ある施設の存在
時刻はまだ夕方の5時前、こんな中途半端な時間に私は帰路に就いています。
何故かと言うと、朋美の音痴を直す為に皆必死になり出したから。
よっぽど、朋美を学園アイドルにしたいらしいです。
私は、学園アイドルよりも本物のアイドルになれとの指令が下ったけれども、多分そのままでも大丈夫と言われた。
私ってアイドルっぽい? いやいや、そんな事はないです。
ちょっとお手本がてら私もアカペラで歌ってみたら、机に突っ伏して死んでいた皆さんが、一斉に体を起こして復活した位です。
いや、その前の朋美の歌が相当だったからであって。
あんなあからさまな態度は無いと思うけどな。
そして、私は商店街を抜けて行く。また人だかりが出来そうになったので、急いで駅に向かいましたよ。
テレビに出されると、こんなにも大変な事になるとは思わなかったよ。
すると駅の前に1台の車が止まっていた。
そして、男性の運転手の方が誰かに手招きをしている。
いや、私? 違う違う。そう思って辺りを見渡して見るけれど、買い物帰りの主婦ばっかり。
あっ、そっか。奥さんを迎えに来たんだね。
そう思って、私は駅へと向かう。
「おい、明奈~こっちこっち」
すると、私の名前がその車の方向から聞こえて来たので、私は再度車に目を向ける。
そこには、後部座席から窓を開けて、私に手を振っている谷口先輩の姿があった。
「谷口先輩! どうしたんですか?」
私は、慌てて車へと駆け寄る。
そして車の中を確認すると、後部座席には更に2人の男性が乗っていた。
そう、ガブリエルこと坂谷君の姿。
そして、もう1人『スター・エンジェルズ』でドラムを担当している、ウリエルの姿もあった。
革ジャンを着ていて、相変わらずのソフトモヒカンはどう見てもヤンキーにしか見えないです。
「まぁ、乗ってくれ。話したいことがあるからな」
「丁度良かった。私もなんです」
そして、運転手の方が降りてくると扉を開けてくる。
流石は、アイドルを送り届ける運転手さん。完璧ですね。
後、もしかしてもなくマネージャーだったりもするのかな?
その辺りは後でいいやと思い、とりあえず私は車に乗ろうとする。
しかし、その前に谷口先輩が降りて、私に先に乗るように言ってくる。
えっと、そうなると……。
「あっ、ちょっと待って!」
いや、戸惑ってるんだから押さないでよ谷口先輩。
だけど、そんなことはお構いなしにと私の背中を押して、車に乗せてくる。
そう、私は3人に挟まれるようにして車に乗り込む事になったのです。
は、恥ずかしいんですけど。
そして、谷口先輩も再度乗り込んだのを確認して、運転手は扉を閉める。
その後、運転席に戻り車を発進させる。
「どうぞ」
車が発進した後、隣にいた坂谷君が私にドリンクを手渡してくる。
さすが、執事をやっているだけあって気配りなんか凄いものですね。
ただ、何でそんな人がアイドルをしているのかが、不思議でしょうがなかった。
いったいミカエルは、どんなことを言ったのかな?
「さて、明奈。突然の事で戸惑っているよね?」
「あっ、うん。何で、ミカエルは私なんかを選んだんだろう。後、私なんかがミカエルの変わりなんて出来るのかなって。もう、昨日から色々考えちゃってるよ」
そう言って、私はドリンクに口を付ける。
あっ、これ。私の好きなメーカーの微炭酸のリンゴジュース。
何で、坂谷君が知ってるの?
私がびっくりした目で坂谷君を見ていると、坂谷君は笑顔になりこう言ってくる。
「好きな人の事は、何でも知っていないとね。大丈夫、翔から聞いただけだよ」
谷口先輩にも、私がこの飲み物を好きだって事は言ってないはずだけど。
そして、今度は反対側にいる谷口先輩に目をやる。
すると、谷口先輩も笑顔になっている。
「いつも、それを飲んでるのを見ていたからな」
ずっと見ていたよって遠回しに言われたよ。恥ずかしいな、もう。
それと、さっきから何だか視線を感じるんですよ。
そう思って視線を感じる方に顔を向けると、ウリエルの人が私をガン見していました。
「あっ、えっと……何ですか? ウリエルさん」
「んっ? あぁ、名前がまだだったな。脇田仁だ。つ~か、お前可愛すぎるな」
「んぐっ!」
危うく、ジュースを噴き出しそうになりましたよ。
ストレートに何を言ってるんですか。
「だがな、可愛いってだけでアイドルはやれねぇぞ。分かってんだろうな?」
ほんとに、ストレートに言ってくる人ですね。
確かに私は、ほとんどが流されて色々やらされている感じだ。
だから、今でもアイドルやれって言われても自信が無く、こうやってウジウジと悩んでいるのです。
「分かっていますよ。それくらい」
私は、顔を俯かせてそう呟く。
その姿に、坂谷君が慌てて脇田さんに注意する。
「ちょっと、言い過ぎだよ! 仁君!」
「黙れ、俺達は中途半端な覚悟で、ミカエルに着いてきた訳じゃね~んだよ」
脇田さんは、一歩も退かずに坂谷君にくってかかっている。
この2人、犬猿の仲って感じだね。
「てめぇもそうだろ坂谷。天使の羽根の奴らの差別を無くす。その思いでやってきたんだろう」
私は、その言葉に少し驚いた。
それは、とても見た目とは似つかわしくない言葉だったからです。
何で、この人がそんな想いを持ってアイドルをしているのか、ほんとに想像がつかなかった。
「明奈。ちょっと、こらから見て欲しい施設があるんだ。それを見て決めて欲しい。俺達と一緒に来るかどうかをね」
いつにも増して真剣な顔の谷口先輩に言われ、私は無言で頷いた。
『スター・エンジェルズ』の行動理念、その原点。
確かに、それを知っておかなければ、私は彼らと同じステージには立てない。
そして、数十分後。
車はそのまま大通りから、少し入った所にある静かな住宅街の中を進む。
そして、病院の様な建物の前に止まる。
そのまま私は、3人と一緒に車を降りてその建物を眺める。
その建物は2階建てになっていて、白を基調としており清潔感溢れている。
そして、その建物の入り口の看板にはこう書かれていた。
『羽休めの場』
「ここは……?」
もっと、大きな看板で何か書かれていると思ったら、割と小さな木で出来た看板に書かれていた。それだけでは、何を意味するのか分からなかったので、3人に聞いてみた。
「ここは、『天使の羽根症候群』の人達の中で、心の傷を負った人達が集う憩いの場さ。NPOが協力してくれているから、こういう施設が用意されたんだ。でも、それは全てミカエルさん一人でやったことだ」
谷口先輩がそう答えてくる。
そして、それと同時に嫌な視線を後ろから感じる。
私は後ろを振り向くと、どうやらこの辺りの主婦の方らしい数人の方が、私の羽根を見てひそひそと何かを話している。
「まぁ、何て汚らわしい羽根」
「羽根が生えている時点で人間じゃないのにねぇ」
「何で国は、こんな物を保護するんでしょうかねぇ。ウチの子に感染したら、どう責任取るのでしょうねぇ」
「あ~やだやだ。早く駆除してくれないかしら」
聞こえてるよ。いや、聞こえる様に言ったのかな。
すると、谷口先輩が私の肩を掴み、中に入る様に促してくる。
他の2人も嫌悪感を露わにしています。谷口先輩も、私を掴む手に力が入っている。
これは、傷が深そうだね。
だから、看板は小さくして分かりにくくしていたのか。
私は、まだ羽根が生えて3ヶ月しか立っていない。どんな迫害を受けたなんて、全く分からなかった。
ここでそれが分かれば、私の中で何か答えが見えてくるかも知れない。
私はそう思いながら施設の中へと入っていく。




