二度目の運命共同体1
「すっごくキレイな子が来たらしいけど、お前知ってる?」
「あ、俺見た見た。まっすぐな銀髪でさ、顔はきつめだけど、黒目がきらきらっとしてて、色白でー」
「誰だろーなぁ。誰か、先生の知り合いか?」
「…」
「あれ、どうした、ルーク」
「なんでも…ちょっとボーッとしてた」
「大丈夫かよ」
「疲れてるんだよ。昼休みくらいゆっくりしてろ」
少し年上の寮生たちに心配されながら、食堂を後にする。
ルーの弟子としての生活は、思ったよりうまくいっていた。
正直なところ、ルーはあのとき、ファレルの誘いをその場をしのぐための嘘だと思っていたのだが。
───『へティ·ブラントの身柄はエレノアの預かりとして、今後最低一年間治癒魔法の修行を積むこととする』
───『ルーク·ノースウッドの身柄はファレルの預かりとして、今後一年間領地へ許可なく戻ることを禁ずる』
二つの決定を領主、ハロルド·イングラムが告げたあと、ルーとへティはそれぞれの身元預かり人に連れられて移動した。
ルーは、ファレルの客室に入るとすぐ、助けてくれたことへ礼を言った。当然の流れと思って口にしたのだが、これを聞いた相手は片眉をあげた。
「お前もしかして、さっきのはあの場だけの口約束だと思っているのか」
と。ファレルは椅子に片足をのせて座ると、首をかしげてルーを見た。戸惑ったルーに、ファレルは続ける。
「お前の、魔石の筋を見抜く感覚と手先の器用さを買っていると、前にも言ったはずだ」
確かに、ルーはファレルから、気に入っていると言われていた。それで旅のお伴に駆り出されたのだから、覚えている。しかし、その場かぎりの滞在先での旅のお伴と、正式な弟子とでは、かなりの違いがあるとルーには思えた。
ルーは目の前でくつろぐ金髪の青年を眺めた。旅装を解いたばかりの姿でさえ、気品を感じさせた。姿勢はだらしないくらいなのに、やはり洗練されているのは、見に染み付いた所作の何かが違うのか。ルーが落ち着かなくてたまらない、この最上級の客室にしっくり馴染むばかりか、その場で最も雅やかで華やかな存在はファレルその人だった。
その隔たりは、いかんともしがたいものに思われた。
買いかぶっているとルーは思った。それで、自分は庶民の中でも底辺だと、説明しようと試みた。
敬われるのがうっとうしいなら、同じ程度の位の坊っちゃんを弟子にすればいい、と失礼な主張もした。
しかし、そんなルーの言葉にくすりとファレルは笑った。
「私を敬わなくていい身分の人間が何人いるか」
あまりにも軽く吐き出されたそれを聞いて、ルーの背中を冷たいものが伝った。
まさか、とは思っていたが、もしかして想像以上なのか、という思いが沸き上がったのが、この瞬間だった。
それまでも、伯爵家で魔法省の中心人物である領主より格上で、自分の裁量で動かせる兵をかなりの数持っているということが、どれくらい特別かは考えていたが。
公爵とか、王族とか、想像上の生き物と変わらないような肩書きが頭に浮かんだ。
「私は弟子がほしい。私の大事な人の願いを守るには、今よりたくさんの魔道具がいるからだ。そしてお前は、探したい人間がいるようだ。私について魔法具の材料でもある鉱山を回れば、旅費を稼いで旅をするよりも、ずっと効率的だ」
ルーは瞠目した。
話した覚えのない事情がばれている。いつどこで、と記憶を辿るが、すぐに考えるだけ無駄な気がしてきた。私兵がいるのだ、隠密だっていても不思議はない。
ファレルの言う通り、これはルーにとって願ってもない申し出だ。そもそも、ファレルがこの屋敷にもうしばらく滞在するのなら、今回のようについて回りたいと思っていた。それが屋敷を去っても弟子としてついてこいというのだ、ルーに是非はない、はずだった。
ただ。
「…確認したいことがある、んですが」
ルーはこのとき、敬語をうまく使えなかった。声が自然と低く、くぐもった。
「なんだ」
この発言を咎めないファレルは、器が大きいのか、大雑把なのか。あるいは、ルーの反応に予想がついていたのか。
そんなことを考えて、ますます心臓がざわめく。
ルーはそれを吐き出すようにして、言った。
「あなたは、まさか王族じゃ、ないですよね」
ファレルの表情には、変化がなかった。
「その通りだ」
ほんの少しも笑わず、偉そうにも後ろめたそうにも、面白そうにも面倒そうにも見えない、無表情だった。
これが少しでも驕りなり怠惰なりを見せていれば、たとえ追放されても百叩きでも、ルーは決して応えなかっただろう。
そのどれでもなかったから、ルーは、考えた。それは長い時間だった。
ファレルは、待っていた。
やがて、ようやくルーは、ファレルの目を見た。
「俺は、俺たちを苦しめた奴らを恨んでるし、奴らをのさばらせていた王族も嫌いだ。あんたがただの貴族じゃなくて王族だというなら、あんたのことも嫌いなんだ」
無礼打ちにされて当然のことを、言った。
そうされるならそれでもいいという覚悟だった。一生に一度、直接会えた国の頂点に、自分たちの嘆きをぶつけられるなら、本望だと思った。
けれど、ファレルは。
「国政の咎を最終的に王族が負うのは、当然だからな。お前は私を憎んでいろ」
無礼打ちにするどころか、こんなことを言われて、ルーは呆気にとられた。
「俺はあんたを嫌いだと言っているのに、それでも、弟子にとる気なのか」
信じられない思いだった。
「さっきから言っているだろう。私は弟子がほしいんだと」
「…理解できない」
「だから、最初から言っている。お前が私を嫌いでも、お前がどういう人間か、私には分かるから、別にいい」
驚きすぎて答えられないでいるルーに、ファレルはここでやっと笑った。
「お前はお前の目的で、修行をすればいい。私のもとで人を探しながら魔法を学んで、力をつけろ。そしてゆくゆくは堂々とあの娘を口説ける身分になれ」
ルーの目が、点になった。
それからたっぷり三秒後。
「はああ?!」
王族を前にありえない声をあげて、ルーはやって来たクリスに頭を叩かれた。




