虚弱な天使
見事に優勝を果たした俺達は、司会者からインタビューを受けている。
「いや~! 登場から仲良しと一芸を同時にアピールする、その前代未聞のやり方に度肝を抜かされましたね! あれは、どちらの立案で?」
「それは明奈ですわ」
てっきり自分が考えたと言いそうだったけれども、意外と素直でした。
まぁ、この人あんまり裏表ないしね。
「そうなんですか! すばらしい!! よほど仲良く無ければ出来ないことです! お金でいうとおりにさせようとしても、無理でしょうね!」
この司会者も凄いね、遠回しにじゃなくてあからさまに、他の人達のやり方を批判しているよ。
「さぁ! でわ皆様今一度優勝者に惜しみない拍手を!!」
再び、割れんばかりの拍手ご起こる。
でも2位と3位の人達も、表彰されるために舞台に上がっているんだから、そっちにも注目してあげようよ。俺ばっかりはさすがに恥ずかしいよ。
そして、ようやく舞台から降りて会場のテーブルに向かう。
だが、ここでも俺の周りに人だかりが出来てしまい、飲み物すら取りに行けない。
「やっぱり素晴らしかったわ、あなた!」
「綾子さんがうらやましいですわ!」
「こんな素敵な人と友達になれるなら、この身分を捨ててもいいかも」
「友達なんて生温い、俺の彼女になってくれ」
うん、最後の方になんか余計な事を言っている人がいるけれど、右から左に聞き流しておこう。
それよりも……。
「だから、羽根は触らないでぇ!! ひぁっ?!」
こら、誰ですか!! 掴んだのは!!
あぁ、そんなに羽根をなでなでするなぁ!
そして良く見たら羽根持ちの人達も混ざっているよ~!
「良いな、飛べるなんて~」
「こんなにいっぱい動かせるなんて便利だよね」
「これに比べたら俺達のなんか、そこらのハトの羽根となんら変わらないよな」
「そうそう、私のよりも触り心地良いもん~」
「しかも、何だか良い匂いもするし」
「黒いのに綺麗なんて反則よね~」
「ずっと見ていたい~」
あぁぁ、そんなにベタベタ触らないでぇ。
君達にも羽根があるでしょうが!!
1枚1枚、じっくり触ってみないでよぉ!!
必死で口を抑えていないと、変な声が漏れてしまいそうです。
でも、容赦なく触ってくるしだんだん触ってくる人達が増えている。
「ん、んぅ……。くっ、うぅぅぅ」
耐えろ耐えるんだよ、ヤバそうだけど耐えるしかないよ。
とにかく、宝条さんに助けを求めようと視線をうつすと……。
あの女王様の様な笑みを浮かべながら俺を見ていた。
あっ、しまった。嘘でしょう。この人、今のこの状況を楽しんでいる?!
すると、一際強い刺激が俺を襲う。
誰かが、思いっきり羽根をなでまくっているらしい。
「んぅっ?! んぅぅ……んぃ。ん~!!!」
俺は、思い切り腰が抜けてしまいその場にペタリとへたり込んでしまった。やっちゃいました、大勢見ている前で。はい。
俺は、急いで羽根を動かして皆の手を振り払うと、自分の前に持ってきて羽根で体を包み隠した。
もう、無理。今絶対、だらしなくよだれが垂れて目も涙目なんだよ。
「ひぃ、はぁ。だ、から。羽根は、はぁ、はぁ。ダメだって」
羽根の隙間から、絶対涙目になっているであろう目で、とにかく皆を睨みつける。
すると男性女性問わず、全員顔を赤くしてフリーズしている。
でも止めるの遅いよ。
「あらあら。だらしないですわよ明奈」
そもそも、宝条さんが止めずに面白がるからでしょう。
俺は、必死に宝条さんに文句を言おうとするも、そもそも立ち上がれないのでそちらに行けない。
「ふふ。可愛いですわよ」
すると、宝条さんの方からこちらに近寄ってきた。
チャンスだ。俺はペットのブタお兄さんとは違うんだよ。
しかし、次の宝条さんの言葉で俺は文句を言えなくなってしまった。
「そうですわね。頑張ったご褒美に、今回の優勝賞品で頂いた南国の無人島へ、夏休みに皆でバカンスに行きましょう」
「えっ? む、無人島……?」
「そうですわ。もちろん、安全はバッチリと確保したものですけどね。プライベートアイランドというやつですわ」
金持ちが集まると、賞品のスケールがとんでもないことになっていましたね。
でも、そんな夢の様な事を夏休みに出来ると聞き、さっきの事を許してしまっている。
「そ、そんな素敵な計画を立てられたら。文句言えないじゃんか。でも、私はペットじゃないからね。さっきの綾子の目ヤバかったよ」
それでも、少しは注意しておかないとね。だけど、表情からして全然聞いて無さそう。
とにかく、俺は一旦休みたかったのでその場をよろよろと立ち上がる。
「あら? 明奈、何処へ行くのですか?」
「ちょっと、向こうの壁際のイスで休んでる」
俺は宝条さんの問いかけに、イスの置いてある方を指さして答えた。
そして、そのままフラフラとそちらに向かう。
「はぁ……もう。ほんとに、お金持ちの人達は加減を知らないのかな?」
イスに座り、俺はすぐに愚痴を呟いた。
興味があるのは分かるけれどもね、少しは人の話を聞いて欲しいかな。
「あの人達は、綺麗な物や美しい物には目がないからね」
その言葉に、俺はうなだれていた頭を持ち上げ声のする方に顔を向ける。
すると、そこには執事の服を着た小柄でショートヘアーの男子が立っている。
何も知らない人が、その人を見ると絶対に中学生か、下手したら小学生と言われるのでは無いだろうか。それ位に童顔です
そう、俺の横に居たのは『スター・エンジェルズ』のガブリエルであった。
「あ、えっと……」
でも、俺はこの人の本名を知らない。何て呼ぼうかと悩んでいると。
「あっ、ごめんごめん。本名まだ言ってなかったね。坂谷亮太だよ」
そう言うと、にっこりと笑い手に持っていたジュースの入ったグラスを俺に手渡した。
「あ、ありがとう。坂谷君」
「どういたしまして。でも、これでも翔君と同じ歳だよ」
「えぇ?! あっ、ご、ごめんなさい」
信じられない。そんな見た目で?!
いや、見た目で判断したらダメなんだろうけれども。それにしても、小さすぎる。
「まぁ、こんな見た目じゃしょうが無いよね」
「いや、ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃ……」
あ~やってしまった。
何だか申し訳ない気持ちになる。
「ふふ、君は素直な子だね。嘘があんまりつけない性格なのかな?」
ついてますよ。物凄い嘘だらけですよ今の俺は。
すると、坂谷先輩覇俺の隣のイスに座ると、俺をジッと見つめてきた。
あ、そう言えば。この人も俺を狙ってるとか言ってたっけ?
「やっぱり、君の羽根は奇麗だね。うらやましいよ」
「あ、ありがとうございます」
あれ? でも『スター・エンジェルズ』の皆は、ミカエル以外『天使の羽根症候群』のはず。でも、この人は羽根が見当たらない。
「あの、えっと。谷口先輩からあなた達が『スター・エンジェルズ』だと聞いたんですけど」
「えっ?! 言っちゃったの? 翔君」
「あっ、でも。ほとんど私が勘で言い当てたのを、正直に話してくれただけです」
「そっか、凄いね君は。それでも、僕達に対して普通に接するんだね」
あれ? それってそんなに意外な事なのだろうか。
正直な話、目の前にアイドルがいると言われてもピンと来ないのです。
アイドルに興味無いからなのかな?
「この事は、言いふらしたりしていないですし、する気もないです」
「うん、見て分かるよ。君がそんな人じゃないって事は」
あれぇ? 意外と高評価なのは、何故でしょう?
「君、以前学校で羽根出したでしょう? 翔君、それを撮っていてね。興奮した様子で僕達に見せてきたんだ。僕達はそれを見て君に引かれ、ゴールデンウィークに湖に会った時に一目で全員、君に恋してしまったのさ」
歯の浮くようなセリフを、そんなにもスラスラ言えるあなたはすごいでよ。
俺が男の時では、絶対に言えないセリフの数々です。
「でも、既に翔君が色々してるっぽいよね。同じ学校なのは、うらやましいよ。でも、やっぱり今日会ってみて素敵だと思ったよ」
なんだか、面と向かって言われると恥ずかしくなる。
後、気になっている事があるんだった。
「あ、ありがとうございます。あっ、そう言えば『スター・エンジェルズ』の皆も『天使の羽根症候群』って聞きました。谷口先輩は、片方しか無かったから隠していたけども、もしかして坂谷先輩も見せられない理由が?」
「そっか、翔君は見せたんだね。凄いな。好きな人に見せられるなんて」
余計な事を言っちゃったかな? 坂谷先輩が凄く落ち込んでいる。
地面にめり込みそうな勢いでね。
「でも、羽根を持っている人にはそれぞれ抱えているものがあるからね。しょうがないと思うよ。ここの人達みたいに、のびのびと見せられる人なんてほとんどいないと思うよ」
一応、俺なりに励ましいるのですが。
あんまり効いてないかな? 根は深そう。
「僕はね。育児放棄されたんだよ。いわゆるネグレクトさ」
わぁお、急に語り出したよ。
何だろう、谷口先輩には負けたくないという男のプライドでしょうか。
昔は俺も持っていたものだね。
そりよりも、ネグレクトはちょっとキツそうだな。無理そうなら途中で止めようかな。
「僕は、必要とされていなかったんだ。親が堕ろすためのお金がなくて、嫌々産んだんだって。それで、赤ちゃんの頃ろくに母乳も貰えず、食事もさせられずに、餓死寸前の所を不審に思った職員に助けられたのさ」
坂谷先輩の手は、きつく握りしめられ話すのがかなりキツそうである。
見ているこっちも、何だか胸が苦しくなってくるよ。
「あの、無茶しないでも……」
「いや、君には聞いて欲しいんだよ。何でだろう。君の目はしっかりと僕を見てくれている。その目に、哀れみも同情もないように思えるんだ。1人の男性として見てくれている気がするよ」
そりゃあ、男性の決意ってものだしね。無茶でも何でもしちゃうのは分かるよ。そこに、同情や哀れみなんてしても意味ないし、そんなものが欲しいわけではないよね。
「とにかく、僕はそれで虚弱体質なんだよ。そのおかげで学校では、よくいじめられていたよ。そして、だいたい1年くらい前に羽根が生えたんだよ。でも、生えてきた羽根はこんなのだった」
そう言うと、坂谷先輩は皆に気づかれないように、上着の背中部分だけをまくり上げる。
するとそこには、何とも可愛らしいキューピッドの様な天使の羽根が生えていた。
「あっ、可愛い」
「へっ、可愛い?」
しまった、ついうっかり口が滑ってしまった。
気を悪くしたかな。謝らないと。
「ご、ごめんなさい。あまりにも可愛い羽根で、口をついて出てしまいました」
「あはは、良いよ。そんなことを言ってくれたのは、君が初めてだよ」
そう言いながら、坂谷先輩は上着を着直す。
でも、何であんなに小さいのだろう。
「皆は可愛いと思っても、僕が男性だからなのかそんな言葉は言ってこなかった。同情か哀れみの言葉しかね」
確かに、普通は失礼にあたるから皆言わないし、無難な言葉をかけるとそんな言葉しか出てこないのだろう。
「でも、君に可愛いと言われると何だか悪い気がしないんだよね。この羽根は、多分ネグレクトを受けて十分な栄養を貰えずに、虚弱体質になってしまったからこうなったんだと思う」
なるほどね、羽根を生やすのに十分な栄養が無かったわけですか。
「でも、僕も男性だからね。ちょっとでも、君に逞しいって思ってもらいたいからね。やっぱり、他の皆に負けたくはない。こんな僕だけど、絶対に振り向かせて見せるよ」
そう言うと、俺の前に膝をつき手のひらにキスをしてきた。
一瞬の出来事だった為に、俺は為す術なくボーッとしてましたよ。
「じゃぁね。お姫様。今度は二人きりで会おうね」
坂谷先輩はそう言うと、例の美海お嬢様の所に駆け足で戻って行く。
でも、途中で息切れして早歩きに変更しております。
そういえば、確かあの人はコンサートでもそんなに動いていないし、あんまり歌っていないんだよね。
何で、『スター・エンジェルズ』に入れたのか、今度ミカエルに会ったら聞いてみますか。
「明奈~さっそく求婚されていたのかしら?」
「ふぇあっ?!」
いつの間にか、斜め前に宝条さんが居て、腰に手を当ててにやにやしながら俺を眺めていました。
「えっ? いや、違う違う。学校の先輩の友達だから、ちょっと話をしていただけ!」
「ふ~ん。まぁ、確かにそんなに仲良いという感じではなかったようですし、信じてあげますわ」
そりゃ親密には見えないでしょう、あれだけだと。
最後のは油断したけどね。
でも、アイドルのイケメンの人達は皆照れがないですね。
「それよりも、明奈。皆さんが、最後にもう一度羽根を触りたいとおっしゃっているのですよ。宜しいですわよね?」
「えっ?」
ちょっと、待って下さい。それはさすがに無理ですよ。
「いや、ちょっとそれは……」
「あら、南国の島でもバカンス。贅沢なお料理もたくさん出ますわよ」
それを出されたら抵抗出来ませんよ。いや、羽根くらいはってなっちゃう威力があるんですよ。
でも、やっぱりダメ羽根はダメ!
「脱兎の如く、逃げる!!」
俺は、会場の出入り口に向かい一目散に逃げ出す。
「あら! 逃がしませんわよ!! はっ!」
すると、宝条さんが胸元からロープを取り出し、俺に向かって投げてくる。
しまった!! どこにしまっているんですかあなたは!
しかし、気づいた時には遅かった。俺は、見事に亀甲縛りにされ身動きが取れなくなった。
「わきゃぁぁぁああ!!」
これ見ている時は、何でこんなのが恥ずかしいのかなって思っていたけれど、実際されるとめちゃくちゃ恥ずかしい。そして、完全に身動きが取れないの。首も動かせないの。相変わらずの宝条さんの凄腕にびっくりです。
「負けるかぁ……!!」
もはやシャクトリ虫の様に、這いずる事しか出来ないのが情けない。
そうだ! 坂谷先輩、こんな時こそ頼もしさを……って、ちょっと駆け足と早歩きしただけで、息が切れて座り込んでいらっしゃる。
頼もしい男性になるには時間がかかりそうですね。
そう思っている間に、皆が俺の周りを取り囲む。
「あっ……ちょっ。だめぇぇぇええ!!」
あぁ、俺の尊厳は何処に……。




