過ぎゆく春休み
俺は、リビングのテーブルで不機嫌な顔でトーストにかじりついた。
この流れ、昨日もやったよな。
もちろん、今日もトーストはこんがりと焼きすぎかと思うくらいに焼かれていた。
「ごめんって、明奈ちゃん~機嫌直してよ~」
「ダメです。さすがにあれはダメです、許せません」
望は、がっくりと肩を落としうなだれた。
あれから俺は、1時間望の責めに耐え続けてましたよ。
望が目を覚ましたとき、俺は肩で息をし涎を垂らし、頬を紅潮させていた。
それに気づいた望が慌てて俺の心配をするものの、俺の口から自分がやったことだと聞かされて、顔をトマトの様に真っ赤にさせ自分の部屋に駆け込んだ。
「良いな~僕もその中に混ざりたかったな~」
ブタがポテチを頬張りながら、羨ましそうに俺達を眺めていた。
というか、それがお前の朝飯か。朝から何を食ってるんだ。
「守、朝はせめてしっかりしたご飯を食べなさい」
「ふっふ、抜かりはないですよお母さん。見よ! ノンフライのポテチだ~!!」
ブタが、自信満々にポテチの袋を見せてきた。
「望、ハリセン頂戴」
「3種類あるけど、どれがいい? 鉄板付きと、スパイク付きと、特注の鉛で出来たハリセン」
ちょっと待って、最後何て言いいました。とっても危ない物だったような気がするが。
「じゃぁ、鉛の方で」
「母さん、そっち選んじゃダメ~!!」
この親、息子を殺す気か。朝からえげつないことをするな。
というか、その間にブタが慌てふためいて部屋に走って行ったぞ。
「全く、冗談が通じない子ね」
「いや、目が本気だったよ……」
俺は、母さんに注意をしといた。どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、分からん親だしな。
「ふぅ、やれやれ。ようやく何とかなりそうだ」
そう言いながら、父さんが1回の書斎から上がってきた。
「あれ? オヤ……お父さん何してたの?」
危ない危ない。オヤジと言いそうになったが、母さんが瞬時にこっちを見てきたので、慌てて訂正したよ。
「はは、いきなり呼び方を変えるのは難しいだろうが。母さんもあまり無理やりは止めておいてやれ」
中身が男である為、意識しないと女の子の言葉使いにならずに苦戦するな。咄嗟に言葉を発するとこうなる。
「さて、明奈。ようやく、高校への入学手続きが終わった。母さん、制服のサイズを向こうに伝えないといけないから、教えてくれんか?」
「はいはい、分かりましたよ」
ちょっと待て、何かおかしいぞ。
あぁ、そうだ。アレをしてないぞ。
「あ、待って。入学試験とかは?」
そう、高校入り直しとか言うがそう簡単ではない。
「あぁ、それは心配するな。明奈、お前が通っていて望も今通っている高校にしたんだ。そこには、父さんの恩師が理事長をしていてな、校長なんかは父さんの後輩なんだぞ」
オヤジはいったいどんな人脈を持ってんだ。素直に感心していた。
「あと、役所には俺の同級生もいる。戸籍も何とかしてもらうように頼んだ。お前は、何の心配もせず人生をやり直していけば良い」
濃い人脈を持った親がいて助かりました。ほんとオヤジには感謝しても仕切れない。何故、男の時にもこうやって助けてくれなかったのだろうか、考えても今はもう関係ないか。
「父さんの人脈は凄いでしょう、それに部長にまでなってるしね。絶対にこの人は、将来絶対出世魚になると思ったのよ~」
すると、それを聞いた望がとんでもないことを口走った。
「え? お父さんって魚じゃないよね?」
「……」
その瞬間、全員無言になった。
そして、テレビからバラエティ番組の笑い声が聞こえてきた。
テレビさん、タイミング良すぎるよ。
「えっ? えっ? 私、やっちゃった?」
望は、たまにマジボケしてくる。本人も多少自覚はしてるらしいが、直せないと嘆いていたな。
「望、たとえよ。まぁ、望の言うこともあながち間違いではないけどね」
「うぅぅ~」
望は、顔を赤らめて俯いてしまった。
しかし、望がテレビに目を向けた次の瞬間。
「あ!! 『スター・エンジェルズ』が出てる!!」
「へぶぅ!!」
望が、俺の頭を押さえつけてテレビに飛びついた。
そりゃ、テレビは俺の方向にあるからってこの仕打ちは酷いぞ望。
「大丈夫、明奈?」
「ひたい」
母さん、心配してくれてありがとう。でも、鼻打ってしまいました。
俺は、涙目になりながら顔を上げた。
「やれやれ、望はあのアイドル達の事になると周りが見えなくなるからね」
『スター・エンジェルズ』は、今人気のアイドルグループだ。
メンバー4人全員が、『天使の羽根症候群』にかかっているのだ。
名前も芸名だが、天使の名前を使っている。
実は、天使の羽根が生えた人達への偏見や差別を無くしていったのは、このアイドル達のおかげと言っても過言ではなかった。
政府に必死に働きかけ、CMなどの広報活動を行ってきた。その甲斐あってか、今は差別や偏見が無くなってきたのだ。
天使の羽根が生えた人達にとって、この人達は命の恩人に近い存在であろう。
「はぁ~やっぱ、ミカエルが1番かっこいいな~」
ミカエルって言ったが、夢で会ったあのミカエルじゃないと思う。
姿が見えなかったから、確証はないがな。
「そう言えばさ~明奈ちゃんが会った天使もミカエルだったよね? もしかして、この人とか?」
「ん~分かんない。姿が見えなかったからな~」
望はテレビに向かったままだ。そして、スタジオで生演奏が始まった。
それに合わせて望も口ずさんでいた。
「なんだ、望はそういう奴らがタイプなのか?」
オヤジが、トーストを食べながら望に向かって言ってきた。
「違うよ、好きなアイドルと好みのタイプは違うよ~こういう人と付き合いたいとか、そういう想いじゃないから」
「そ、そうか。それなら良いんだ」
なんか、オヤジがホッとしてやがる。父親とはそういうもんなのかね。
いつの日か娘が彼氏を連れてやってくる。娘が貰われていく感覚というのは、父親にならないと分からないね。
俺は、ココアを飲みながらそんなことを考えていた。
「そう言えば、娘が2人になったからお父さんは不安が2倍になってるわね。明奈もいつか彼氏連れてやってくるのじゃないかってね」
「ブーーー!!! ゲホ、ゲホ。何を言い出すの!! 母さん!」
ココアを吹き出したが、咄嗟に横を向いたので母さんにはかかってない、セーフ。
というか、何言い出すんだ。この人は。
「だって、あなたも女の子になるんならいつかそうなるでしょ?」
「そんなのまだ先の話です!」
俺は、雑巾を持ってきて自分で噴き出してしまったココアの処理をした。
まだ、女の子にも慣れてないんだよ。というか、心は男なんだ男に惚れてたまるか。
あれ、でもそれでは女の子になりきれない。
あれ、あれ。どうしたら。
あぁ、頭がぐるぐるとおかしな事に。
「お母さん、気が早いよ。まだまだ明奈はこれからなんだよ」
ようやくアイドル達の登場が終わり、望はテレビから離れてテーブルに戻った。
「そうね。でも2人とも、ちゃんとした人ならお母さん結婚は賛成だからね」
「なら~ん!!」
オヤジが声を張り上げ反対してきた。
これは長くなりそうと思い、俺は足早に部屋に戻った。
その日の夜には、俺は元の高校生の女の子に戻っていた。
どうやら、24時間で元の状態に戻るらしかった。
そして、数週間後。
俺の元に、高校の制服が届いた。俺が通っていた高校だから、女子の制服がどんなのかは知っている。望も毎日着てるしな。
だが、まさか自分が着る事になるとは夢にも思わなかった。
「わぁ、明奈似合ってるよ~」
「そ、そう?」
俺は、リビングで高校の女子の制服に身を包み、両腕を伸ばしサイズが合ってるかを確認し、クルッと回転して皆に披露した。
それを見て、望が両手を合わせて感激していた。
「サイズは合ってるようね~」
母さんが、俺の着てる制服に手をやり、変な所はないかと確認してきてくれた。
「ブゴブゴ」
リビングに居る、本物のブタも俺の近くまで来て俺を見上げていた。
というか、パンツ見んなブタ。
「ブギィィイイ!」
俺は、本物のブタを足で踏みつぶした。
もちろん、このブタは人間である時は守という名前を持っている。
そう、ダイスで1週間本物のブタにしてやったのだ。
ほんとなら玉なしに、つまり女にしたかったのだが、うまくその面が出ずに、本物のブタにしてしまった。
何回か、望が間違えたって言って丸焼きにしようとしていたけど、本気の目をしていたので母さんがさすがに怒っていた。
「そういえば、病院どうする? この前は結局原因不明と言われて、異常があったらすぐに来てくださいと言われただけだったけど」
「原因分かったから、病院はいいや」
母さんも、俺のこの言葉に心配そうにすることもなく、優しく「そう」とだけ言ってくれた。
さて、今度の高校生活は前に出来なかった事をやってみようか。
友達付き合いというやつをね。
父さんを見てて、人脈は大切なのだと今更理解したよ。
上手くいくかは分からないが、俺なりに前向きに頑張って見ようと思う。