王子の悩み
そこには朝に会った、久遠さんが立っていた。
「あ、はい……」
み、見られてたよね……
「あれだけ強く叩かれて、大丈夫じゃないよね?しかも、ここ……切れてるよ?」
スッ
白くて長い指が唇の端に触れる。
「ッ……、だ、大丈夫ですから」
ヤバい……いきなりの事にドギマギしながら
やっとの事で発した言葉。
それも虚しく、
「ダメだよ?女の子なんだしね?一緒に保健室に行こう?そしたら場所も分かるしね」
ギクッ
「は、はい……」
痛いところを突かれて、返事をするしかなかった。
それにしても……
「どうしてそんなに、女の子に優しいんですか?」
「うーーん……そんな自覚とか無いんだけどな……僕はみんなにこんな感じで接してるよ?」
oh…天然タラシかい……
「そ、そうなんですね。でも、それじゃあ告白とかされた時はどうするんですか?」
「えっと……告白はそこまでされたこと無いから……返事する時はなるべく丁寧に、お断りするよ。そしたらみんなすぐに納得してくれるよ」
まあ、この人に言われればそうなるでしょうね。
「そうですか……でも、付き合おうと思ったことは無いんですか?」
「そうだね。数回付き合ったことはあるし、何回もその子の事を好きになろうと努力してみたんだけど…無理だったんだ」
努力って……
「そう言うのって、努力するものじゃなくて、自然に相手のことを好きになるもんじゃ無いんですか?」
「きっとそうなんだろうね。でも僕には、そう言う経験はまだ無いんだ……」
「えっ!ウソ……」
正直驚いた。だって、絶対モテるのに本気の恋愛したこと無いなんて……
「やっぱりおかしいかな?」
「なんか、おかしいって言うよりも意外ですね」
「意外?どうして?」
「だって、私よりも断然、恋愛経験ありそうなのに……じゃあ、チューしたこととか無いんですか?」
「自分からは無いかな……って何でこんな話しているんだろうね?」
「はっ!す、すみません……」
「いや、良いんだ。こんなことを話したのはキミが初めてだよ。名前を聞いても良いかな?」
「あ、西川 ひなのです」
「ひなのちゃんって呼んでも良いかな?」
「あ、どうぞ。あの……」
「僕は久遠 聖夜。好きに呼んでくれていいよ。ひなのちゃん。」
「……ッ」
いきなり男の人に下の名前で呼ばれると、恋愛経験なんてほとんど無い私は、少し照れてしまう。
「どうしたの?顔が赤いけど……」
「いや、何でも無いです。じゃあ、久遠さんって呼ばせてもらいます」
「うーーん……何だかそれって他人っぽいよね?」
そんな、ウルウルした目で見られましても…
「じゃ、じゃあ……せ…いや、さん…」
ふわっ
「ありがとう」
それは先ほどの爽やかスマイルではなくて、ホッとしたような、どこか名前を呼んでもらえて喜んでいる感じもするような、自然な微笑みだった。
「やっと、ほんとうに笑ってくれた…」
思わずそんな事が口からこぼれ出た。
「えっ?」
「あっ、すみません……」
「いや、良いよ。ひなのちゃんはスゴイね。ずっと周りの事ばっかり考えてて、人に合わせてるだけだったから……特に、女の子にはね」
どうして?と聞きたかったけれど、どこか悲しそうな顔をしていたので、結局聞けなかった。
「そうなんですね……」
「でも、ひなのちゃんには自然体でいられる気がするよ。何ていうか、落ち着くっていうか、ホッとするんだ」
「私もですよ?今日とか、本当に助かりました。ありがとうございます」
「こちらこそ。あと、もう一回だけ名前呼んでくれる?」
「えっ……」
しかも、そんなにウルウルした目で見られたら言わなきゃいけなくなりますよね。
ふぅ。
ちょっと一呼吸おいて……
「聖夜さん…これで良いですか?」
「うん。これからもよろしくね」
「は、はい」
そう言って差し出された手を握る。その手はとても暖かった。