天使のお友達コンテスト 前編
成り行き上仕方ないのですこれは。
高級なランチに吊られたんじゃないです。
あれは、宝条さんにとってあれが普通なのだから、俺を断れないようにするためとかそんなのではないはずです。
だからしょうがない。
そう、言い聞かせても俺はこの状況に非常に緊張していた。
女になって女の服とかは色々着てきたのだけれど、これは初めて着るのだから。似合っているか分からない、いや似合ってないんじゃないんだろうか。そして、何故かひたすら恥ずかしいです。
「明奈~準備出来ました?」
「はい、綾子お嬢様バッチリです!」
「いや、待って! 私の心の準備の方がまだ……」
そう言いきる前に、俺を着替えさせてくれたメイドさん達が扉を開けて俺を引っ張り出す。
「まぁ! 綺麗ですわよ、明奈」
「ふぇぇ。そ、そうかな?」
そう、今の俺は高級そうなホルターネックの黒いドレスに、後ろ髪もまとめ上げており完全なパーティー向けの格好になっている。
もちろん、宝条さんも同じ様な格好をしている。
しかし、宝条さん相手にはどうしても緊張してしまう。やっぱりご令嬢どからなのかな。
でも、宝条さんはそんな俺に不満でもあるのだろうか、やたらとフレンドリーに接してくる。
ご令嬢など気にするなと言うことなんだろうけども。
こういう所に連れて来られたら逆効果ですよ。
「ふふ、緊張しているのかしら? 大丈夫よ、明奈は綺麗ですわ自信を持って下さい」
「そ、そう言われても……こんな大勢にじっくり見せるのは初めてだよ~」
そう、学校の人達にも見せているとはいえそれはほんの一瞬である。
後はせいぜいクラスメイトくらいかな。
でも、今ここには宝条さん程ではないにしても、お金持ちの方々が沢山集まっている。
ざっと見たところ、2クラス分くらいの人達はいるだろう。
「さぁ、行きますわよ。明奈」
そう言いながら、宝条さんは俺の腕を引っ張り、皆が集まるホールの中へと連れて行く。
でも、その間もすれ違う人達からめっちゃ見られている。
「うぅ、なんか奇異な目で見られているよ~」
「そんなこと無いわよ。羨ましくて眺めているのですわ」
その前向きな考え方は見習いたいかも。
でも、やっぱりどちらかというと奇異な目で見られていると思うよ。
「ふふ、ここの人達はいい人達ばかりですわ。心配しなくても大丈夫です」
本当だろうか?
俺の不安を他所に、宝条さんはホールのメイン会場に入っていく。
そこはお金持ちのお嬢様やお金持ちのボンボンが数十程いる。
そして、皆天使の羽根を生やした人を連れている。
「へぇ、さすがお金持ちの人達だね。まだ『天使の羽根症候群』の人達が、一万人程度しかいないのにこんなにも集めるなんて」
「えぇ、殆どの人達はその財力で無理やりってわけですが。私はその様な事をして得た人を、果たして友達と呼べるのかと考えているのです」
なるほど、でも俺達も出会ってまだ日が浅いですよ。
友達と言われても、何かボロが出そうで怖いな。
後、会場に入った瞬間全員一斉にこっちを見ているよ。
宝条さんはそれが凄く嬉しいのだろう、鼻高になりながら意気揚々と歩いていく。
メイン会場は、小さなテーブルが複数ありちょっとしお菓子や飲み物が置いてある。
皆、立ちながらそれぞれの天使の友達を紹介したり自慢しあったりしている。
だが、おそらくメインは舞台での発表なのだろう。
そして宝条さんが、1つのテーブルに向かいそこにあった飲み物を手に取ると俺に渡してきた。
「コンテスト開始までまだ少しありますから。これを飲んで落ち着きなさい」
「あ、ありがとう。でも、皆ざわついてない? 後、話を止めてこっちばっかり見ているよ~」
「それは、あなたの羽根が珍しくてとても綺麗だからよ」
宝条さんは、自分の事の様に誉めてくる。それが逆にむず痒い。
すると、俺達の元に誰かが近づいてくる。そして宝条さんに向かい、甲高い声で話かける。
「お~っほほほほ!! 綾子さん! こんな所でお会いになるとは、奇遇ですわね。でも、ここに来るのは場違いではありませんか?!」
耳栓が欲しいくらいに、近くで聞くと耳鳴りがします。どんな声をしているんですか、咽はどうなっているの?
「あら? 美海さん。こちらの方が見えないのかしら?」
そう言うと、宝条さんは商品を案内するかのような手つきで俺を紹介する。
「私の親友の明奈です」
そう言われて、俺はペコリとお辞儀をする。
「まっ!! まさか~どうせ、誰かから借りたのでしょう。あなたが、こんな……」
「いや同じ学校でクラスも一緒だしね、家族ぐるみでおつきあいしている程の親友ですよ。綾子とはね」
あまりにも、あからさまな嫌味だったので咄嗟に反論しちゃったよ。
でも、家族ぐるみでお世話にってのはあながち嘘ではないはずだよね。
大人の社会のことだけどね。
「なっ、あっ。あ、あぁ、あなたにそんな、そんな……」
その金魚見たいに口パクパクさせるネタは、俺がランチの時にやったからね。
すると、隣から少し高めの男性の声が聞こえてきた。
「美海様。ご準備の方ができました」
「ふん、今まで見たことない黒い羽根の子だからって、それが全てじゃないですからね!」
負けフラグ確定の捨て台詞を吐いて、そのお嬢様は去っていく。
その時、そのお嬢様に声をかけた男性の姿を見て驚いた。
ウィッグを付けていないから皆は分からないだろうけれど、俺はゴールデンウィークに会ったことが会ったから一発で分かった。
『スター・エンジェルズ』のメンバーである。
背が低くて、よく見たら子供みたいな顔立ちの男性である。
メンバーの中で一番背が低い人ということは、ガブリエルを名乗っている人かな? あの人が一番背が低かったはず。
そして、その人は俺に気づくとペコリとお辞儀をして、お嬢様の後についていった。
俺と同じくらいの背丈で、下手したら中学生に見えちゃう。
そう言えば、前に谷口先輩から他のメンバーにも色々人に言えない過去があるみたいな事を言われたっけ。
だとしたらあの人も。
「どうしたのかしら明奈? もしかして、さっきの方がタイプなのかしら?」
「あっ! 違う違う。誰かに似ているな~っと思って」
あまりにも見ていたから怪しまれてしまった。
でも、『スター・エンジェルズ』は全員天使の羽根を持っているからコンテストに出るのかな。と一瞬考えたけれど、すぐにあり得ないと悟った。
あの人には羽根が無かったからね。いったいどういう事なんだろう。
もし、このコンテスト中に話ができる機会があれば聞いてみようかな。
「綾子さん、綾子さん。そちらの方は綾子さんの?」
「えぇ、そうですわよ。親友の明奈ですわ」
えっ? あれ? いつの間にか人がいっぱい集まって来てませんか?
そして、皆宝条さんに話かけては俺の事を聞いてくる。
あっ、でも。待って待って。羽根は触らないでよ!
「ひゃんっ?! ダメ! 私の羽根は敏感なんだから!」
誰ですか触ったのは!!
「さ、触り心地も最高だなんて……くっ、今回は私辞退させて頂きますわ」
「えっ、どれどれ?」
「私にも触らせてください!!」
人の話を聞いてますか?! ねぇ、皆目が怖いよぉ!
「あ、綾子。助け……」
あぁ、ダメだ。他の人に自慢気に話しているし、むしろお宝は見せびらかすだけじゃなく、触らせてこそ違いを感じさせる事が出来る。とか考えてそうな顔をしているよ!!
「ひゃぁ!! ダメダメ、そんないっぱい触らないでぇ!!」
く、くそ。最近は1人位なら耐えられる様にはなったけれども。こんな十数人も一度には無理!
「ひっ、あぅ! ダメ!! 止めてぇぇぇええ!」
会場内には俺の叫びが響くも誰も手を止めなかった。
金持ちは限度を知らないのでしょうか? お金の使い方もさることながら、興味のあるものへの関心は凄まじいものがあります。