初めてのルームメイト2
こんなに大変なことなのに、どうしてやりたいという子がいるのだろう。
ヘティは一日目にして、疑問を抱いた。
思い浮かぶのはミリアのことだ。あの子は、本当にこんな労働をしたかったのだろうか。
お仕着せは、可愛い。そもそも一番したっぱの下女ごときにまで制服の支給があることからして、さすがは領主のお屋敷だ、と格の違いを感じた。
今朝、目を覚まして、濃紺のワンピースに真っ白いエプロンをつけたルーが、明るい金茶の髪をお団子に結っているのを見たとき、ヘティはおかれた状況の何もかもを忘れて歓喜した。
最高に素敵だ。しかも、はからずも夢にまで見たお姉様とのお揃いなのだ。
もっとも、ルーはというと起き上がったヘティを一瞥するなり、一言も発せずに出ていってしまったが。
慌てて自分も着替えて、厨房に向かおうとして道に迷い、時間ぎりぎりになってしまって怒鳴られたのが皮切りだった。
自分はそれなりに働き者だと思っていたヘティだが、仕事はやれどもやれどもなくならず、怒鳴られ続けてようやく戻ってよいと許可が出たのは深夜のこと。
「もう、駄目…」
与えられた小部屋にたどり着くなり、ヘティは明かりさえつけるのも惜しんで、小さなベッドにどさりと倒れこんだ。
実家の自分のものより少し小さいくらいのそれは、年期が入ったものらしくぎっと嫌な音をたてる。
疲れはてた頭は、そんなことすら気にならない。
なんとかもぞもぞと動いて大事なお仕着せだけ脱ぎ捨てると、ヘティはそのまま眠り込んでしまった。
そうして始まった下っ端女中の生活は、翌日も翌々日も、やはり厳しかった。
朝は日の出前に起き出して、野菜を洗ったり切ったりする。
基本的に台所仕事が主だからこそ、野菜の扱いに慣れたルーと、おまけではあるが料理の経験の多いへティが推薦されたのだろう、とヘティは悟った。
「とろとろしてんな!」
「は、はい…っ」
「遅い!水魔法使えないんなら、お前は切る方に専念しろ」
「はい…」
人手の少ないこの屋敷ではメインディッシュからジャムまで現在調理に関する全てを料理長が賄っており、そのせいか常にイライラしている。
それだから、ヘティには「はい」しか言えなくなる。
焦った「はい」と半泣きの「はい」を繰り返し、気短な料理長に怒鳴られながら下拵えを終わらせると、今度は洗濯の手伝いや掃除の手伝いに回される。
この辺りも、宿屋の娘であるヘティには馴染みのある仕事だったが、なにしろ量と質が大違いだった。人手のない間放置されていたらしいカーテンから客室用のシーツから、クッションのカバーから、それぞれに洗い方が違う布たちが山ほどあったのだ。
ここでもルーは重宝されたが、ヘティはといえば洗濯室のでっぷり太った女からねちねちといびられる。
「お屋敷勤めに水魔法は基本だろうが」
「すみません」
「全くなんだってこんなとろくて役にもたたないのを寄越したんだか」
こんなことを言われるたびに、緊張したヘティは顔を強ばらせて、生意気だと怒鳴られる。そうしてますます焦って怖々と洗うものだから、遅くなって、それをまた怒られるという悪循環で、どうにもならない。
掃除の監督をする女性の方は、厳しくても意地悪なことは言わないが、これまた部屋の数が膨大だった。
「終わったの?それなら、廊下のワックスがけもお願い」
早く仕事を終わらせれば他のメイドからいろいろと手伝わされるのだから、下っ端の仕事に終わりというものはないのだ。
だからといって手を休めれば怒声がとぶわけで、目の回るような忙しさと叱責の数々に、へティは毎日涙目だった。
ルーの方はというと、怒鳴られることも少なく、あまり早く終わって他に回されることもなく、上手く人間関係を築きながらほどよい速度で仕事をしている。
これは魔法の得手不得手だけのせいではないと、ヘティも分かっていた。
もともと、ルーはヘティが憧れたほどの人だ。仕事ができて、人あしらいが上手く、如才ない。力の入れ所と抜きどころを知っているのだろうし、それ以前にヘティのように返事ひとつするにもおどおどして笑顔のひとつもない可愛いげのない下っぱよりもはきはきしたルーが可愛がられるのは当然だろう。
ヘティは常に、ルーのようにやろう、ルーならどうするか、と考えながら自分を叱咤する。けれど、染み付いた性格も要領の悪さも、髪型を真似るようには変えられないものだ。
たまに仕事中に目が合うと、ルーは、馬鹿だなという呆れた目でへティを見ている。
何も、言わずに。それが、少し悲しいけれど、深く悲しむ間もないほどまた仕事に追われる。
ただ、この館の主が現れたときだけは、屋敷の空気が変わるようだ。
たとえ遠目にでも分かる黒髪の下の冷たげな程整った美しい顔に、メイド達はうっとりと見とれるのだ。そして、その涼しい青い双眸に映ることができたらとしばしささやき合う。
「本当にねえ、あんな綺麗な男の人がこの世にいるなんて」
「やっぱり都会の人は違うのよ」
「しかもエリート魔法使いよ、エリート」
前任の領主の時代から勤め続けていたメイドたちは、数は少ないものの結束しており、こんな世間話のときにも息がぴったりだった。そして…
「あら、見てよこの子」
うっかり一緒に手を止めて窓の外を見てしまったへティは、はっとした。
「嫌だ、誰がさぼっていいっていったの?」
「いくらご主人様が美しくても、あんたなんて相手にされるわけないじゃない」
「そうよ、こんな仏頂面の針金じゃあね」
「見たくもないと思われるに決まってるんだから、引っ込んでなさいよ」
「ともかく、新入りのくせによそ見なんて」
「信じられないわよね。罰としてここはあんた一人で掃除するのよ」
このメイド達は、へティをけなして仕事を押しつけるときにも素晴らしい結束力を発揮するのだ。
またしても叱られてしまった、と落ち込むへティの強ばった表情が気に入らなかったのか、メイドの一人が出がけにバケツの水をひっくり返した。
それを掃除するのも、勿論へティらしい。
仕方ない、自分が失敗したせいだ、とへティは黙々と拭き掃除に取りかかる。
本当は、さぼっていたというならば手を止めていたのは他のメイド達も同じで、その上彼女らには本来へティに仕事を割り振る権限はないのだが、それに気付けるほど、へティは自分の周りを客観視できていなかった。
だから、拭き掃除のせいで自分のするはずの窓拭きが終わらずに監督係に叱られても、しょんぼり落ち込み、もう二度と代行様に目をやるまいと思うだけだった。
ただ、基本的に下働きが掃除に励むのは、屋敷の主人たちの目に触れない時間なので、しょっちゅうおきることではない。それに、よそ見をせずとも、メイド達が何かしら理由をつけてへティに仕事を押しつけることには代わりがなかった。
そんな、心身共にくたくたの日は、数日続いた。
しかし、これは実は、彼女にとっては悪いことばかりでもなかった。
何かと言えば、要領の悪いへティが戻る頃には部屋は真っ暗で、毎晩ベットに倒れ込むだけだったのだ。そうして朝になると、ぎりぎりまで寝ていて、重たい体を無理矢理起こすなりまた仕事。
へティはそのため、何も考えることなく、泥のような眠りについていた。この生活の問題点も、全く目に入れることなく。




