初めての副業12
翌朝の昼前、木の陰がかなり短くなったころ、一行は山に分け行った。馬車とはここでお別れだった。
ルーは、昨日の会話を思い出していた。
ヘティは、ルーに何故ここに来たのかと聞いた。
大切な男を追いかけて来たのだなどと言ってのける彼女に腹が立って、適当にしか答えなかったが、別に嘘はついていない。この地に来たのは鉱山があると聞いて、探し人がいるかもしれないと思ったからだった。当主が派遣される前は別の領主が治めていて、かなり強引な採掘も行っていたというのも、気にかかる点だった。
ただ、鉱山と言っても普通の炭鉱と魔法具用の石がとれる場所とがある。ファレルが、地図には載っていない魔石の鉱山を目指していたのは予想外だったが、自力では行けないところだから、ついていきたい気持ちに変わりはなかった。
しかし、鉱山と言いながら、着いたところはただ何もない石だらけの谷間だった。木々に紛れて遠目に見ているルーたちにも、山から吹き下ろしてくる強い風が吹き付ける。
「どこに入り口があるんですか」
「入り口などない。ここが採掘場だろう」
えっと驚いたルーたちに、ファレルはからからと笑った。
「一般的な鉱石の山ではないからな。ここでとれるのは、魔法具に使う魔石といわれる石だ。ここの物は風の魔力によく馴染む」
指差したのは谷間の岩場だ。よく見れば、その岩の間を数人の人間が腰を屈めて動いている。粗末な服装で、背中の篭に拾った石を入れていく。
「バッフル家は風の魔力に恵まれることが多いという。だから彼らが採掘の中心になったのか、それともここに住んでいたから風の魔力に恵まれたのか。どちらにしろ、あそこにいるのは一族の人間ではなさそうだな」
「じゃああれは…」
ルーが顔色をかえて言いかけたそのとき。
「きゃっ!?」
「おいあんた!」
おもむろにファレルがヘティの首に手を伸ばしたのだ。びっくりして声をあげたヘティとルーに、ファレルはああと驚いた顔をした。
「驚かせたか。魔法具を出せ」
「だったら最初からそう言えませんか…」
「気にするな、私には心に決めた女性がいる」
「それは理由になりませんから」
げんなりした顔のルーとファレルが言い合っている間に、立ち直って自分で鎖を外したヘティがそれを差し出した。
「どうぞ…」
「ああ」
ファレルの瞳がきらりと光った。
「…思ったとおり、この魔力はいい餌になる」
二人の頭の上には疑問符が浮かんだ。
しかし、餌とはなにか、と聴く暇は与えられなかった。
──びゅおぅ…──
ひときわ強い風が吹いた。いや、谷をまっすぐに吹き下ろすはずの風が、まるで急に進路を換えて一行めがけて吹き付けてきたような。
その突風に乱れた髪をかき上げながら、細めた目を風上に定めて、ファレルが言う。
「風は依り代を持たないから、闇と同じくらい危険だ」
ルーは飛ばされないよう荷物を持ち直すのに必死だったが、振り返って尋ねた。
「何の話です?」
「私の知り合いは、以前土の魔力を見初められて、より強い魔力に取り込まれそうになった」
「は!?」
「よく見ておけ、ルー。魔法を生業にするならば、知っておくべき事柄だ」
そのとき、今度はヘティががくっと膝を折った。ルーはぎょっとした。
「おい!?」
「なんか、力が…?」
咄嗟に支えたルーの手にヘティは辛うじて支えられている状態だ。ルーは焦ってファレルを振り返った。
「何が起きてる?!何とかしないとっ」
「焦るな。これを解放したから、すぐに標的は変わる」
ファレルの手の中で、石が光っている。
その光につられたように、何かもやのような青白いものが集まってきていた。
それがヘティの体の側を通ったとき、彼女は堪えきれないように体を大きく震わせて屈み込んだ。
しかしそれからしばらくして、ファレルの言葉どおり、ヘティの震えはしだいに収まっていった。
代わりに、石に集まる光はもはやまぶしいほどだ。
ルーはその光に、何か大きな力のようなものを感じた。それで、すとんと落ちる。
「…ヘティの風の魔力を餌にしたんですね」
「ああ。お陰で風の精霊の居場所である鉱山の原点を見つけられた。─少し、黙っていろ」
そう呟くと、ファレルは靄に向かって語りかけた。
「汝の尊き力ぞ、ここに見出だしたる。かの者、一族の末裔」
神々しいまでの光に包まれた男を見ながら、何故こんなにも腹が立つのか、ルーはわからなかった。
「我らの前に現れたまえ。血の末裔に力を貸したまえ」
それからしばらくのことを、ルーはよく覚えていない。
圧倒的に美しく、それでいてぞっとするようで、決して忘れられるような光景ではなかったのに。
全身に鳥肌をたてながらも、目を離せないまま見つめ続けていたのに、話の内容は頭に入ってこなかった。ファレルの話す言葉は古めかしくて難解だったが、それが理由ではない。
あまりに、腹が立って、仕方がなかったのだ。
「終わったぞ。これで、王手だ」
いつもの口調に戻って振り返ったファレルを、ルーは睨み付けた。
「あんたのこと、見損なった」
言葉に込めきれなかった怒りが、ヘティを抱く手に籠る。
今や銀髪の少女はぐったりと気を失っている。
「何故だ?ヘティは、どんなことでもすると言っただろう」
動じるどころかむしろ不思議そうに返されて、ルーは声を荒げた。
「だからって!」
「大声を出すな。人が来るから動くぞ」
こんなときばかりファレルは正論でやり込めてくる。そんな主になおさら腹をたてながら、ルーはヘティを抱き上げようとした。
ファレルが真顔で言った。
「お前には無理だろう。代われ」
無理じゃない、と言えたらどんなに良かったか。
しかし、ヘティとほとんど身長の変わらないルーが安全に彼女を移動させるというのは、現実的ではなかった。
ルーは、自分の成長の遅い体を悔しく思った。そしてファレルの、大人の男の筋肉のついた逞しい腕を羨んだ。
結果、無言という、最高に不敬で反抗的な態度をとったルーだったが、ファレルは軽く片眉をあげただけだった。




