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ラスト・エンジェル  作者: yukke
第1章 天使の羽根
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ショッピングモールにて

 俺達は、病院から車で10分程の大通りに面したショッピングモールについていた。

休日は、いつも駐車場が満車な位に人で溢れかえっているが、今日は平日ということもあり、車はまばらだった。


「さて、先ずは腹ごしらえしないとね~」


 母さんが先頭に立ち、足早に3階のフードコートに向かっていく。

確かに、病院では何だかんだで2~3時間はかかっていたしな、腹が減っていた所だ。

その後の試練を考えると、食欲も失ってくるが考えないようにしよう。

ちなみに、今羽根は消している。他と違う黒い羽根は、好奇の目で見られるに決まってる。


「そうそう、あなた考えた方が良いわよ。女の子の体は男とちがって、食べられる量が変わってくるからね」


 母さんが振り返って、俺に忠告してきた。

そうか、胃も小さくなってるからか。これは、損した気分だな。

そうやってブツブツ言いながらもフードコートにやってきていた。


 そして、母さんはパスタ屋にオヤジはうどん・そば屋に向かっていった。

俺はもちろん、ラーメン屋だ。ここのフードコートには、チェーン展開している有名なラーメン店が入って居る。

もちろん、迷わずそこへ向かう。


「どうしよう、いつもは大盛り頼むんだけど母さんが言ったように、食べられる量が変わってるんだったな……」


 食べられないと困るので、大盛りは止め普通の量を頼んだ。

人が結構居るので、出来るまで待つことになる。そして、アラームを手渡されて席を探す。

キョロキョロしてると、「こっちこっち」と聞き慣れた声がした。

そちらを見ると、オヤジと母さんが既に空いてる席についていた。

俺もそちらに向かう。


「一瞬誰だか分からずに、戸惑っちゃったわよ~違ってたらどうしようかと思ったわ~」


「そんなに分からない?」


 俺は怪訝な顔をして母さんを睨んだ。


「あなた、まだ自分の姿をじっくりと見てなかったわね。今日、お風呂で見て慣れときなさい」


「げっ、しまった。風呂って事は、裸見ないとかよ」


 自分の裸とは言え女の体だ、想像してたら顔が熱くなってきた。絶対に顔真っ赤になってるな。


「後、呼ぶときに気づいたけどその姿で晃じゃ不自然なのよね。さっきも呼びかけたけど、周りから変な目で見られそうだったし止めといたわ」


「む、そうだな。この際だ、新たな名前と共にその性格も改善すればどうだ?」


 オヤジは、相変わらず余計な事を言う。


「性格なんて、そう簡単には直らないだろ」


 俺はブスッとしながら背もたれにもたれかかる。

しかし、オヤジは何やらブツブツとあごに手を当て考え事をしていた。

こうなると、オヤジはもう俺達の言葉は耳に入らない。


 ピピピピピ


 軽快なアラーム音が3つ同時に鳴り響く。


「おっと、取りあえず食うか」


 オヤジがアラームに気づき立ち上がる。

俺達もそろって立ち上がり、それぞれの所に行き出来上がった物を持ってきた。


「……ってやっぱり、あなたその量」


 母さんが、俺のラーメンに目を落として言ってきた。


「何か文句ある?」


「文句もあるわよ。何、そのメンマの量……」


 母さんは、相変わらず信じられないという目をしてきた。店員さんも同じ目をしていたな。

そう、俺のラーメンには山盛りのメンマがのっていた。


「メンマは別腹だ問題ない。それくらい大好きなんだよ、ほっといてくれ」





 昼ご飯を食べ終え、お腹をさすりながら洋服コーナーへと向かう。

あれだけでもお腹パンパンだ、飯の量はほんとに考えないといけないな。


「さ~て、お洋服もだけれども。その前に……」


 そう言いながら、母さんは洋服コーナーの隣にある、女性用の下着売り場に足を向ける。


「あっ、やっぱそっちからか?」


「当たり前じゃない。これは、避けては通れないわよ」


 そう言いながら俺の腕をガシッと掴んできた。


「いや、別に。そこまで女の子にしなくても……」


「駄目です。胸の形も崩れるし、せっかく良い体つきしてるんだから、ちゃんと付けなきゃいけません!」


 こんな母さん初めて見た。涙目でオヤジに訴えるも、オヤジは腕を組み「行ってこい」と言わんばかりに力強く頷いた。

ダメですかダメなのですか。俺の男としてのプライドは、こうやって徐々に崩されていくのか……


 母さんに引きづられながら下着売り場に入る。

ピンク一色で統一されたその店内は、男だったらあまり味わう事は無いであろう雰囲気を醸し出していた。


「いらっしゃいませ~!」


 若い店員が、来店の挨拶をする。こういうモールに入ってる店舗なんかは、苦情がきたらモールのイメージにも関わってくるので、教育がしっかりされている。

俺のバイト先の人達にも、こういう所を見習って欲しいものだな。

あ、そういやバイトどうしよう。今日は夜勤だぞ、でもこんな状態でバイトなんか行けるかよ。事情を話してしばらく休むしかないのか……


「ほら、何してるの。サイズ測ってもらうわよ」


 いつの間にか、母さんは店員さんと話していてサイズを測って欲しい事を伝えていた。

ここまで来たら引き返せない。

渋々そちらに向かい、店員さんに促されるように試着室に入る。


「じゃ、失礼しますね~」


 ジャージ姿だし変に思われないかとも思ったが、割と気にせず店員さんはテキパキとサイズを測ってくれた。

少し、くすぐったかったが我慢だ。


「え~と……トップとの差が15センチの、バスト85なので70のCですね」


 やはり、Cだったか。妹の望がいたし、それよりも少し小さいくらいだったから、それぐらいと考えてたが俺はなかなかいい目を持っていたな。

その後、ヒップやらも測ってもらいそれに合う下着を探す。


 母さんはやたらと可愛いのを選んでいた。花柄が付いていたり、パンツなんかは小さなレースが付いていたりした。

そういうのは却下しようと思い、かごから出して戻そうとしたが……ガシッと手を掴まれ睨まれた。

ダメだ、こんな母さんほんとに初めて見た。迫力に負け、渋々母さんに下着を選んでもらった。


「さて、次は洋服選びね~取りあえず、ボーイッシュなのから定番の清楚系。1着くらい可愛いのが合っても……良いわよねぇ?」


 凄みを利かせて言ってくる母さんの後ろからは、凄まじいオーラが解き放たれていた気がした。


「あ、は……はい」


 もはや俺には拒否権などなかった。

その間オヤジは、少し離れて何処かに電話をしていた。そして、真剣に何か話をしている。何だろう?

でも、嫌な予感がするので気にしないでおこう。


 あんなに生き生きしてる母さんも、何時ぶりだろうか。

あぁ、でもスカートばっかり選んでる。ヒラヒラのフレアスカートから、プリーツスカートまで選んでる……しかもミニばかりだぞ。止めろ、そんなの履くとか耐えられん。

あ、でもそのロング丈なら清楚系の服と合わせれば何とか……ってそんなこと考えるな、落ち着け。

深呼吸。 


「母さんは楽しそうだな。もう1人女の子が欲しいと言っていたから、内心嬉しいんだろうな」


「うひゃい!」


 いきなりだったから変な声がでた。恥ずかしい。

電話を終えたオヤジが、俺の後ろから肩に手を置き話しかけてきたのだ。

俺は後ろを振り返り、オヤジを睨み付けた。


「俺の後ろに立つな」


「おいおい、お前は何処かのヒットマンか?」


 くそ、変な声聞かれた。恥ずかしい。

俺は、あまりの恥ずかしさにとっとと前を向き直した。


「母さんはあれでもお前の為にと、前向きに明るく振る舞ってるんだ。その好意を無駄にするなよ」


 オヤジ、手に力入ってる。止めろ痛い痛い。

これは……もしかしてもなく、脅しか。脅しなのだな。

ダメだこの両親、これを気に俺の性格を直そうと躍起になってやがる。

元に戻れるかもしれないんだぞ。心まで女になってたまるか。

俺は、決意を新たにし拳を作り握りしめた。

しかし、その決意はこの日の内に脆くも崩れ去る事になる。

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