九口目
ドレスの裾直しも終わり、準備万端。
…つーかこのドレスすごいなぁ。
レースとか半端じゃないくらい細かくて、学祭の使用としては高いのでは?
紡木にそう聞いたら、
『予算からじゃなくパトロンからの贈り物だから問題なし』というちゃっかりした答えが。
パトロンて……あぁ、あいつしかいねぇ。
あの後…
七次郎くんのことばに驚いているうちに、神出鬼没のパトロンこと八千代先輩が現れ、
『愛希さんを生徒会の補填人員として貸し出してほしい』と言ってきたらしい。
ようするに手が足りないから彼女をよこせという横暴な欲求だ。
そしてそれを阻止できないのが八千代先輩という存在、そして権力。
誰も断ることなどできず、愛希さんは棄権となった。
少し納得いかなかったけれど、私が猛練習をしているのを見て、いつのまにかクラスの皆は私のことを密かに応援していたらしい。
なので逆にクラスの全員から主役に推薦されてしまった。
「いいか?くきら」
雪輔の声。
舞台セットの距離感のためとかで、衣裳合わせ中にお呼びがかかった。
まぁ仕方ないか。
暗幕で囲った仮更衣室から出ると、歓声があがる。
予想以上に化けたらしい。
といっても、一つ結びだった髪をおろしただけなのに。
雰囲気が違うのか。
「くきら、眼鏡もとっちゃえよ。
舞台袖まではぎりぎり見えるんだろ?
眼鏡の姫ってのも変だし」
確かに。
雪輔に促されて眼鏡を外してみる。
一瞬、沈黙に包まれるクラス。
どうやら眼鏡なしの顔を見せてなかったので、ずいぶん驚いている様子。
私ってそんなに素顔をさらしてなかったのか…。
少し照れ臭いけど、反応は上々みたい。
監督の紡木の提案で、本番も近いので衣裳を着たまま一回通してみることになった。
全体の流れで不備がないか改めてテストすることに。
しかし肝心の王子がいない。
どんだけ手間取ってんだ衣裳合わせ。
「白逆は衣裳合わせ、まだなのか?」
「え?もう終わったよ」
雪輔の問いに衣裳班の女子がびっくりしたように返す。
白逆くんの衣裳合わせは隣のクラスでやっていたらしく、今は誰もいない。
瞬時に紡木が動く。
「…じゃ雪輔君、悪いけど衣裳を含めてリハをするために人出がほしいんだナ。
それから照明班は先に体育館でリハできるように先にセットして、衣裳班も臨時で手伝ってほしいヨ。
で、一番手が空いてる役者のくきらは隣の王子の様子を見てきてヨ。
それくらいなら動けるでしょ?
役者は二十分後に集合してネ!
さ、本番はもーすぐ!
今のうち荷物運んじゃおうヨ」
一致団結している。
みんなはそれぞれの指示どおりに持ち場につき、クラスからセットや道具を運び出していく。
私はドレスのまま、うろついているわけにもいかず、隣のクラスへ移るしかなかった。
そんな私に紡木は、にっこりと笑う。
策士の笑み。
…案外、八千代先輩に文化祭の監修をさせたのは紡木なのかもしれない、
とわりとリアルな想像をしながらクラスを出た。
ドアを開けると、眠り王子が夕日に照らされていた。
…やはり寝てたな。
おそらくクラス全員が同じ予想を立てていただろう。
すやすやと寝息を立ている綺麗な寝顔。
睫毛が長く影ができてる。唇は紅く形もいい。
ドレスを汚さないように注意しながら、白逆くんが寝ている机まで近づく。
椅子を下げて、座り込むが全然起きる気配なし。
眠り深いなぁ。
「これじゃ眠り姫ね」
くすり、と笑うとようやく気付いたのか、ぴくりと睫毛が動く。
「…お目覚めだね、眠り姫くん」
眠そうな白逆くん。
顔を覗き込むと、不思議そうな眼差しが返ってくる。
「……いいんちょう?」
「だからくきらだっつの」
寝呆けてるのか、識別が一瞬遅れたみたい。
仕方ないやつ―――と言おうとしたら、
「…んっ」
唇、紅い唇が。
キス、された。
「可愛い」
眠そうな目のまま、普通の会話のように、言われた。
「ひみつな」
薄く笑って、また目を瞑る白逆くん。
心底幸せそうな、寝顔。
子供みたい。
でも、
男の人みたいだった。
だから、胸がどきどきして…。
「…くきら」
ドアの音が聞こえなくて。
後ろに七次郎くんがいたことに、気付かなかった。




