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貴方に捧ぐ初めての嘘  作者: 日野うお
屋敷編 「あんた、鈍すぎ」ともあれ初めてのルームメイト
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初めてのルームメイト5

「遅かったわね」

「すみません」

即座に、申し訳ありませんです、と直される。

「あら、でもこの木苺はものが良いわね」

それから渡したお釣りの多さも合格だったのか、ヘティはおとがめなしとなった。

そのまま昼食をとるよう言われて、使用人の控え室に向かう。

そこでばったりルーと会った。

「…」

ちらりとヘティを見た後、ルーはすぐに手元の皿に目を戻した。

いつもヘティは仕事が終わらなくて、昼食抜きか後からパンをかじるかだったから、ルーが賄いの入った鍋からシチューを皿によそっているのを新鮮な気持ちで見た。

部屋には、他に使用人はいない。おつかいが遅くなったヘティはともかくとして、ルーもこの時間だということは、彼もそれなりに新入りとして人より仕事を任せられ、遅めの昼食なのだと知れた。

机の上の皿を見つけて、ヘティも、ルーを真似ることにした。

浅いスープ皿を手にとって、その隣の鍋の前に移動する。

ここで昼食をとるように言われたのだから、これは使用人のヘティも食べて良いはずだ。それでも、どこか恐る恐る蓋を開ければ、底の方にシチューが少し残っていた。あらかたみんな食べた後だからだろう、量は一人前あるかないかだが、誰かが火魔法で暖め直しをしたのか、クリーム色のシチューは湯気をたてていた。

久々に暖かいものを食べられるのが嬉しくて、ヘティの頬がわずかに弛んだ。

「いただきます」

小さな声で言ってから、スプーンを入れる。余り物の野菜を沢山入れたシチューは、優しい味がした。ヘティは夢中になって食べた。

それを遮ったのは、ルーの声だった。

「…戻れたわけ」

珍しく仕事時間に話しかけてくるルーに、ヘティは驚いた。これまで、仕事中など会ってもそっけなく行ってしまうばかりだったのだし、昨日だってあの態度だったのだ。

「え?」

聞き返したヘティに、ルーは言い訳する人のように肩をすくめながら、机の上の大皿からプチトマトを取った。

「あの街で買い物なんて、やっかまれているあんたには無理かと思った。てっきり泣いて帰ってくるかと思ったけど」

そういうこと、と頷く。少しは心配してくれたのだろうと、嬉しくなって、答える。

「ちょっと意地悪されたけど、誰かが助けてくれたの」

ほほを緩めてもう一口シチューを口に運んだヘティに、ルーは顔をしかめた。

「誰か?」

ルーの皿はすでに空になっている。だからルーは、プチトマトを手の中で玩んでいるのだが、対するヘティがシチューを飲み込むのを待っている間がもどかしいのか、その手つきが忙しない。

ようやく鶏肉の塊を飲み込んで、ヘティは急いで答えた。

「分からないけど、旅人っぽい男の人。綺麗な人だった」

「へぇ」

ルーの声がまた不機嫌そうに下がったので、ヘティはあれと戸惑う。心配かけたからと説明したのに、間違いだったのか。それとも、急いで答えたつもりだったけれど、それでも遅かったせいか。色々なことを考えてかは、ああ、とヘティは思い付いた。

「気付かなくてごめんね。ルー、シチューもう少し食べる?」

育ち盛りの男の子には少なかったのかもしれない。弟も毎回びっくりするような量を食べていたのを思い出して、ヘティは自分の皿をついっと押しやったのだが。

びゅぉうと音がするほどに空気が冷えた。

「ええと…」

氷柱のような視線がヘティを射ぬく。

「さっさと食えば。メイドの三人組があんたが居ないってイライラしてたよ」

「嘘!」

「早くいけば」

皿ごと飛び上がったヘティは、慌てて部屋を転げ出た。

この様子では、屋敷の廊下を走ったと大目玉をくらうのは時間の問題だ。

そんなことは全て分かっているだろうに、ルーはと言えば、ヘティの飛び出していった扉を見て、ふんと鼻をならすのみだった。



「結局怒られた…」

ヘティは、思わず一人言を漏らした。

お屋敷勤めの心得をすっかり忘れて廊下をばたばたと走ってしまったため、見つかって耳が痛くなるほど怒られたのだ。

せっかくおつかいの件で怒られずに済んだのにと悔しいやら、なかなか心得が身に付かない自分の飲み込みの遅さが情けないやらで、ヘティの気持ちはどんよりと曇っている。

ただし泣きたいのを堪えた引き結ばれた口元は、端から見ればふて腐れたように見える。そのため、人に出くわさないのは運のいいことだった。

しょんぼりしていたヘティだが、やがてさすがに人に会わない不自然さに気付いて、辺りを伺った。

少し移動すると、玄関の方がなにやら騒がしい。

「やだ、すごい」

「どなたなの?」

「あの感じ、そうとう親しそうよ」

聞こえてきた声が、相性の悪いメイドの三人組だったので、角を曲がらずに立ち止まる。

そうして、そっと耳を澄ました。

「ご主人様のご友人なのね。美男二人って眼福ねえ」

「あ、ファレルって呼んだ。ファレル様っていうのね」

「独身かしら。独身って言って!」

ヘティには、眼福という言葉の意味は分からなかった。

それでも、美男二人というのは、ヘティの愛する小説の中でいう麗しのお姉様二人のツーショットシーンのようなものだろうと理解して、彼女らがここに集まっていることに納得した。

それから、漏れ聞こえた情報から、どうやら領主様のお友達が来たらしいと把握する。

今夜の夕飯は、歓迎メニューになるのかもしれないな、とヘティは先の多忙に思いをはせた。

そうして、急いで掃除を終わらせるべく、今度こそ駆け出さないぎりぎりの速度で持ち場に戻ったのだった。

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