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七口目

台詞を覚えるのはそれほど苦ではない。

こんな文章ごとき、日本史の暗記に比べれば楽勝。

ただ演技力は問題だった。


「くきら、もう少し肩の力を抜け。

語調も柔らかめに」


助監督…兼大道具監督の雪輔から指摘を受けるが、どうしてもうまく行かない。

たかが文化祭と思っていたが、私の台詞は棒読み一直線。

周りから浮いてしまうらしい。

今日は監督の紡木から居残り練習を命じられてしまったので、作業のある雪輔に付き合ってもらって練習している。


「だめ…

台詞を言うのが精一杯すぎて、動きとか付けられない…」


がくりと膝を付く。

自然な動きってなんですか…。

雪輔は段ボールを切りながらそんな私を心配している。


「ちょっと休憩してこいよ。

あ、自販機でバナナオレ買ってきてくれ」


雪輔に促され、階下の自販機に向かう。

まだ日にちは二週間ある…台詞の強化と共に人並みの演技力も付けよう…と、自販機にお金を入れた


瞬間、後ろから勝手にボタンを押された。


がしゃがたん。


「やぁ久しぶりだね、くきらくん」


八千代先輩…の声。

振り返られなかった。

自販機に押しつけられているように、動けない。

それを良い事に、八千代先輩はそのままで話を続ける。


「文化祭の準備かな?

僕も引っ張りだされてしまってね。

文化祭の全体構想と監修を任されてしまったよ。

面倒臭い立場だけれど、くきらくんの幸せがこれしきで紡げると言うのなら何ら苦ではないね。

君のクラスはシンデレラだったかな?

それほど身を入れて練習に勤しんでいて、かつ身一つならば主演でもやってしまったかな?」


とりあえずどいてほしい。

耳元で囁かれるように会話したくない。

できれば向かい合いたくもないけど。

しかし洞察力というか直感力はさすがなものだ。

すっかり事情が伝わってしまっている。


…ん?


「八千代先輩はクラスの出し物に参加されないんですか?」


「そうだね、生徒会長は特権階級なのかな。

望まぬことだけれどね」


つーか生徒会長なのかよ。今知ったよ、大丈夫かこの高校。


「くきらくんに出会うまでは副生徒会長に任せていたのだけれど僕がいるなら話は別らしい。

くきらくんの為に素晴らしい文化祭にしようと思っているから、君も僕の為だと思って頑張ってもらいたいかな。

僕の弟にも大変やりがいのある役を当てておいたよ。

淋しくなって悪戯に僕の弟をたぶらかさないように、僕がちょくちょく会いにきてあげよう。

そのつつましやかな胸を踊らせておいていいよ」


「し・失礼です…」


張り倒したいが、位置的にも難しい。

そうかい失礼したねと笑って、ようやく八千代先輩は退いてくれた。

自販機を背にして八千代先輩の顔を見据える。


「ふむ、君が居残る練習となると演技力でも付けようとしているのだろうが、君は勘違いしているね。

僕も一年前に必要に駆られて演技力なるものを発揮せざるを得なくなった経験から、親愛なる君に助言を捧げようかな。


演技は嘘でもあるけれど…心のなかの感情を、引き出す感覚に近いのではないかな、


と思うよ僕はね」


する、と私の髪の毛を触る。

なれなれしい…が、私にとっては貴重な助言。

黙って聞いていた。八千代先輩は八重歯を覗かせて笑う。


「あの劇は君がいるから、うまくいくだろうね」


では、と名残惜しそうに髪の毛を指から離し、先輩は背を向けた。

ローファーの足音が階段にいつまでも響いていく。

ふう、と息を吐く。

緊張というか気持ちがほっとなる。

あの人を前にするとどうも体が硬くなる。


でも嫌じゃない…不思議な感じ。


いらいらするけど。


「くきら、何やってんだ?」


遅くなったのを気にしてくれたのか、雪輔が上から声をかけた。


「なんでもない、すぐ行く」


バナナオレを手に取って、階段を上がっていく。

あと一瞬間が悪ければ八千代先輩と雪輔が鉢合わせるとこだった…あぶないあぶない。


「さ、練習再開するか…」


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