女の子は大変
朝日が部屋の中を照らす。
小鳥の鳴き声はいい目覚ましだ。
俺は、自信じゃないが今まで目覚まし時計を使わずにしっかり起きている。
しかし、今日は昨日色々ありすぎて疲れ切っていたので、二度寝したくなるくらいであった。
「はぁ、やっぱ戻ってないよな」
寝ぼけ眼でゆっくりと起き上がり、体を確認してため息をついた。
昨日の夢で元に戻れない事は確定したが、それでも夢だから、絶対に戻れないというのも夢なのだと期待したが、ダメだった。
「しかも、ただの夢じゃないしな」
そう言いながら、俺は枕元に光る物を見つけ手を伸ばした。
それは、昨日の夢でも出てきたあの黒い石の付いたネックレスだった。
これが、俺の性格を現しており白くすれば羽根も白くなり、正真正銘完璧な天使になるようだった。
「別に天使になりたいとは思ってないのに、勝手だよな。本人の意思とか関係なしなんだから、しょうが無いか」
そして、モソモソと着替えを始める。
今日は無難にしとこう。そして、タンスに仕舞われている昨日買ったTシャツを引っ張り出した。
下は、どうしよう。レディースのジーンズでも良いかな。
でも、夢のことが真実ならばもう俺は戻れない。逃げてばかりいてもしょうが無い。
俺は意を決して、ひざ丈の可愛らしいフレアスカートを手にした。
「んしょ、やっぱブラ付けるのが大変だな」
何とか悪戦苦闘しながら、ブラを付けて下着も完璧だ。
淡いブルーの下着はなかなか可愛いんじゃないかと、目線を下ろし自分の体をまじまじと見つめる。
「うん、自分の体でもまだ慣れないな」
顔が熱くなっているのがわかる、姿見なんて俺の部屋には無いが、顔が真っ赤になってるのは分かる。
とにかく、あまり時間をかけてもしょうが無い。服もとっとと着てしまえ。
数分後、スカートを翻して変なところは無いか確認し、1人でも着替えられた事に満足し頷く。
しかし、毎朝こんな事をしなきゃいけないとなると、女の子は大変だな。
でも、中身は男でも女として生きていかないと。もういい大人なんだ、ウジウジ悩むな。
そうだ、人生をやり直せるんだぞ。良いことじゃないか、こんなの誰もが羨ましがるに決まってるさ。
あ、ちょっと誇らしげになってきた。世のサラリーマンの皆さん残念でした、何のために生きてるのかわからず、働いている人にはさぞ羨ましいだろう。
「いや、ダメだ。こんな考えだからうまくいかないんだろうが。性格も直すって決めたろうが」
俺は首を横に振り、今の思考をかき消した。
「寝癖ないか確認して、朝ご飯だな」
そう言って、扉へと向かおうとしたその時。
スパーン!!
スパーン!!
「ブヒィ!!」
何か、また軽快な音がしたぞ。
俺は、恐る恐る扉を開けた。すると、そこには扉の前でうつ伏せで倒れるブタと、その後ろに望が、そして手前には母さんが立っていた。
2人ともハリセンを握りしめており、ブタに華麗にクロスアタックならぬ、クロスハリセンを決めたのだろう。
というか、ブタめ覗こうとしてやがったのか。気持ち悪い。
「あ、おはよう。アキに……明奈」
「明奈おはよう。望はまだ言い慣れないみたいね」
望が、目を泳がせながら誤魔化すも母さんは見逃さなかった。
「それよりも、あなたほんとにいったいどういう心境の変化よ? 今度は自分から女の子の格好して」
母さんが、ジロジロと俺を見てきた。恥ずかしいから、あんまり見ないでしほしいな。
「ブヒヒ、せめてそこは柄パンだろ」
ブタが、うつ伏せのまま顔を上げていた。
「黙れ、見んな」
俺は、ブタの後頭部を思い切り踏みつけた。
しかし、当然ながら羽根は生えてないので、ダメージはないだろう。
「ブヒヒ、これなら毎日踏まれてもいいな」
「じゃぁ、毎日踏んで上げようか。これで」
羽根を出現させ、俺は徐々に足に力を入れていく。メキメキという音と共に、ブタの頭を踏みつぶそうとした。
「ブヒィ!! 痛い痛い! ごめんなさい!」
全く、おぞましい。俺は、仕方なく足を退かしてブタを解放した。だが、スカートは気をつけないといけないんだな。下手したらパンツが見えてしまう。
しかし、力を緩めたのが間違いだった。
「隙ありぃ!!」
そう言いながら、ブタがどこからともなくマジックハンドを取り出した。だが、それはかなり精巧に作られており、リアルな作り物の手が付けられていた。そして、それで俺の羽根を掴んだ来たのだ。
「わひゃぁ!!」
あまりの出来事に、俺は情けない悲鳴をあげてしまった。
そして、その精巧に作られた作り物の手がわきわきと動き、俺の羽根をむちゃくちゃにいじってきた。
「ひぁっ、や……やめ。はぅっ。ブタぁ、やめろぉ……っ」
俺はへたり込み、悶えながらもブタを睨み付けた。
「昨日あれだけ蹴り飛ばした罰だ~」
ちくしょう、このブタ調子乗りやがって。
あ、そうだ。羽根を消せば良いんじゃないか。
しかし、消そうと念じてみたものの、敏感な羽根から伝わる刺激がその思考をかき消してくる。
「ふひゃっ、ダメっ。やめて、許してぇ……」
既に涙目になってしまい、何とかブタに懇願する。
くそ、情けないぞ。男の体だったらこうはならないのに。
すると、望と母さんがハリセンを構えた。あ、このパターン助かった。
「いい加減に……」
「しなさ~い!!」
2人が前後からハリセンで引っぱたこうと、振りかざす。
しかし、ブタはしゃがみ込みそれを回避した。
「なっ?!」
「避けたですって?」
「ブヒヒ、僕かってそう簡単に何回もくらうわけにはいかないさ」
嘘だろう。俺は絶望の顔をしていた。しかし、望と母さんはまだ諦めていなかった。
「ふっ、甘い!」
「母さん達を舐めないで」
そう言いながら、振り抜いたままの腕を返す勢いで後ろに振り抜いた。2人同時に。
スパーン!!
スパーン!!
「ブフゥ!!」
なんと見事な逆クロスハリセン。さすがです。
ブタは、再び倒れ込んだ。
とりあえず、もう起きるな。
「はぁ、はぁ……助かったよ。ありがとう。望、母さん」
俺は、いつの間にか乱れていた服を直し望達に礼を言った。
なんか涎も垂れてた。どんだけ悶えてたんだ、俺は。恥ずかしい。顔を真っ赤にして俯いていたら。
「明奈。それ、可愛いすぎる。ほんとに元男?」
「あぁ、いけないわ。お母さんまで何だかうずうずしてきたわよ」
2人は手をわきわきとさせ、目を光らせていた。
「へっ? ちょっと待って、まさかこのパターン」
止めろ止めろ、近づくな。後ろから怪しいオーラまで出てんだよ。
「ひっ、や……止めて。いやあぁぁぁぁあ!!」
朝の閑静な住宅街の中、俺の悲痛な叫び声は空へと消えていった。
「ごめん、許してよ明奈。機嫌直して~」
「お母さんも調子乗っちゃったわ、ごめんなさい」
俺は、しっかりと焼いたトーストにかじりつきブスッと不機嫌な顔をしていた。怒りのあまり、トースターの時間を多くしすぎて、焦げるとこだった。というか、少し焼きすぎた。これは、俺の怒りを現してることにしておこう。
「そうはいっても。あんな……あんな事」
俺は、想像して顔が真っ赤になった。俺の家族は変態しかいないのか。
「だって、そんな可愛い格好されてたらさ~」
「昨日はあれだけ嫌がってたのに、ほんとにどうしたの?」
2人が興味津々で聞いてきた。しょうが無い、夢の事話すべきなのかな。
「あとさ、その石のネックレス何? 昨日そんなの持ってたっけ?」
望が、俺の首にかかったミカエルから渡されたネックレスを指さして、まじまじと見つめながら聞いてきた。
やっぱ、説明するしかないよな。
俺は、昨日の夢の事を話始めた。