まるで女の子
私は、期待と不安が入り混じった様な、複雑な表情をしている美奈ちゃんを、朋美ちゃんの部屋の机に座らせた。
もちろん、その机の上にはくしと鏡と、ちょっとしたアクセサリーが置いてある。
よく、少女漫画とかではドレッサーとか書いているみたいだけれど、朋美ちゃんはそれよりもゲーム等にお金を使っちゃうので、置いていないのです。
「さて、と。あっ、そうだ。朋美ちゃんは、この子の羽根の手入れの方お願いしていい?」
「分かった、任せといて」
「じゃぁ、ちょっとだけジッとしていてね」
「う、うん」
私の言葉に、美奈ちゃんはコクリと頷いた。
よし、先ずはボサボサの髪をくしでといてと。
やっぱりまだ子供だからサラサラしているね。羨ましいな。
簡単に髪が整うからね、これなら少し髪型を作ってあげても良いかな?
いや、まだこの歳でそれは良いかな。
私が、そうやって髪をときながら思案している間、朋美ちゃんは優しくゆっくりと、濡らした手で羽根の手入れをしてあげている。
鳥の羽なんかは特別な油がないと、羽毛が綺麗に整わないけれど。
私達のは鳥の羽ではない見たいで、羽根を濡らすくらいで簡単に整うことが出来るの。
後は、割と簡単に自然乾燥するから、ドライヤーで乾かす必要もない。
「ねぇ、美奈ちゃんは大きくなったら何になりたい?」
美奈ちゃんの緊張を解すためにも、私は簡単な内容の話をする。
学校ネタは今はダメからね、無難な所ではこれくらいかな?
「えっ? う~んとね。笑わない?」
「んっ? 笑わないよ」
私は、にっこりと笑ってそう返す。
あっ、枝毛がある。この歳で枝毛ておか……。あぁ、髪の毛引っ張られて裂けたのかな?
「あのね……えとね」
「ん~?」
私は、気付かれないように笑顔のままで、美奈ちゃんの答えが来るのを待っている。
机の上の手鏡に私の笑顔が映っているからか、美奈ちゃんは手鏡を見ようとしない。恥ずかしがっている?
「わ、私大きくなったら。お、お姉ちゃんみたいになりたい」
「え? 私?」
そう聞き返したら、美奈ちゃんは小さく頷く。
あれぇ、すごくハードルが低いような。
「えぇ? 私なんか、全然だよ~」
でも、私のその言葉に美奈ちゃんは首を横に振る。
あぁ、ちょっと。せっかく直した髪がまたボサボサになるよ。
「お姉ちゃんに会うまでは、アイドルになりたかったんだけどね。でも、アイドルはいじめられたりしないでしょ。美奈はいじめられたから、もう無理なんだ。だから私、まずはお姉ちゃんみたいに綺麗な女の子になりたい」
あらら、アイドルの方がよっぽど目指しがいあると思うのにな。
それに、この子の中にあるアイドルに対しての偏見って言うのかな? それが強いね。
「そっか。でもね、アイドルの人達もいじめられたりしているんだよ」
「嘘?!」
私の言葉に、美奈ちゃんがものすごく驚いている。
どれだけ、凄い人達の集まりだと思っていたんだろう。
確かに、誰でもなれるわけではないけれども、彼女達にだって色々あるんだからね。
「それに、私の様になりたいなら。もう叶っちゃったよ」
そう言うと、私は頭をポンポンと撫でてあげる。
すると美奈ちゃんは、片目を瞑った後に鏡を覗き込む。
「えっ? これ、私?!」
朋美ちゃんの方も、丁度羽根の手入れが終わったようです。
肩までの黒髪セミロングは、くしで綺麗にといてあげたので、さらさらと流れる様に綺麗な髪をなびかせ、前髪は目をしっかり出すように分けてあげた。
たったこれだけでも、さっきと全然違うからね。
後は、頭にリボンの付いたカチューシャを付けてあげる。
すると、美奈ちゃんの目がキラキラと輝き出している。
美奈ちゃんは素材は良いんだからね、しっかりとオシャレをすればある程度のレベルにはなるんだよ。
しかも、朋美ちゃんが手入れをしてくれて、傷がほとんど見えなくなった綺麗な羽根とも相まって、かなり可愛い天使の女の子が鏡に映っている。
「……お、お姉ちゃん達。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。ね? 私以上の、可愛い天使の女の子になれたでしょ?」
「ううん、まだお姉ちゃんの方が綺麗だよ」
私の言葉を否定するように、美奈ちゃんは首を横に振る。
そして、さっきと同じキラキラとした目を私に向ける。
「私、やっぱりお姉ちゃんみたいになりたい! その黒い羽根の方が綺麗だもん!」
あっ、そう言うことか。私みたいにって、私のこの黒い羽根の方が良いということなんだね。
「う~ん、私のこの羽根の事は内緒にして欲しいかな? 世界で私だけだと思うから」
「えっ、ほんとに?! う、うん! 分かった!」
キラキラした目がもっと輝いているよ。
だいぶ元気になってきてくれているようで良かったな。
「後、これも上げるね。学校に行くときは、これで前髪を留めたらいいよ」
私はそう言うと今日買ってきた物の中から、星型の髪留めを取り出して、美奈ちゃんに手渡した。カチューシャも私が買った物だけどね。体が小さくなった時の、オシャレに使えるかなと思って買ったけれど、美奈ちゃんの方が似合いそうだったからね。
「えっ? 良いの?」
「うん、美奈ちゃんに上げるね」
「ありがとう!」
美奈ちゃんは、嬉しそうに髪留めを受け取りお礼を言ってきた。
そうやって笑っている方がいじめられないと思うよ。
完全に安心は出来ないけれどね。
ただその様子を朋美ちゃんが、ずっと口を情けなく開け広げて眺めている。
「ちょっと、どうしたの? 朋美ちゃん」
「明奈ちゃん、女の子みたい」
「それどういう意味?」
何だか失礼な言葉が飛び出したから、笑顔のまま語尾を強めて怒りを出してみました。
「あっ、ご、ごめん! そうじゃなくて、より一層女の子っぽくて、何かあったのかな~って思ってさ」
成る程。やっぱり、今の私は今までの私とは違っているみたいだね。
でも困ったな。前の私がどんな様子だったのか分からないし、怪しまれないようになんて、ちょっと無理かもしれない。
「ふ~ん、お姉ちゃん。いつもと違うの?」
美奈ちゃんが、不思議そうに首を傾げている。
あぁ、この子には何の事か分からないもんね。
「そうそう。この明奈お姉ちゃんね、いつもはあんまりオシャレとかしていなかったのにね。今は、オシャレの事にこんなに一生懸命だからさ、ちょっと変だな~って」
前の私ってそんなのだったの……。恥ずかしいなぁ。
そんなに男っぽい感じだったのね。
「そんなの、決まってるじゃん。明奈お姉ちゃんは、恋しているんだよ!」
美奈ちゃんが、自信満々にそんなことを言ってくる。
恋したら女性は変わるってよく言うけれども、私は多分違うと思う。
「あ~! そっか、なるほど!」
でも、どうやら朋美ちゃんは納得したようです。
朋美ちゃんは単純だなぁ。
その後、数十分美奈ちゃんとお喋りしていると、お隣の人が帰ってきたらしく。美奈ちゃんを迎えにきた。
美奈ちゃんの変わりぶりに驚いており、私達にペコペコと必死にお礼をしていた。
「それにしても明奈ちゃん、ほんとに好きな人できたの?」
「ん? もぉ、美奈ちゃんの言葉信じちゃうの?」
「だって、そう言われたら納得だもん」
う~ん、困ったな。
そう思っていたら、丁度家族からメールが来て、宝条さんが家に来たことを教えてくれた。
「あっ、ごめん! 今日家族と外食するんだった。今日は帰るね~また、明日!」
「あっ、もう! 明奈ちゃんったら~」
朋美ちゃんのそんな声を聞きながら、私は足足早に朋美ちゃんの家を後にした。
ごめんね朋美ちゃん。私も、まだこの事態を整理しきれていないんだよ。
落ち着いたら、ちゃんと説明してあげないといけないよね。




