初めての副業8
最近投稿が遅く、申し訳ありません。
「…そう言って、奥方様はにっこりと微笑んで、私を早駆けの馬車へ乗せてくださったのです。それから、その…これを持って行けとおっしゃって」
ファレルは聞きながらにやついたり顔をしかめたりしていたが、最後の一言と共に取り出したものを見ると、盛大なため息をついた。
ヘティはまた少し身を縮めた。
奥方が持たせてくれたのは、ファレルのいる方向が分かるというペンダントだった。銀と紫の石でできたいかにも高そうなそれを見て、最初はヘティも丁重にお断りした。しかし、これを持っていればヘティが近づけばファレルが見つけて接触するし、エレノアが関わっていることの証明になるからと言い含められたのだ。しかし、ファレルの反応を見るに、これはやはり相当に大切なペンダントだったらしい。もしかしたら、ファレルに所縁のある品だったのではないかと、ヘティは思った。
そしてそんなものを借りてきてしまった上、合流した後は、ファレルなら託された娘を無下に放り出すことはないはずだ、という彼の良心を利用する計画だ。彼からため息をつかれる理由には心当たりがあり過ぎた。
ファレルは、ヘティが両手で差し出したペンダントを受け取ると、もう片方の手で行儀悪く頭をかきむしりながら口を開いた。
「お前は運が強いらしい。見事にエレノアのコンプレックスを刺激して協力を勝ち取ったのだからな」
ヘティは、あの美しく優雅な奥方とコンプレックスという言葉が結び付かずに首を傾げた。けれど、ファレルはそのまま話しつづけた。
「それにしてもエレノアも、たちが悪い。頼めば私が引き受けると分かっていながら、敢えて直接頼まないのは借りではないと主張する気か」
ファレルはくすくすと笑った。そこにとても親密な空気を感じてヘティはぽうっと見とれそうになってしまった。
「まあ、いい。私の調べた限り、バッフルの現当主はフライネルという名ではないが、確かに特殊な姓ではある。家系に連なる可能性は高いな。……おい、ルー」
扉はすぐに開いた。
ヘティは目を丸くした。
「ルー…なの?」
今度こそ、完全に見とれたと言っていい。
ルーはそんなヘティを見て一瞬小さく息を吐くと、うろんげに目を細めた。
「呆けてる場合じゃあないんじゃないの」
「あ、本当に、ルーにも、迷惑をかけて、ごめんなさい」
ヘティが呆けたのには、訳がある。ルーが見慣れない格好をしていたからだ。
いつものスカート姿ではなく、小姓の少年が着るようなきちっとしたズボンとシャツに、ベストを着込んでいる。長い金茶の髪はきちっと襟元で束ねられて、どこから見ても長髪の少年だった。服装と胸の詰め物以外は、髪を結ぶ高さくらいしか変わっていないだろうに、とそのあまりの印象の変化に驚きともに見入ってしまったのだ。
「なかなか様になっただろう」
ファレルが満足げに評した。それから彼は、視線をヘティに固定して、区切るようにはっきりと言った。
「豪商の若君と小姓の完成だ」
それを聞いて初めてヘティは、彼らが男二人として旅をする気だと気づいた。メイド姿のルーとならば中身はともかく姿形に大差はないと言えたが、同性のみで旅をするのとヘティを連れていくのでは勝手が違うだろうことに思い至る。これは、ただ邪魔になるとか足でまといになるとか、そういう問題ではなかった。
ファレルはここで帰れとヘティに言うのが当然だ。けれどヘティはどうしても、ここまできて諦めることが出来なかった。
「お前の事情は分かったが」
ヘティはがばっと顔をあげて、ファレルの言葉を遮った。
「私にできることは何でもします!床でも廊下でもどこでも寝ます!だから、お願いです、連れていってください!」
お願いなのだから、本来頭を下げるところだ。それすら忘れて必死でファレルを見つめるヘティの目は、睨んでいるようにも見えた。そもそも、目上の人間の話を遮ることからして言語道断だ。
しかし、ファレルが気にするのはそこではなかった。
「へぇ。この私に、お前が物を頼むか」
ファレルはにやにやとたちの悪い笑い方をする。
ヘティもすぐに、奥方が暗に頼むのと、自分が貴族であるファレルに頼むのとでは全く意味が違うと気づいた。けれど、自分が頼まずにやってくれるのを待つというのは可笑しいと、ヘティは思った。
「分かっていると思うが、これは遊びではない。役に立たない人間は連れていけない」
ヘティはぐいと身を乗り出した。
「役に、立ちます!何でも、させてくださいっ」
ヘティは必死だった。頭の芯がかあっとなって、考えるよりも先に口が動いていた。
「なんでも、ねえ」
この貴人には、物事を面白がるという悪癖があった。そして、ヘティの真剣な願いは図らずも、彼のそんな特性をついていたと言える。
ファレルの形の良い唇の片側が、にっと上がる。
「さあて、何をシテもらおうか」




