初めての副業10
その夜、ヘティはようやくルーから説明をうけた。
「魔力って、普通は少しずつ溢れ出しているものなんだって」
「溢れる?」
「そ。だから、基本的には、魔法を使わなくても、体調を崩すようなことはないはずで。あんたの場合、生まれつき魔力の量が多いのに、何かの理由で魔力が漏れないように抑制しているんだって」
すぐには理解できなかったヘティに、ルーはため息をつきながらも繰り返して説明してくれた。
それから、少し眉を寄せてこう続けた。
「少し前は魔力過多が緩和されてたのに、逆戻りしてるんだよな。あの人言ってたけど、裏庭であんたが会話を聞いてたのに気付かなかったのだって、それだけ魔力が放出されてなかったからだよ」
ヘティは、驚きで口を開きっぱなしだった。魔力など、普段は意識していない。それがここ数日の不調の原因も、意図せず盗み聞きできてしまったのもそのせいだと言われた。
突然すぎて、頭が全く働かなかった。
「確かに、ここ数日はあんたに魔法を使わせようとしなかったけど。それは、俺も責任あるけど。でも、何でまたそこまで抑制かかっちゃったわけ?」
魔力を抑制しようなど、意識したことはない。ヘティは唇を噛んでしばらく考えたが、首をかしげながらこう答えた。
「…魔法を初めて人前で使ったとき、家族にとめられて、友達には気持ち悪がられたけど…そのくらいしか思い付かないよ」
ヘティは半信半疑だったが、ルーは納得したようで頷いた。
「成る程。それで、あんたの魔法を見咎めなかった新しい『友人』の前でしか放出できないわけ」
「そう、なのかな?」
曖昧に頷いたヘティは、ルーが、何とも言い難い顔をして自分を見ていることに気付いた。
「…それってつまり、しばらく『お姉様』と上手くいってなかったから、また逆戻りしましたとか、言わないよね?」
「…」
ヘティは黙ってルーを見つめるしかなかった。
ルーの言う通りかもしれないと思ったものの、あまりにもルーに依存した話だったからだ。敢えて自分と言わずに『お姉様』と表現して距離をとったルーに、肯定するなどとてもではないが出来なかった。
しかしルーは、その沈黙と視線を、正しく読み取ったようだった。その表情を、なんと表現したらいいのだろう。呆れて脱力したようにも、腹を立てて眉を寄せたようにも見え、それでいてどこか戸惑いのようなものも感じさせた。
「…ま、使えばいいんだよね、要は」
微妙に論点をそらしたことをぼそりとつぶやくと、ルーはくるりと背を向けた。
「髪。乾かして」
「え…あ、うん!」
ソファの向かい側に敷いた毛布はルーの今日の寝床だ。
本当ならファレルが寝室、前室のこのソファをルーが使うところだったのを、ヘティが来たので割りを食った形だ。
ヘティはもちろん、自分が床か、それとも納屋を借りて寝ると主張した。けれど、ファレルはにやっと笑っただけで、さっさと寝室に入ってしまい、残されたところでルーが、半病人のヘティはソファを使うのだと決定してしまったのだ。
苛立たしげなその顔にヘティは少し怯えて、なにも言い返せなかった。けれど、怒った顔をしていても、ヘティのために選択したことは分かる。それに、今だって、面倒がりながらも魔力について説明してくれた。
だから、ヘティはせめてと感謝を込めて魔法を使おうとした。
「乾け~」
毛布にそっと膝をついて、唱える。山沿いで少し冷えるので、暖かい風をイメージした。
ぴくっとルーの体が動く。
「温い…」
「あ、やだった?」
「別に。今まで常温だったから驚いただけ」
「冷えると悪いから。ただでさえ、床は体が冷えるし」
「そ」
そっけない言葉はいつものことなので、気にせず髪に指を通していく。細く綺麗な金茶の髪は、最近栄養がいいせいかヘティのケアのせいか艶を増していて、それが嬉しくてヘティはなおさら熱心になる。
「おい」
ルーが飛び上がったので、ヘティはびっくりした。
声の方に振り返ると、ファレルが戸口にもたれてこちらを見ている。
「楽しそうだな」
「ばっ…単に魔力消費の」
「楽しいです」
被った言葉にお互い思わず顔を見合わせてしまったところに、ファレルが悪い顔をして追求してきた。
「そうか、ヘティ。なぜ楽しい?」
「それは、だって」
ヘティがルーをちらりと見て、頬を染めて目を伏せたので、ルーは思わず小さく唾を飲んだ。
「髪を解かしたり、色々相談したり、そういうのってなんだか『花園の乙女たち』に出てくる親友っぽくて」
ぶっとファレルが吹き出した。
お世辞にも上品とは言えない笑いかたで、ヘティはびっくりして言葉を途切れさせた。
「いや、悪い…そうかそうか。私も妹が読んでいたから、そのシリーズは知っている。なるほど、『親友』か。いやあ、いいものだな、親友とは」
じっとりと睨むルーの視線をかえって面白がるようにたっぷりも受け止めてから、彼は言った。
「私も乾かしてもらう」
「は!?」
ルーがいきりたった。そのつかみかからんばかりの勢いにも動じず、ファレルはにやにや笑いをますます深めた。
「魔力消費の追加だ。これから毎晩洗って乾かせ。私の」
「冗談っ」
「これを」
その瞬間、子どもたちはぽかんと口をあけた。ヘティはルーの様子に、ルーはファレルの指の先にあるものに。
示されたのはファレルが入浴の際に脱いだらしい衣類だった。
これが本来の仕事の命令で、からかわれたのだと気付いたルーは一瞬、舌打ちせんばかりの顔をした。しかし、さっと切り替えて、動き始めていたヘティを追い抜いてそれをとりにファレルの寝室へ向かう。
ヘティは与えられた明確な役割に、少し興奮していた。
「朝までに乾かしておけるな」
先程までとは違う綺麗な笑みでそう言われて、気合いを込めて頷く。
「はい!」
そこへどさりとルーから衣類の山を渡された。
「わ、ルー、ちょっと」
顔面を塞ぐように託されて、ヘティが慌てている間に、ファレルは笑いながら寝室へと消えていった。




