初めてのルームメイト1
ヘティは、そっと自分の隣を見た。
隣に立つ憧れの人は、今日も変わらず可愛らしい。ワンピース姿のルーと並んで立っていると、あの日のことは夢だったのではないかと思えてくる。
けれども、屋敷の前にいるという現実が、それを否定するのだ。
それにしても、なぜ、ルーは女の子のふりなんてしていたのだろう。
考えていくと、案外すぐに答えは見つかった。
彼は、実際にはまだ15才だと言っていた。この国の成人は17だから、未成年で出来る仕事がみつからなかったのだろう。だから、17と嘘をついたのだろうが、そうすると今度は外見が追いつかない。栄養が充分とは言えなかったのか、彼の体は少年としては小柄で、背もヘティの弟の14才のリックと同じくらいだし、おまけに声も高めなものだから、どう見積もっても二次成長を終えた青年には見えないのだ。
だったらあと二年待とうとは、ルーには思えなかったということか。それは、いったいどういう事情だろう。
ヘティにも大人になったら叶えようと思っている大事な目標があるが、ルーのそれは、どういうものなのか。
「案外平気そうな顔してるね」
からかうように声をかけられて、ぼんやり思考に沈んでいたヘティは飛び上がった。
「平気なわけ、ないじゃない…」
ただの現実逃避だ。
この、お屋敷の前で人を待つという人生で最大級の行事に引っ込み思案のヘティが平静でいられるわけがない。隣にルーがいなければ、きっともう倒れている。ルーがいるから、なんとか青ざめるにとどまっているのだ。
たとえ、そのルーが口を利いてくれたのが5日ぶりだとしても。
5日前、ヘティはルーの店を訪ねた。
目的は言わずもがな、謝罪と、それから下働きの辞退だ。
ところが、深呼吸をして店の前に立ったところで、横やりが入った。
ミリアだった。ルーとヘティが下女の推薦を受けたと街の噂で知った彼女が、目を吊り上げて詰め寄ってきたのだ。
「なんであんたなんかが…っ」
怒りの大半はヘティに向けられているらしく、なかば胸ぐらを捕まれてそう言われた。
ヘティはそれでもいつもより少し面倒臭そうに目を伏せただけで、何も言い返さなかった、とこれも翌日の噂になったらしいが、本当は違う。言い返せなかっただけだ。まさか本当の理由を言うわけにもいかず、困っていたのだ。
そのままなんとか言えとせっつかれていると、最終的には、店の中から見ていたルーがため息まじりに口を開いた。
「あたしが誘ったんだよね。同室なら、気が合う子がいいじゃん?」
にっと笑えば、怒りに燃えた目が今度はルーを睨み付けた。
「そう…こんな子とつるむってわけ。後悔させてやる。覚えてなさい」
「おお怖」
荒々しく去っていくミリアを見送ると、ルーは冷めた目をヘティへ向けた。
「あんた、あいつになんかしたの?」
ヘティは青い顔で首を横に振るしかなかった。それをまた、冴えざえとした冷たい視線で見つめられ、目と目が合った。
そのとき、ルーがいった言葉を、ヘティは一言一句覚えている。
ルーは、言ったのだ。
「まあ、どうでも良いけど。ちゃんと責任とってくれるんなら、なんでもね」
責任、という言葉に、ヘティはなにも言えなくなった。
確かに、ルーをお屋敷に送り込んだのはヘティで、それなのに自分だけ逃れようというのは無責任だ。
ルーはすでにバナナの陳列へと向き直っていた。その背中に責められているようで、ヘティは結局、一つもしゃべれないうちに帰ることになってしまったのだ。
こうして断ることも逃げ出すことも出来ないまま約束の日を迎え、へティとルーの女中生活が始まってしまった。
「ルーシー·ノースウッドとヘティ·ブラントですね」
「はい」
「は、いぃ」
「これよりあなた方は、伯爵家の使用人です。下働きといえ、恥ずかしくない言動をとってもらいます」
はきはきと返事をしたルーに続いて、ヘティも声を出したのだが、ぎろりと睨まれてしまった。
「返事は短くはっきりと」
「あ、はい…」
「聞こえません」
「は、い」
大きく、と思ったら今度はおかしな間ができてしまい、ため息をつかれてしまったが、それでもこの場はとりあえず中に入れてもらえて、ヘティはほっとした。
そうして、雇われた以上はこの初仕事を首と言われるまで頑張ろうと、心に決めた。それが『責任』というものだろうし、『自活』というものだろうから。
ついでに、ルーの正式名がルーシーだと知れたことに気持ちが少し浮上してくる。ヘティの脳内で、フルネームを名乗り合って親友の誓いをかわす憧れの本のワンシーンが展開されていた。『私、ルーシー·ノースウッドは、汝ヘティ·ブラントと、永久の友情を誓います』ルーがスミレ色の瞳をまっすぐにヘティに向けながら、銀色の髪に口づける。お姉様のその仕草に恍惚となりながら、ヘティもまた誓うのだ。『私ヘティ·ブラントは、汝ルーシー·ノースウッドと、永久の友情を誓います』そうして、互いの髪をお揃いのリボンで結び、友情の証として…ああ、リボンはスミレ色がいい。お姉様の瞳の色に揃えるのだ。それから場所はやっぱり夕暮れの花畑で…
幸せな妄想に耽っていたヘティが、女性名である以上、ルーシーが『正式名』とは言えないことに重い至ったのは、深夜布団に入る直前のことだった。




