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五口目

翌日は休日。待ちに待ったあの日。

几帳面な雪輔は時間どおりにやってきた。

私は嬉しくて、チャイムが鳴るとすぐに玄関を開ける。

そんな子供っぽさを笑われてしまうが、仕方ないと思う。

だって―――



今日は、現代の文豪・桜井さくらい朔良さくら、新巻の発売日!


「好きだよなぁ、くきら。

そんなにいいのか桜井先生」


基本的に本を読まない雪輔だが、彼の親が出版関係に勤めていた。

ので、握手会の場所とか詳しい情報を教えてくれる。

それでなんとなく二人で書店に赴く事になっていた。


「私は好き。

彼女の作品は全部読んでるわ。

あの人の魅力はエンターテイメントに富んでいるところね、幻想・推理・時代小説、なんでも書くんだもの!」


冗舌な私に、ふぅんと相づちを打つ雪輔。

書店に着いて、握手会の時間まで本屋内をうろついていた。


「あっ、『花弁かべんうつ』だ!

嬉しい…探してたやつだわ!」


「お客さん、店内では静かにしてくださいよ」


喋るのに夢中になりすぎて、目の前に店員さんがいることに気付かなかった。


「あ、萩都はぎとくん。

この本新しく仕入れたんだね」


握手会の場所が、家から近い書店とあって嬉しかった。

それに顔馴染みの萩都くんも久しぶり。

文庫本検索よりも彼に聞いたほうが早いし、何かと気が利くので、私の中で信頼できる書店員だ。

そして彼が付けているエプロンの名札に何故か『萩都くん』と付いていたので、最初から名前で呼ばせていただいた。


「うるっせぇな!

入ってるに決まってんだろ!

たまたま一個取り置きキャンセルがあったからくれてやる。運がよかったな……って、おまえ、彼氏いたのかよ」


口が悪いのが唯一の欠点かな。

私の後ろで文庫本を手にとっては字の小ささに目を細めている雪輔を見ながら言う。

萩都くんは誤解をしているご様子。

違うよ、と軽く雪輔を紹介する。


「あれは幼なじみの雪輔。

出版系の情報を漏らしてくれて、なにかと使えるの。

…ま、結構いい奴だよ」


私の言葉に若干顔が険しいまま、相槌を打つ。


「ふうん。まぁ、どーでもいーけど。

お前みたいな女が彼氏なんているわけねーよなっ!!」


なんだとう。

腹立つが事実なので言い返せない。

彼は私と違ってビジュアル的にわりとかっこいい部類。

隣の高校らしいので詳しくは分からないが、たぶんモテるだろうな。

なんか音楽やってそう。ミュージシャンって感じ。

なんでだろ、髪型とか今風でおしゃれだからかな。

文庫コーナーより音楽雑誌のコーナーが似合うから、彼がいると不思議な感じがする。


「ほいよ、大事にしろよ。

それからお前、言っとくけどなっ」


文庫本を手渡しながら、顔を寄せてきた。

そして耳元にささやく。


「…俺だって出版には詳しいぞ。

店員やってんだからよ。

情報くらい流してやるっ」


やけにむきになってるなーと笑ってしまった。

素直じゃない萩都くんだけど、本当は優しいんだよね。


「ありがとね」


「べ・別にお前のためじゃねぇよ!

人生経験のためだよ!

勘違いすんな!」



ふぃっと背を向けて作業に戻っていく。

笑顔のまま、雪輔のところに行って、その背を叩いた。


「いてぇ!なんだよ急に」


「いやぁ、人の優しさに触れたのよ」


最近八千代先輩とかのゴタゴタがあったから、余計心が和む気がした。


「…お前が嬉しいなら、いいけど」


雪輔と私は久々にゆっくりした休日を過ごした。人の優しさと包み込むような眼差し。

世界は暖かい。

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