新たなソロモンの悪魔登場
私は、自分の部屋で暇をもてあましていた。
学校へ行こうとしたら、止められたのです。
そう、この姿は全校生徒には見られていないので、怪しまれるという事なのです。
この前は遠目だったために、皆にはハッキリとは分からなかった様で、何も聞かれませんでした。
でも、今回はさすがに登校するときに全員に見られるので言い訳できない。なので、風邪という事にして今日は休む事になりました。
明日、朋美ちゃんにノート見せて貰わないと。
私は、しっかりと勉強をしないとテストで赤点とっちゃいそうなのです。
「はぁ~暇だな~」
自室のベッドに寝転がりながら、お姉ちゃんの部屋から持ってきた雑誌をめくる。
「あ、この服可愛い。ん~こっちもいいな~」
何で、私はこういう服をあんまり持ってないんだろう?
やっぱり元々男だったというのは本当なのかな?
いまだに信じられないや。私は、起こしていた上体を寝かせて考え事を始める。
だってよくよく思い出すと。私は高校に入った頃の記憶はあるけれど、その前の記憶がすっぽりと抜けていたのです。
「う~ん。つまり私は、その時に男から女になったのかな? 男としての記憶が無くなってるということは、男だった時の記憶も消えちゃってるのかな?」
足をパタパタさせて頭を抱える。あんまりにも考え過ぎちゃって、頭が痛いです。
お昼もさっき食べ終わったし、気分転換にちょっと出かけようかな。
初夏の為、最近少し暑苦しくなりだしている。
そう言えばもうすぐプール開きだ。それに夏休みは、綾子がこの前の大会で手に入れた無人島に、バカンスにも行くんだった。
入り用な物を見てこないと。
私は、出来るだけ動き易い格好に着替えて、肩掛けカバンを持ち玄関に向かう。
「お母さ~ん。ちょっと買い物に行って来る~」
「あら、ちょっと。その子供の姿で外に出て良いの?」
お母さんが余計な心配をしてくる。中身は子供じゃないから大丈夫なのに。
「もう、大丈夫だってば。中身は高校生だよ」
「それもそうだけどね。絶対に、変な人にはついていかないようにね~」
「分かってま~す!」
ほんとに、世間一般では良いお母さん何だろうけれど、こうやって心配ばかりされるのも面倒くさいかな。
そうぼやきながら私は駅へと向かう。
その道すがらに、入り用な物を頭に思い浮かべながら歩いて行く。
「ふぎゅぅ……何で、平日なのに混んでるの?」
電車は何故か満員。一体感どういう事なのか分からない。
そもそも、通勤ラッシュの時間でもないですよ。
あっ、ちょっと、押さないでよ。
「ひやっ?!」
え? 誰? 今、お尻触ったの。
今の私は子供の姿だよ。そんな子のお尻を触るなんて、ロリコン?!
「くっくっく。どうや、この混雑っぷり苦しいやろ?」
あれ? どこかで聞き覚えのある声がしますね。
そして、声のする下の方に私は目線を下げた。
そこには、全身黒タイツの悪魔の姿がありました。
でも、その悪魔もこの満員っぷりに押しやられたのか、上半身が下に追いやられて曲げられてしまい、変な格好になっていた。
そして、さっきお尻を触られた様に思ったのは、この人の触覚が当たっただけでした。
皆、見えてないから容赦なく押し潰されていますよ。
大丈夫でしょうか?
「えっと、大丈夫ですか?」
私は、電車の出入り口に追いやられて居るから、そんなに押されてはいないけれど。
「ふははは、わてはコレぐらい。わけな……いっぎゅぅぅううう」
あぁ、見えなくなりました。また、次々と人が乗ってくるから、私も苦しくなって来ました。
「うぅぅ……後、一駅なのに。どうやって降りよう」
そうこうしてたら、もう着いちゃうよ。
どうしよう。あっ、でも待って。
あの隙間、体が小さい今なら行けそう。
「うっ、くっ。すいません、次で降りるのでちょっと通してください!」
私は、そう叫びながら人と人の間を縫うようにして、出入り口に向かう。
だって次の駅は開く扉が反対側だからね。何で、こんなに押しやられなきゃならないのかな。あの悪魔さん余計な事をして。
「お、おま……たすけ」
あらら、悪魔さんの手だけが見える。しょうが無いなぁ。
私は、悪魔さんの手を掴んでズルズル引っ張りながら、次の駅で開く扉の方に着いた。
すると、ちょうどその時駅に到着した案内が聞こえる。
そして、扉が開くと人が流れる様に外に飛び出していく。
「きゃぁぁああ!!」
小さな体では、押し飛ばされて当然だと思いますよ。
でも、よく圧迫死しなかったよ。あの状態なら、最悪何人かはそうなっていたんじゃないかな?
「あっ、そういえば悪魔さんは?」
悪魔さんの手を握っている私の手を確認すると、その先で悪魔さんがペラペラの紙みたいになっていました。何このギャグ漫画みたいな展開。
すると、急に突風が吹き荒れ悪魔さんが飛ばされて行っちゃいました。
「ひぃぃいいい!! あっ……?!」
でも、途中で飛んで来たゴイサギが、その嘴で悪魔さんをキャッチした。
「あ、あぁぁ……あなたは!」
見るからに悪魔さんが恐怖に脅えている?
だって、ペラペラの紙みたいになっているから、脅えて震えているのか風でなびいているのかが分からないの。
そして電車が発車すると、そのゴイサギが線路の上の電線部分にヒラリと止まる。
よく見ると綺麗なゴイサギさん。
すると、突然私の耳に雑音が入らなくなる。
「あ、あれ? なにこれ? えっ? えっ?」
でも、実際は私のこの声も聞こえていない。
つまり、突然耳が聞こえなくなったのです。
すると、今度は私の声が響いてくる。
『ふん、こいつがダンタリオンを追い返した奴か? 信じられないくらいに弱い奴だな。しかも、何か反動を受けてしまっているのか、力を一切感じられんしな』
な、何これ? 誰? 私の頭に話しかけるのは?!
私はキョロキョロと辺りを見渡すが、誰も怪しい人はいない。
『目の前に居るだろうが、明らかにこの場にそぐわぬ鳥が、見えてないはずの下級悪魔をくわえてるだろうが』
ま、まさか? そして私は再び、前方の上の電線に止まっているゴイサギに目をやった。
その目は怪しく光っていて、明らかに普通の鳥では無いことを物語っていた。
だって、黒いオーラみたいなのも出てるもん。
「ま、まさか。あなた」
自分の声が聞こえないのが、こんなに不安になるなんて。
でも、とりあえず声を出してみる。
『そうだ。今、私は貴様の頭に直接言葉を送っている。そしてお察しの通り、私はソロモン72柱の序列44位、大侯爵シャックスだ』
その言葉に私は体が震えた。
だって、今は力が使えない。こんな所で勝負を挑まれたら勝てない。
『ふふ、安心しろ。私は、こう見えて交戦的ではないのだよ。むしろ私の目的は、お前をこちら側に引きずり込む事さ』
そうだった。確か私は、ルシファーが転生してしまったウイルスを宿しているんだった。
だから悪魔の中には、こうやって私を悪魔側に引きずり込もうとする奴も居るわけなんだね。
『それに、今日はお前がどんな奴か見に来ただけだ。しかし、力を使いすぎた反動でそんな姿になっているとは思わなかったぞ。よって、後日改める事にしよう』
「きゃっ?!」
シャックスがそう言うと、途端に辺りの雑音が私の耳に響き渡る。
再び耳が聞こえる様になったみたいだけれど、しばらく無音の世界を体感していたので、急にこの音量は耳が痛くなってしまい、私は咄嗟に両手で耳をふさいだ。
でも、それは周りから見ると不自然だったことにも気づき、ゆっくりと両手を耳から離す。
その後、再び上を向くとシャックスは飛び去っていた。
あの悪魔を嘴でぶら下げながら。相変わらず、扱いが酷い気がします。
「う~ん、交戦的じゃないのは有難いけれども。悪魔側に引き込もうと誘惑してくる方が、厄介かもしれないな。後、聴覚を奪う能力なのかな? 耳が聞こえなくなったのは、あいつのせいだよね」
私は、新たな悩みの種が増えたことに憂鬱になったけれど、今回の悪魔は周りに被害は出なさそうなので、いくらでも対策は出来そうかな?
頭でそんなことを考えながら、私は駅を出てショッピングモールに向かった。




