵をあけて彼女を押し込んだ。
「わ、ちょっとルー!?」
ばたんと後ろ手に扉を閉めて、ずいっと顔を近づける。
黒い夜空のような目が、薄暗い部屋の中でぱちりと星のように瞬く。
「ルー、どうし」
「あのさぁ」
言葉を遮る。こちらに来てから少し低くなった声は、へティの小さな声を簡単に打ち消してしまった。
「俺は俺の身元預かり人から頼まれたから、あんたを面倒見るけど。余計な面倒事作るのは止めてくれる?」
「ごめん、でも、迷惑かけないようにするからねっ」
拳を握って前のめりになる彼女の様子を見るに、一番言いたい部分は全く伝わっていない。
分かっていてこの距離だとしたら、誘われているとしか思えない。仕方なく、ルーは苛立ちを押し込めてへティから距離をとり、荷物を部屋の奥に運んだ。
「ここ、あんたの部屋だって。寝込みを襲われないように特殊な鍵に変えてあるらしいけど、閉めてなきゃ意味ないから自分で気を付けて」
言いたくないが、ある程度噛み砕いて言っておく。
「分かった。ルーの部屋は?」
「…隣」
ぱあっと暗い部屋でも分かるほど顔を輝かせたへティに、また苛立って、乱暴にカーテンを閉める。
「だからさ、それって周りの部屋男ばっかってことなんだって」
「あ、そうだったね」
「他人事みたいに言ってるけど、さっきみたいに人目につくこととか、変な評判がたつようなこととか、気を付けろよ」
「うん?」
「だから、とりあえず、へらへら笑わないこと。あと俺にあんまり気安くしないこと」
「なんで?」
あんまりあのリラックスした笑顔を見せると狙う輩が増えるのと、ルーへの要らぬ反感が増えるのと。ルーは前半だけを告げる。
「…身持ちが悪いと思われたら、危険が増えるでしょ。こんな女っけのない場所じゃあ、女ってだけで希少動物なんだから」
そこまで言われても、あまり身に染みていないらしいのは、きっとへティがそういった目で見られたことがないからなのだろう。故郷の町での爪弾きや魔力過多のせいで灰色だった彼女のこれまでを、ルーは思い出す。これは、自覚させるのは想像以上に大変かもしれない。
「ルー、大丈夫?ごめんね、疲れて帰ってきたのに、いろいろ」
脱力してしゃがみこんだルーに、へティが屈みこんで視線を合わせてくる。
そこに、出会った当初のようなうっとりした光はないけれど、むしろ真っ直ぐにルーを映す。
「…お姉さまとか、外で言うなよ?」
途端に目が泳いだ。
「…わ、分かってるのに」
絶対気付いていなかったなという焦りように、ルーはこれだけは釘を指した意味があったようだと考えた。