発症?
窓から雀の鳴き声が聞こえる。これで、鶏のあの軽快な鳴き声が聞こえてきたら完璧なんだが。さすがにそんな定番はなかったな。
朝日が窓から差し込み、朝の到来を告げる。
とりあえず、昨日の夜のあのだるさは無くなっていた。
しかし、今度は体に違和感がある。ついでに背中も何かが付いているような、そんな感覚がある。
俺は、ニュースでやってたあの症状を思い出した。
『天使の羽根症候群』という単語が頭によぎる。
俺は恐る恐る、寝ながらだが背中に手をやる。
すると、もさもさした感触が返ってきた。
間違いない、この感触は羽根だ。俺の頭は一気に真っ白になった。
俺には関係無いと思っていたことが、自分の身に降りかかるなんて。天罰なのかこれは。
「と……とにかく、病院いかないと」
絶望しつつも、なんとか現状を把握しようと声を発したら可愛らしい声が聞こえてくる。
俺は、耳がおかしくなったのかな。とりあえず耳に指を入れて、中の掃除をして。
うん、これで何とかいつもの声が聞こえるはず。耳がおかしかったんだな。
「とりあえず、起きて寝汗を……おぉぉ?!」
何とか低い声をと意識させてしまっても、可愛い声しか返ってこなかった。
「なんだこの声?!」
俺は、がばっと飛び起きた。その時、更なる違和感を感じる。なんと、髪がばさっと横から落ちてきた。どうも、俺の頭から伸びているようだ。
そして、胸にも何か付いている。
目線を下にすると、胸に盛り上がりがある。
「いや、そんな。まさか……」
ついでに股間にも違和感がある。こちらは付いてる感覚がない。
「あ、ああぁぁぁ?!!」
俺は、叫びながら1階の洗面所に走りながら降りた途中何度か転びそうになるが、怪我しようがなんだろうがお構いなしだ。それくらい、俺の頭はパニックになっていた。
洗面所にたどり着くと、俺は鏡に自分の姿を映し出す。
するとそこには、昨日までの俺の姿以外の人物が映し出された。
腰までの黒髪で、前髪はきっちり切りそろえられたロングヘアー。顔は小顔で、パッチリ二重に少しつり目。更に、150センチ無いであろう小柄な体は、すらっと細くてくびれまでしっかりある。胸は、Cカップくらいかな。程々の大きさだ。
俺は、体をなぞるように確認していく。鏡の前の人物も同じ動きをしているということは、これは俺なのだろう。
もはや、俺と分かる名残はつり目だけだ。そう俺は、15歳くらいの美少女になってしまっていた。
そして、背中には立派な羽根も生えていた。これは今話題の『天使の羽根症候群』か?
しかし、大きく違うところがある。
天使の羽根が生えた者は、今日本だけでも一万人を超えているみたいだが、男も女も関係なく全員純白の白い羽根がが生えている。
しかし、俺だけは白くなかった。そう、漆黒の様に真っ黒な羽根が生えていたのだ。
「な、なんなんだこれは!! 普通の『天使の羽根症候群』とは違うのか……?」
この症状が普通ではないため、普通という概念が当てはまるかは微妙だが。とにかく、今はそれだけ頭が混乱しているということだ。
「だ、誰?」
扉の方から声が聞こえる。この声は望か?
扉の前で、不審者を見るような目をしていた。
当然だ、朝いきなり見ず知らずの人が洗面所に立ってたら、誰だって不思議がる。
「の、望。俺だよ。晃だよ……信じられないだろうけど、信じてくれ」
俺は、引きつった顔で望に訴えた。しかし、分かってはくれないだろう。どうすれば分かってもらえるんだ。
「アキにい? ほんとに?」
望がそう言うと、1階にある両親の寝室から何事だと両親が。そして、階段からブタまで降りてきた。
そりゃあれだけ盛大に階段を駆け下りたんだ。誰だって起きてくるよな。俺も、自分がこれだけ早く駆け下りられるとは思っていなかったさ。
「何? 騒々しいわね……って、どちら様?」
「なんだ、君は?」
母さんに次いでオヤジも、さっきの望と同じように不審者を見る目で言ってきた。
「ぶ、ぶひぃ。もろタイプの美少女……」
ブタは黙ってろ。
「オヤジ、母さん。お、俺だよ、晃だよ」
何とか分かってもらおうと、必死で訴えた。
「晃ですって?! そんな……何を言い出すの?」
母さんは驚いた顔をしている。当然だ息子が一夜でいきなり女にとか、現実ではあり得ないからな。
すると望がじ~っと俺を見ながら言ってきた。
「でも、私深夜にアキにい見てるよ? それから誰かと入れ替わるなんて出来る? 後、アキにいの部屋から出てきたし、迷わず洗面所まで向かってるよね?」
感謝するぞ、望。確かにその通りだし、信憑性もあった。
望は小さい頃から、こういう所は鋭いのだ。
とにかく、望の言葉を信じ全員リビングに向かう。
そして、俺を対面にし家族全員がテーブルについた。
「じゃ、アキにいしか知らない事質問して、それ全部答えられたら間違いないよね?」
その望の問いにゆっくり頷いた。
そして、望は俺の生年月日から趣味、好きな食べ物。
色々と質問をしてきた。ちなみに好きな食べ物はラーメン。嫌いな食べ物は、ピーマンだ。子供みたいといわれそうだが、しょうが無いだろ子供の頃から嫌いで、未だ克服出来ていないからな。
両親はその様子を、じっと見ていた。ほんとに息子かどうか、その一挙一動を見逃すまいとしていた。
意外なことにブタもじっくり見て……い、いや違う視線が違う。こいつ性的な目で俺を見てやがる。ブヒブヒやかましいし、おぞましい。
パチーン!!!
気づいたら俺はブタに平手打ちをしていた。無意識に本能で動いたようだ。
「ぶひぃ!!! 何するんだ?!」
「うるさい、見るなブタ」
蔑むような目で睨んでやったが、ブタは恍惚な表情をしていた。
「その目……やばい、俺新たな扉開いたかも」
「ひいぃぃぃ!!」
身の毛がよだつ。こいつがこんなにキモいとは。
俺が身震いしてると、望が立ち上がった。そして。
スパーン!!!!
何やら軽快な素晴らしい音が鳴り響いた。
「ブヒイイィィ!!」
そのままブタは倒れ込んだ。気絶したのか?
ふと望を見ると、ニコニコしながら巨大なハリセンでブタを引っぱたいていた。
あれ? でも、ハリセンにそんな威力あったか?
更に、よく見ると何とハリセン一枚一枚に鉄板が仕込んであった。
望の笑顔が怖くなってきた。恐ろしい。
「望“さん”、それ怪我しないか?」
俺は恐る恐る聞いた。何故か“さん”付けになったのは、やはり恐怖からだらうか。
「え? だって、こうでもしないと、女の人が男の人を気絶させるなんて無理でしょう?」
いつも通りの顔で返してきた。そもそもそれでも無理だぞ。どんな腕力しているんだよ。
天然とは何と恐ろしいことか。
「まぁ、今のやり取りで晃なのは間違いないでしょう話し方や挙動など、晃のまんまですからね。質問も的確に答えていたわ。あなたは?」
オヤジはずっと難しい顔をし、腕を組んで睨んでいた。渋さが出てきたその顔で睨まれたら少し怖い。
「確かに、その態度は間違いない……ほんとに晃、お前なんだな」
その問いに、俺はしっかりした目でオヤジを見た。
「羽根が生えてるということは、『天使の羽根症候群』か?」
「そう、だと思う……」
俺は自信が無く答えた。
何せ、こんな症状は聞いたことが無かったからだ。
オヤジは、ため息をついて続けた。
「とにかく、今日病院に行く」
「あなた、仕事は?」
母さんが心配そうな顔でオヤジを見た。
「息子が、『天使の羽根症候群』になったと言えば大丈夫だ」
そう言いながらオヤジは、立ち上がり続けた。
「とりあえず、全員着替えて朝飯だ。食わんと頭が働かん」
同感だった。気づけば7時30分を過ぎており、さすがに腹が減ってきた。
皆席を立ち、部屋に着替えに戻る。望は何かに気づき、慌てて部屋に駆け込んでいた。学校の事を忘れていたようだな。春休みは来週からだしな。この時間では遅刻確定だがな。
ついでにブタを蹴ってみたが、起きないのでこのままにしとこう。
部屋の前に着き俺は足を止めた。
「ちょっと待て、着替える? この体で、服を脱がなきゃいけないのか」
女の裸なんて初めて見るんだぞ……無理だ、そんなの。どうすれば。
俺は頭を抱え悩み始める。