初めてのルームメイト3
5日目。
この日、ようやく少し要領を掴んできたへティは、ヘマをしなかった。ついでに例の三人組にもあまり会わずにすんだのは運がよかった。
そんなわけで、ヘティはほんのちょっと軽い足取りで、いつもより早くに仕事を終えて部屋に戻ったのだ。
小さな扉をあけると、部屋には明かりが灯っていた。
ランプの橙がかった灯りのもと、大して奥行きもない部屋の中からスミレ色の目がこちらを見ていることにヘティは気づいた。
「おおお疲れ、さま?」
久々に仕事以外の時間に会ったものだから、妙に緊張する。
どもりながら微笑もうとして、失敗して顔をひきつらせたヘティに、ルーは無言でもって報いた。
ちょうどルーも戻ったばかりのようだった。まだルーもお仕着せのままだと見てとって、着替えるところだったかもしれないと思い付いたヘティは、急いで中に入って後ろ手に扉を閉めた。
そして自分のベッドの方へ行き、さあ自分もお仕着せを脱ごうという段になって、やっとへティははっとした。
「…」
下っぱの使用人部屋は相部屋だから、この部屋には、へティとルーがいる。
ヘティ·ブラントとルーシー·ノースウッドならばなんの問題もないだろう。
しかし、ルーシー·ノースウッドは仮の姿だ。
つまり、この部屋にいるのは、女が一人、男が一人だと。
そろそろと振り返ってルーを見れば、呆れた視線が痛かった。
「あんた、ほんとに抜けてるね」
返す言葉もない。
そんなへティにルーはさっさと背を向けてお仕着せのワンピースを脱ぐと、薄いシャツを羽織った。
へティは動けなかった。
「何見てんの」
鼻で笑うように言われ、自分がルーの着替えを凝視していたことに気付く。声をかけられるまで、肉のついていない背中の筋を狭い部屋の中で間近に見てしまっていた。
やっと顔を赤くしたへティに、ルーは呆れた顔をした。
「今さら過ぎ。なんでわざわざあんたを推薦させたか、分かってたでしょ」
それは当然、他の人間にルーの性別がばれては困るからだ。それ以上でも以下でもない。ルーが男の子だという事実があるから、今のこの状態があるのだ。
「うん、そう、だけど」
ルーの口元に、にやりと笑みが浮かぶ。
「なに、まさか緊張してんの?」
からかうように言われて、ヘティはかっとなった。
「してない!」
珍しく怒鳴ったのは、悔しかったからだ。
どんなにルーにとっての自分が、秘密を知られたから付き合わせたにすぎない相手でも、ヘティは同室の相手に選ばれてどこかうれしかったのだ。そこには、わずかでも信頼があると思ったから。それこそ、知ったばかりのルーの性別をなかば忘れるほどにはそのことを喜んでいた。
まあどう考えても、忘れていいことではなかったのだが。
それを当のルー本人にからかわれて、ヘティはうれしいと思っている自分を笑われた気がして、悔しかった。
「お休みなさい!」
感情のままにがばっと毛布をかぶり、ヘティは眠ろうとした。
「あ、逃げた。ちょっと」
図星だったが、ルーの呼び掛けは、聞こえないふりをした。
「馬鹿だなあ。…ま、良いけど」
反応しないと決めたので、これにもヘティは顔を出さなかった。含みのある言い方が、ほんの少し気になったけれども。
なかなか訪れない眠気を待つ間、ヘティは自分以外の気配を感じてしまわないよう、一生懸命大好きな本のシーンを思い描いた。けれど、花園で少女達が誓いを交わすシーンも、大人しい少女が謎めいた美少女に誘われて夜の散歩に出かけるシーンも、いつの間にかルーの顔になってしまう。
何度も現れるすみれ色の瞳を追い払いながら、この夜ヘティは、浅く短い眠りを繰り返した。
2016/6/6に第一章最後にも一話追加致しました。そちらもぜひお読みいただければと思います。