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箸休め

「どうしたんだ、くきら」


練習はとどこおりなく上手くいった。

私も台詞を言い間違える事無く、舞台の初セットに少し戸惑った程度でリハは上出来。

私の演技を初めて見たクラスメイトも文句ナシと誉めてくれた。

後は三日と迫った本番までに、細かい動きや移動ルートを把握すること。


文化祭にこれまでになく打ち込んでいた。

主役だということもあったけど、


…忘れたかったから。


「なんか、必死な感じすんだけど。

だいじょぶか?」


雪輔に声をかけられるまで、ずっと台本を読んでいた。

放課後、日直だった雪輔が居残って日誌を付けるというから、私も練習で残らせてもらった。

それまで黙って日誌を付けたり黒板消しの掃除をしていたが、やはり気になっていたらしく少し遠慮気味に聞いてくる。


「ま、答えなくてもいーけど。

なんか力になれることあったら、言えよ」


私の席の隣に腰掛け、今度は部活の日誌を付けている。

野球部の練習を控えて劇に打ち込んでるが、要領良くちょいちょい練習しているらしい。

部活の試合も近いのでどちらも手を抜けないという。


…雪輔は、頼れるやつだ。


「…雪輔はどうしていいか分からない時、どうする?」


顔を上げる雪輔。代わりに目を背ける。


あのとき七次郎くんは、少し悲しそうに見えた。

私はそれがとても苦しくて、でも何か言ったら言い訳みたいに聞こえてしまうし。

なにより少し後ろめたい気持ちが、私を沈黙させた。

だから、七次郎くんはそのまま何も言わず、去ってしまって。

この三日間、一度も会ってない。

たぶん白逆くんとのことを見てしまって、ショックを受けてるんだと思う。

白逆くんはあの後、普通に接してきたから寝呆けてたんだろうけど。

だからあれは…七次郎くんの誤解。

誤解を解きたい。


でもどうやって、やれば…?


「なにもしない」


え?と思わず顔を上げてしまう。


「なにをすればいいか分からないときは、なにをすればいいか分かったときが来るまで待つ。

自分の行動を決めるのは、自分だからな」


雪輔の手はとまらず、日誌をカリカリとシャーペンで書いている。

当たり前のようなことを、言われた。

ふっと私は笑いをもらす。訝しむ雪輔に、私は笑いながら頷いた。


それもそうだ。


分からないなら、動かなくていい。

焦っていた胸の内が、ゆるゆると晴れていく。

その言葉は、自分を取り戻していくような心地がした。


「ありがと、雪輔」


「なんだ、もういいのか。

単純だなぁ」


二人して笑う。

雪輔の周りに人が集まるのも合点がいく。

心地いいやつ。

もし恋人ができたら、こんな風に話す時間も減ってしまうかと思うと、少し憎らしい。

でも少し誇らしい。


「雪輔は変わらないね」


「まーな…小学からずっと変わってないお前に言われたくないけどな」


可哀相な目で見られた。


「可哀相な目で見るな!」


雪輔は笑う。

いつもと同じ暖かい笑顔で、私を元気づけてくれる。

だからこうして甘えてしまうけど、もとはと言えば、七次郎くんのせい。

…いや、私のせいか。


七次郎くんに会って話そう。

白逆くんにも本当の気持ちを聞いてみよう。


そしてどちらに答えを出すか、決めよう。


とりあえずは…シンデレラを頑張る。

別に八千代先輩のためではないけど、私も頑張りたいことができたし。


「それじゃ帰るか」


「そだね」


次は本番。後悔しないようにやりぬこう。


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