三口目
長身の黒髪。
前髪だけが長く、薄茶色の瞳が覗く。
八千代先輩の口元は笑っていたが、その瞳はどこか睨んでいるように見える。
「貴女が僕の七次郎に迷惑をかけている人かな」
はい、と頷こうとしたが言葉に引っ掛かった。
な、今コイツなんて言った?
「そんなに驚いた顔をしないでくれるかな?
別に僕が貴女をどう捉えようと現状解決のための手段が変動するわけではない。
君の名誉の浮き沈みだけだが、僕と僕が愛して止まない七次郎の行く末には全く関連のない事項、
違うかな?」
喋っている内容は腹立つ事ばかりだが、訂正要求が罷り通るだろうか。
目の前に立つ、この八千代先輩に。
「君も僕と関わることなく安穏な学生生活を送りたいと願っているはず。
だから僕の要求を飲んでくれれば君の願いは叶うことだろう。
僕が呼び出した主旨はそれをお願いに来た、いいかな?」
はい、と頷く他はない。
くそう、先生はまだ来ないの。
いつもなら授業の始まりは憂欝なものなのに。
八千代先輩は壁から背を離し、私にゆっくりと近づいてきた。
「僕の要求は簡単なことだ——」
右手が私の首筋を撫で、頬に触れる。
恐い、目が全然笑ってないからか…
それとも威圧されてるからか…?
「くきら君、僕の物になりなさい」
「ええ?」
裏返りそうになった声。
聞き間違い、聞き間違いだ。
でも、次の瞬間八千代先輩の顔が迫ってきた。
唇が、
触れそうになる…
…一瞬。
「ちょ、先輩!」
誰かに腕をひっぱられる。
同じクラスの雪輔だった。
「あのガキの腹いせで、くきらを傷つけんなよ」
ばたん、とそのままクラスの扉を閉めた。
同級生はどーしたのと私に詰め寄ってくるが、さっきから混乱しっぱなし。私の方こそ聞きたい。
とりあえず雪輔にお礼を言っておこうと名を呼ぶと、物凄く恐い形相で振り返られた。
「なに、雪輔。恐いよ」
「もう七次郎に関わるの止めとけ。
もー昔からトラブル続きなんだよお前は!
あんな変態に目を付けられたら、この先真っ暗だぞ!
…あんまり俺のこと、ハラハラさせんなよ」
怒られた。
あのー…一番迷惑してるの、私なんだけど。




