初めての友人3
彼女はくるくると働きながら、客と軽やかに言葉を交わす。髪型を褒め、笑顔を褒め返されて軽く照れてみせ、そうしておまけにもう一つリンゴを買わせてしまう手管と言ったらたいしたものとしか言いようがない。
まさに、へティの対極。フワフワ柔らかそうな猫っ毛も、丸くて可愛いスミレ色の目も、どこもかしこも可愛らしい。
「ありがとうございました~」
先に果物を買わせた男を手を振って見送った彼女は、振り返り際に店先でたたずむヘティに気づいた。
「いらっしゃい」
彼女はにこりと笑った。こんなに愛想なく、ぬぼーと突っ立っている自分にも驚いた様子一つ見せずに笑いかけてくれる、まさに如才ない、とへティは感動した。
正面から見ると、笑ったときにちらりと八重歯が覗くのが分かる。
自分に向けられた笑顔に嬉しくなって、ヘティも珍しくはにかみ笑いを浮かべた。ただし、緊張のため口元はほとんど動かなかったが。
「お客さん、何をお探しです?」
ヘティは一つ大きく息をしてから、言った。
「小熊亭の、ヘティです。…おイモ、足りなくて」
かなり小声になってしまったが、相手は聞き取ってくれた。
「ああ、小熊亭さんね。いつもご贔屓に。私は今月から働いてます、ルーです。おイモもいいのがありますよ」
そう話しながら、てきぱきと野菜の間を動いていく。
ちらりと見た店の奥に、怖くて堪らない店主の厳つい背中が見えたが、ヘティはなんとか踏みとどまった。
そして、目の前の『素敵な人』の姿だけに集中する。
「いくつですか?」
ルーの唇の端がきゅっと上がって、魅力的な曲線を描くのに見とれながら、へティはぼんやりと答える。
「16才です」
くすりとルーが笑った。
「私は17才です。よろしくね。おイモはいくつくらいいります?」
「あ、」
ヘティは最初の質問が年ではなくてイモの数のことだったと気付いて動揺した。
その頭で答えを探し、固まった。伯母に手をひかれて急いで出てきたので、詳しい数を聞いて来なかったのだ。
今夜の営業分ならばとりあえずかご一杯買えば大丈夫だろう。だが、明日もイモは使うのだ。
口元を抑えて考えこんだ少女に、ルーは提案した。
「とりあえず、今日の分として持てるだけ持っていって、あとは明日届けたときに調整しましょうか?」
「あ、えっと、それで」
考えてみれば、野菜の仕入れが多いときは朝店主が届けてくれるのだ。とっさに気付かなかった自分と比べて、彼女はなんと気が回るのだろう。それに、とんちんかんに自分の年を伝えたヘティにも恥をかかせないでくれた。
ヘティは感動した。
「それじゃ、これね。重くない?」
いつの間にかかごに一杯のイモを準備していたルーが、それを渡してくれる。
「大丈夫…あの」
「なあに?」
向けられた笑顔に、へティの血圧は急上昇した。
「お」
「お?」
「お・お」
「うん?」
言うんだ、もう今しかない、とへティの中のもう一人のへティが叫んだ。
「お姉様になって下さい!!」
「んん?!」
『鉄仮面へティ』が八百屋の看板娘に姉妹の契りを要求したという噂は、瞬く間に広まった。
しかし本人は全く気にしていなかった。
密かに憧れていた人と、初めて話をしたことに浮かれていたのだ。
直接話した彼女は、期待以上に素敵な人だった。笑顔が可愛く、話もうまい。あの細腕で、この重たい籠を軽々と持っていたのも、意外だったけれどさらに素敵だ。
そんな彼女が、驚きつつもへティのお願いを「よく分からないけど、私でよければ」と受け入れてくれたのだ。
夢見心地のへティは、いつもの緊張もすっかり忘れて始終微笑んで過ごした。