緑抱く英知の君が芽吹いた日
陽光重なり、色とりどりの光球が舞う、美しく神秘的なその森で。
――緑光の命が、生まれた。
『Erf?』
天から降りそそぐやわらかな光が、そのまま満ちる開けた緑地。
そこで、今しがた生まれた命を囲み、人型の精霊たちが語り合っていた。
『Erf. …Dikeian, HiErf Nin. Izin, Ro Sii Re…?』
『Lin. …zin, Nin.』
薄く光る輪郭を揺らめかせ、小首を傾げながらの語り合いは、今自らが囲む命の、その種族についての話。
――新たにこの森に生まれた命は、しかし、とても不思議な存在であった。
緑、青、赤、茶……それぞれの色をもつ瞳が、そっと下へと向けられる。
そこには、包み込むようにその幼い身を優しく草に抱かれた、赤ん坊がいた。
きらきらと煌くよそ風に揺れる、金と見まがう、若葉のような明緑の髪。
幼子特有の小さな顔の中、実に不思議なことに……すでに英知を秘めている、ぱちりと瞬く深緑の瞳。
そして――草に守られ、精霊たちに囲まれるに相応しい――エルフ族特有の、長い耳。
この幼子は、一見では確かに、エルフ族の者であった。
……しかし、そうであるならば、明らかにおかしな点が、ひとつ。
それは、この幼子がこの神秘的な森の中に、温かな緑の光に包まれて――唐突に、生まれ出でた存在であること。
……エルフ族は、その種が生まれたはじまりの頃より、母親と父親の間に子を成してきた種族である。
それはつまり、生まれたばかりの幼子がエルフ族であった場合、近くに母親や父親がいることが、普通だということ。
――転送魔法でも、精霊たちのイタズラでもない出現の方法は、この幼子が、少なくともただのエルフ族では無いことを、端的に示していた。
故に、人型の精霊たちは語り合う。
彼はエルフだろうか? と。
それに対し、エルフだろう、と。
少なくとも、特殊だからと言って、王族というわけではないはずだ、と。
そしてむしろ、この子は自分たち精霊に、近しい存在のように思える……と。
最終的に、精霊でもない、と結論を出した人型の精霊たちはしかし、時折無邪気に笑い声を立てるこの幼子から、瞳を逸らさない。
実は、精霊たちがこの幼子に対し、不思議に思う理由が、もう一つあった。
それは、この生まれたばかりの幼子が放つ、優しい――緑の光。
内に宿している魔力は、確かに純粋魔力であり、その色は澄んだ青色だ。
――であるにもかかわらず。
その幼子から放たれる雰囲気は、芽吹く若葉、茂る巨樹、古き緑の声――それら全てを思わす、〝緑〟なのだ。
そして……そういった性質を持つものの代表は、まさに幼子を囲む、精霊たちなのである。
明らかに特殊な存在であるその幼子。
しかし一方で、その幼子を邪険に扱おうという気は、この森に生きるもの全てが、思うこと無く。
『Agramia?』
ぽつりと、問いかけの言葉が零れ落ちる。
美しい精霊言語で紡がれたその言葉の意味は――〝輝く宝石〟。
次いで、うーんと思案声。
『fiina――Sermia?』
〝賢き宝石〟は?
こちらの方が良さそう、と紡がれたその言葉に、次は否定が響いた。
『Nin. Mnelion』
『…Lialin.』
いいや。〝天の息子〟だろう。
そう響いた言葉に、なるほど、と納得の声。
――そこで、ふと一体が、今まで沈黙したまま幼子を見つめ続けていた別の一体に、問いかけた。
『Re Liarei?』
君はどう思う?
その単純な問いかけに、沈黙していた一体はそっと顔を上げ、ふわりと微笑み――告げた。
『Izlendia』
その意味は――〝考え深き男〟。
今までの意見から外れたその言葉に、他の精霊たちが顔を見合わせ、首を傾げる。
その言葉は確かに、この幼子を表すに、いささか普遍的過ぎるものであった。
しかし、その言葉の真意を、紡いだ一体に問いかける、その瞬前。
――まるで、その言葉に反応するかのように、幼子の放つ緑光が、ふとその輝きを強めた。
次いで響く、無邪気な笑い声。
『Izlendia?』
とても楽しそうに――あるいは、嬉しそうに笑う幼子へ、言葉を……名前を紡いだ一体が、その名前で幼子へと問いかける。
返ってきた反応は――満面の笑顔であった。
ふと、その場に光が満ちる。
薄い雲から姿を現した太陽が、眩い光を巨樹と精霊たち、幼子へと注ぎ込む。
まるで、太陽さえもその誕生を、祝福するかのように……。
――〝おめでとう〟。
そう、誰かの祝福が木霊した。
――これは、後の時代で世界にその名を響かせることとなる、強きエルフの誕生秘話。
芽吹く緑の雰囲気を纏う、緑光のエルフが生まれたこの日。
〝精霊王の祝福を〟――と響く声が、幾重にも重なった。
そして、この日から。
緑抱く命の物語が――はじまった。